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第28話 嫌悪

2019/1/13 16時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 強い風に髪が狂ったように激しく踊り、それが鞭のように頬を痛めつけた。先程までいた島は小さな緑の点となり、そこに人がいるのかさえ見えなくなっている。リナは視線を島からルクスに向けて叫んだ。


「ねえ、戻って! あたしはあそこを離れるわけにはいかないの!」


 リナがどんなに叫んでも、風が声を遮っているのか、ルクスは振り返らない。顔を歪めるリナの背から声がかかる。


「離れられない理由って、ヤチのこと?」


 リナが振り向くと、そこには真剣な顔をしたカエルムがいた。ベネディでは見なかった顔にリナは息を呑んだ。カエルムはそんなリナに近寄り、見下ろして言った。


「あなたが島を出ることでヤチが危険な目に遭うから、あそこを離れるわけにはいかないっていうの?」


 今まで感じたことのない威圧感に、リナは少したじろぐ。しかしルクスの背についた手を握りしめ、カエルムを睨んで言った。


「そうよ。あたしたちは今まで嫌われていた。それなのに、あたしがいなくなることでよりヤチが危険に晒され――」

「バカにするな!」


 リナの言葉を遮り、怒号が響く。照りつく陽に対して冷たい風が横をすり抜けていき、自身の周りを守り覆っていたものが掻っ攫っていかれたように感じた。無防備にされたリナの目の前には苦い顔をしたカエルムがおり、彼女はその顔を上げて言った。


「今の言葉をヤチが聞いたら、きっとこう言う。あなたはヤチを何もできないか弱い子どもだと思い込み過ぎよ」


 カエルムはヤチに耳打ちされた時、西日が差す中である男がカエルムを馬鹿にしてきた時のことを思い出していた。


『俺はあんたには幸せになってもらいたいんだ。あんたはこの俺の気持ちを無下にするのか?』


 真剣な顔をするヤチに「本当に?」と問いかけると、少女はあの時のラドメスと同じように悪戯っぽく笑った。


『それがヤチの幸せだよ』


 カエルムは彼らの言葉を胸に、リナを真っ直ぐと見て言った。


「ヤチは自分自身があなたを縛り付けているって知っていた。もしあなたがいなくなったら、自分がどんな目に遭うかもわかっていた。それでもあなたに自由になってほしいって、それが自分の幸せだってそう言っていたわ。あなたはそんな大切な妹の気持ちを無下にするの?」


 カエルムの言葉に反論の言葉がリナの喉奥に突っかかった。リナも本当は知っていたのだ。ヤチがどんなに強いのか、自分に何を望んでいるのか。それでも知らないフリをし続けてきた。ヤチには自分が必要なのだと言い聞かせ続けてきた。だからこそ今更その気持ちに振り向くことはリナにとって容易いことではなかった。


 リナが口を噤んだままでいると、前方から声が聞こえた。


「取り込み中悪いが、一度近くで休もうと思うがいいか?」


 ルクスが目を細めながら、申し訳なさそうに言った。二人の間に入れなかった未久は、空気が変わることに胸を撫で下ろしながらルクスに訊ねた。


「どうかしたんですか?」

「オレはどうってことないんですが、キャロルが遅すぎてこちらに追いついてないんですよ。先程までどうしようか悩んでいたんですが、あまりにも距離が開き過ぎたんで」


 未久の言葉にルクスはため息を漏らしながら言った。その言葉に「あのバカ……」という呟きが聞こえ、未久は苦笑した。


 上を見上げ、周りを見渡した。空は晴れ渡り、雨雲の影など一つもない。嵐の心配もなかったので、カエルムはルクスに振り向いて言った。


「別にいいわよ。でも、どこで休もうっていうの?」


 ルクスはその言葉に視線を前へ戻した。そして顎を上げてその場所を指した。


「あそこの密林だ。人気も少ないし、広い河口もあるからキャロルも入って来易いだろう」


 そこはベネディとは少し異なる密林だった。木々の背丈は少し低く、しかし一本一本が持つ葉の量は多い。食に困ることはなさそうであるのに、人気が少ないということに何か引っかかりを感じた。未久はその一抹の不安を飲み込み、そのまま密林に降り立った。


 カエルムはルクスから滑るように草木の合間から覗く赤黄色の土の上に降り、周りを見渡した。ベネディのように光は少なく、しかしたくさんの鳥や虫の鳴き声が降り注いでくる。周りを気にしながら歩くもの、息を潜めながら相手を伺い見ているもの、嘘がバレないように見栄を張っているもの――様々な吐息が混ざり合って密林へと溶けていく。それがなぜだか他人事のようには思えなかった。


 未久も同じようにルクスから降りてくると、首を傾げながら言った。


「本当に人気がないね。人がこの密林に飲み込まれちゃったみたい」


 リナもルクスの背から降りると、ルクスは大きく翼を広げて言った。


「そんなことないですよ。人気が少ないとは言いましたが、人がいないとは言っていないです」

「え?」


 すると突然、未久の言葉を遮るようにして突風が吹いた。腕で目を覆い、風が止んでから目を開くと、そこにはルクスの姿が忽然と消えていた。慌てて上を見上げると、遥か上空にルクスの姿を見つけた。


「ちょっと! どういうことよ!」


 カエルムの怒声が上へ向けられる。しかしルクスはそれをひらりとかわすようにして言った。


「あまりにもすごい勢いでこちらに向かってくる人がいるもんだから、オレは離れていた方がいいと思ってね。まあ、キャロルが着いたら呼びに来るから、それまで観光でもしてな」


 文句を言おうとしているカエルムをよそに、身を翻してルクスはどこかへと飛んで行ってしまった。目尻を吊り上げるカエルムを見たリナは、「お互い大変ね」と苦笑していた。


 ルクスの言葉に緊張が走った未久は、咄嗟に耳を澄ませた。いくつもの交わる音の中に土を蹴る音がする。その音からして、この軽さはルクスの言ってた通り人だ。しかし、その音は人とは思えないほど速い。そして空中を移動している時間がとても長い。ジャンプで済まされるような長さではなかった。


 その音を聞いた未久は二人に振り向いて叫んだ。


「フード! すぐに被って!」


 二人は目を丸くするも、咄嗟にフードに手をかける。それと同時に、木々から何かが飛び出してくる音が聞こえた。三人が振り向くとそこには人影があり、その影が三人に向かって落ちてくる。三人はその影を避けるように退いた。


 未久が二人に声をかけるのが遅くなったが、三人は何とか頭を見られずに済んだ。影がのそりと立ち上がる。背丈はリナよりも高く、力では三人は敵いそうにない。その影もフードを被っており、顔がよく見えない。三人が身構えていると、影はすぐにフードを取った。


「あれ、人だ。珍しいな」


 声が低くもあっけらかんとしたその態度に、三人は呆気にとられた。三人が呆然と立ち尽くしていると、その男は目の前にいたカエルムに向かって手を振った。


「おーい、大丈夫かぁ?」


 それでハッとしたカエルムは、その男から距離を置いて訊ねた。


「あ、あなたは一体何者なの?」


 その反応にキョトンとするその男は、頭を掻きながら答えた。


「何者って聞かれるほどのもんじゃねえけど、俺ぁこの辺りに住んでるソムチャイだ。みんなからはワノって呼ばれてる」


 名前を二つ言われたカエルムは何を言われているのかわからなくなり、再び動きが止まった。それを見た未久は横からワノと呼ばれる男に訊ねた。


「ソムチャイって名前なのに、なぜワノって呼ばれているんですか?」

「なぜって言われたって、それが普通だ。本名の他に呼名を親が決めて、皆が呼名で呼び合う。だから、他人の本名を覚えてるヤツなんてほとんどいない」


 ワノは素直に答えながらも、未久たちの反応に首を傾げた。未久たちが未だに身構えていると、ワノはリナに顔を向けて言った。


「そういや、あんたらはなんでここにいるんだ?」


 ワノと視線がぶつかったリナはびくりとした。無気力そうな目をしているのにも関わらず、どこか胸の奥まで探られているような不気味な感じがした。リナはその目から視線を逸らし、口籠った。


「あたしは……」

「世界を旅しているんです。それで、その途中にこちらに立ち寄らせていただきました」


 未久はリナを庇うように答えた。ワノは視線をリナから未久へ移し、何とも無気力そうな返事をした。


「フーン、旅ね」


 それを聞いたカエルムは場の雰囲気を変えようと、身を乗り出して言った。


「そういえば、私たちの自己紹介がまだだったわね。私はカエルム。私の右手にいるのが未久で、左手にいるのがリナ」

「ほぅ、カエルムか。神と同じ名前なんだな」


 その言葉にカエルムは体を強張らせた。未久を見ると、彼女もまた青ざめている。恐る恐るワノに視線を戻すと、彼は初めて三人の前で笑った。


「カッコいいじゃないか。いい名前だな」


 カエルムは初めて自分の名前を褒められ、宙に浮いたような気分になった。そんなカエルムをよそにワノは再びリナに振り返り、無気力そうな瞳を向けて言った。


「リナだっけ? 俺、あんたのこと嫌いだわ」


 思わぬ告白に三人は固まった。新しい仲間とうまく馴染めないうちにルクスに見捨てられ、出会って数分の人間に仲間が嫌われた。晴れ渡る空が、空模様と人間模様は相反することを大きく物語っていた。

次話「意志」は2019/1/26(土)に更新します。

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