第25話 離島
2018/12/6 1時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
日が昇り、遠くまで続く海が紅く染まる。それをなぞるようにカツオドリが海面近くを飛んでいる。それを横目に、未久は集落へと足を向けた。
集落に着くと、カエルムは島の人たちと朝食の準備をしていた。カエルムは未久に気がつくと、いつものように笑って手を振った。
「もう朝ご飯、食べられるわよ」
その笑顔に未久はホッと胸を撫で下ろし、カエルムのもとへと向かった。
昨夜リナと別れてから、カエルムは俯いたまま口を開くことはなかった。未久はカエルムの手を握ったまま寝床に戻り、そのまま横になった。南国の木々で縁取られた星空が目の前に広がる。そのいくつもの光の下で、未久の手が少し強く握られた。未久が横を向くと、カエルムはなぜか泣き出しそうな顔で星空を眺めていた。なぜそのような顔をしていたのか未久にはわからなかったが、その手を握り返してそっと言った。
「大丈夫だよ。きっと、大丈夫」
それはカエルムが思っているであろうことへなのか、未久自身が危惧していることへなのか、何に対する返事だったのかはわからない。しかし、そう言わずにはいられなかった。
それからしばらくして、未久の隣から寝息が聞こえきた。しかし未久は眠ることができず、日が昇るよりも前に体を起こし、海岸へと向かった。
未久は海岸をなぞるように歩きながら、昨晩のことを思い出していた。ステラーカイギュウのキャロルが漏らした言葉、絶滅の話、そしてリナの拒絶するような声。
それらを思い浮かべていると、桟橋にヤチの姿を見つけた。未久はヤチに声をかけようとしたが、彼女の顔を見て躊躇した。ヤチが悲しそうな、苦しそうな顔をしながらある一点を見つめていたからだ。ヤチの腕の中にあるぬいぐるみが抱きしめられ、形が歪む。
ヤチの視線を追うように、未久もその先を見つめた。すると、その海面にリナの姿を見つけた。リナは波の合間に顔を出し、息をする。そして間もなくして、再び海面下へと姿を消していった。ずっとその一点を見つめていると、リナは再び顔を出し、そして海中へと潜っていく。それを何度も何度も振り返していた。波と波の間に時折現れるリナの顔はどこか必死で、そして悲しそうだった。
再び視線をヤチに戻すと、叫び出したい言葉を必死にこらえているようであった。彼女らを見て、なぜパルス姉妹などと呼ばれているのか疑問でならなかった。
未久が集落へ戻ると、カエルムが笑顔で迎えてくれた。朝食を摂り、片づけをしている合間に未久は一人の島民に声をかけた。
「あの、昨日今日とお世話になり、ありがとうございます」
「いや、いいってことよ。俺たちの仲間になる人たちなんだからさ」
「あ、そのことなんですけど……」
にこりと笑っていたその人は、急に手を止めて振り返った。その人の顔はそのままだが、どこか威圧感がある。それに恐怖を感じた未久は次の言葉が出てこなくなった。そんな彼女にその人は念を押すように言った。
「そのこと? 何かあったかい?」
それを見かけたカエルムは咄嗟に二人の間に割って入り、笑ってごまかした。
「この子、すごい人見知りなんで、すぐに人と打ち解けられないんですよ。だから『仲間』って言葉を今受け入れられなかったんじゃないかなぁ、なんて」
カエルムの乾いた笑い声が未久の目の前で響く。それを見た島民は再び普通の笑顔に戻って言った。
「なんだ、そんなことだったのか」
島民は笑い声に合わせるようにして、カエルムも再び笑った。それに乗じて、「ちょっと水汲み行ってきますね」と言って、未久の手を引きながらその場を離れた。
この状況について行けてない未久は、集落が見えなくなると同時に口を開いた。
「どういうこと? やっぱりこの島は……」
「あの姉妹が言っていたことは本当だったみたいよ。現に、朝未久がいなかった間、小さな騒ぎみたいになっちゃったしね」
それからカエルムの話を聞いた未久は青ざめた。話によると、未久がいないと島民の間に広まると、島中を探し回ろうとしたり、カエルムを縛り上げようとしたりしたそうだ。迫りくる島民に、朝の散歩が彼女の日課だと嘘を吐き、事なきを得たんだという。
その話を聞いた未久はカエルムの両腕を掴み、すがりついた。
「ごめん! 勝手に一人で行動して。そんなことになるなんて思わなくて……」
カエルムは掴まれた腕をするりと抜け、優しく未久の頭を撫でた。
「いいよ。私だってそんなことになるなんて思わなかったし、結局何事もなかったんだしさ」
カエルムの温かい手に、未久は余計胸を締めつけられた。そしてその背中に手が乗せられる。
「それよりも、早くこの島を出ないと……」
そうカエルムが呟いた時だった。彼女の背後の茂みがガサリと揺れる。島民に今の言葉を聞かれたと思った二人は身構え、顔を強張らせた。すると、その茂みからヤチの姿が現れた。
「ヤ、チ……?」
「来てください。案内します」
ヤチはそれだけ言うと踵を返し、再び茂みの中へと戻っていった。二人はこの状況を理解できないまま、慌てて彼女の後を追った。
二人がヤチに追いつくと同時に、彼女は口を開いた。
「お姉ちゃ……リナから聞きました。今日の夜までに島を出るなら、それを手伝うって」
「もしかして、あなたも手伝ってくれるの?」
ヤチは振り向かずに、困ったように笑った。
「ヤチは手伝うってほどのことはできません。ただお姉ちゃんに、二人を見かけたら自分のところに案内しろって言われたから、そうしてるだけです」
ヤチが目の前の茂みを潜り抜けると、白い砂浜が広がり、周りが岸壁に囲われた白と青しかない海辺に出た。その砂浜の真ん中にリナが立っていた。リナは彼女らに気づき、振り向いた。
「やっと出る気になったのね」
リナは真っ直ぐと二人を見たが、未久には彼女が自我を打ち消しているように見えた。それがいつの日かの未久自身と重なって見えた。本当の自分を隠し、自身を、周りを守るために笑顔の仮面をかぶる。それがどんなに辛く、苦しいことなのか、未久は痛いほど知っていた。
そんな未久をよそに、リナとカエルムの間で話が進む。
「疑って悪かったわね。やっぱりこの島は早く出た方がよさそうだわ」
「理解してもらえたみたいね。それで、あなたたちはどんな方法でここに来たの?」
カエルムは顔を逸らしながら礼を言った。それにクスリと笑いながら、リナが訊ねてきた。
「ルクスに乗って飛んできたのよ」
「飛んで? ということは、ルクスとは飛行艇の名前かしら。それなら、ここにその飛行艇を運んでこなきゃね」
「とぼけないで」
カエルムの鋭い声がリナの隣にいたヤチを怯えさせた。ヤチはカエルムの鋭い視線から逃げるようにリナの背後に隠れる。リナはそんなヤチを庇うように腕を後ろへ回し、ゆっくりと視線をカエルムへ向けた。その余裕な表情に再びカエルムの顔が引きつった。
「ルクスは私のオーミエのハーストイーグルよ。呼べばすぐここに来るわ」
カエルムが指笛を鳴らすと、上空から大きな影が落ちた。ヤチは怯えたように見上げ、リナは平然と視線をカエルムから逸らさなかった。そしてリナは少し目を細めて言った。
「そう、よくわからないけど、もう大丈夫みたいね。それじゃ――」
「あの!」
今まで口を閉ざしていた未久が、勢いよく言葉を口にした。それに驚いたリナは目を見開いて、未久を凝視する。その視線に少し怯えながら、未久は胸の内にある言葉を口にした。
「私たちと一緒に、この島を出ませんか?」
その言葉にカエルムは未久に振り向き、ヤチはリナを見上げた。カエルムの視線の先にはオラティオの時とは異なる苦しそうな顔があった。そしてヤチの視線の先にあったものはヤチから離れていき、そしていつの日か聞いた苦しみに満ちた声が聞こえた。
「バカなこと言わないで! そんなこと言われるために、こんなことしてるんじゃないの。そういうことなら、もう二度とあなたたちには手を貸さないから!」
その言葉を残してリナはその場から遠ざかっていった。ヤチはリナを止めようと声をかけるが、それを無視してヤチの手の届かないところへと行ってしまった。
俯くヤチに二人は声をかけようとするが、かける言葉が見つからない。そう思案していると、ヤチは突然振り返った。どんな罵声がかけられるかと身構えたが、ヤチから出た言葉は思いがけないものだった。
「お願い、です。お姉ちゃんをこの島から解放してあげて!」
その言葉に二人は一瞬顔をしかめた。そしてヤチの瞳を覗き込むようにして訊ねた。
「どういうこと? 一体何があったの?」
ヤチはその言葉に一瞬怯え、出かけた言葉を飲み込んだ。しかし零れそうな涙をこらえながら、意を決して震える声を絞り出した。
「ヤチたちは、パルス姉妹。血のつながらない姉妹なんです」
消え入りそうな声が一つ一つ紡ぐように聞こえてくる。日は徐々に昇り、影など消し去るように真上から彼女らを照りつける。その暑さからの逃げ場などもう遥か遠くにしかなかった。
次話「パルス」は2018/12/15(土)に更新します。




