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第2話 砂漠越え

2018/1/28 10時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 目の前には一面茶色い景色ばかりが広がっていた。風が吹けば微かに砂が舞い、ひりひりと痛む肌を襲った。時折彼らの顔を露わにしようとする風に抗いながら、ゆっくりと大きな歩みに小さな歩みが必死に追いついていこうとしていた。


 未久たちが村を発ってから一週間が経っていた。どれだけ歩いても変わらぬ景色だと思っていると突然ヘビが現れたり、変な形をした植物が生えていたりと意外にも暇を持て余すことはなかった。また、水を飲み、体を休めていると、衛次は未久にこの地にまつわる話をしていた。ここにはどのような生き物がいるのか、この辺りにはどのような人が住んでいるのか、どのようにしてこの地ができたのか――このような話を新たな地を訪れる度に衛次は未久におとぎ話をするかのように話していた。


「遠くに壁ように垂直で大きな丘と槍のように尖った丘が見えるだろう。壁のようなものをメサ、槍のようなものをビュートというんだ。ではなぜ丘があのような形になったと思う?」


 辺りにしか向けていなかった視線を少女は遠くへ向けた。それらは手の届かないとても遠くにありながらも、果てしなく大きなものであることはわかった。そのように大きなものがなぜこのような広大な平地の先にあるのか――その疑問が彼女の頭の中で廻り出した時、ふと風が彼女のマントをなびかせた。布の上を砂が転がり、その終わりの先で宙を舞ってあてどもなく遠くへ消えていった。それを目にした彼女は静かに口を開いた。


「……風?」


 それを聞いた衛次は小さく笑みを漏らした。


「そうだ。あれらは風や太陽などの自然によってできた『自然』だ」

「自然でできた自然? じゃあ自然じゃないものでできた自然もあるんですか?」


 少女の無垢な言葉が一瞬衛次の言葉を詰まらせた。彼は一度口をつぐみ、静かに口を開いた。


「そうだな、今じゃそうじゃない自然の方が多いかもしれないな」


 寂しげな瞳は広大な大地に向けられた。少女はその硬い横顔を見つめていると、彼の肩に止まっているラナーハヤブサと目が合った。彼は一瞬にして彼女から目を逸らし、突然大きな翼を広げて羽ばたいた。目の前に広がる大地よりも大きな空に一点の影が浮かび、何度も彼らの頭上を旋回した。彼女にはまだ光も影も知らないことが多かった。それを知ろうとすることは彼女を苦しめることになるとはこの時誰も知らなかった。



 広大な大地から日の光が消え、冷たい静寂が訪れた。昼間とは打って変わって、冷たい空気が肌に触れる。衛次は振り返り、未久に言った。


「今日はここまでにしよう。もう疲れただろう」


 少し俯きがちだった彼女はハッと顔を上げ、かぶりを振った。


「いや、まだもう少し――」

「無理をするな。時間は十分にあるんだ。ゆっくり行こう」


 黒く染まった寒空には数え切れないほど多くの小さな光が浮かんでいた。とても小さな光は群れを成し、赤黒くまたは青白く妖しく光っていた。


「さて、今日は何の話をしようか?」


 寝袋を敷き終えると、衛次はそれをポンっと叩いた。彼らはいつも寝る前に何か物語を話し、未久がそれを子守歌にしていた。彼女はいそいそと寝袋に入りながら少し考えて言った。


「んー、森の話が聞きたいです」


 それを聞いた彼は目を見開いた。


「またその話でいいのか?」


 彼女は驚く彼に構わず、優しく微笑みながら頷いた。


「その話好きなんです。何ていうか……知らない場所のはずなのに、どこか懐かしいような気もするんです」


 それを聞いた彼は微笑んだ。


「そうか。ではその話をしよう」


 少女は一瞬彼が寂しそうな顔をしたように感じたが、彼がすぐに空を見上げたので気のせいだと思い込んだ。そして幾億もの星を見上げながら物語は始まった。


「これは何十年もの昔の話だ。そこは、こことは正反対でとても多くの草木に覆われていた。何メートルにもなる木が頭上を覆い、見上げても見える空は少なかった。そこで暮らす人々はコロニーと呼ばれる集団を成して生活を営んでいた。


 そこにある少年がいた。彼には優しい家族がいて、楽しい仲間がいた。彼はそのコロニーが好きだったが、どこか物足りなく感じていた。


 ある日彼がいつも暮らしているテントの中である書物を見つけた。それを開くと、今まで見たことがないような世界がたくさんの文字でつづられていた。幾晩寝ても彼はその世界を忘れられず、、知らず知らずのうちに自然や世界について学ぶようになっていた。


 彼が成人、つまり十五になった頃、彼のコロニーでは争いごとが起き始めていた。彼は未だに夢を諦めきれず、しかしコロニーのことも気が気でならなかった。


 それから二年後、彼は夢の話を家族にする決心をした。仲間想いの彼の家族だったからな、やはりその家族は快く彼の背中を押した。そうして彼の旅が始まったんだ。それから――」


 衛次が話の続きをしようとすると、隣から小さな寝息が聞こえてきた。そこにある寝顔はとても安らかで可愛らしいものであった。彼はそっとその頭を撫でた。


「〝彼女〟の願いを叶える。ただそのためだけに今を生きているんだ」


 静かな声は広大な空に吸い寄せられ、静かに消えていった。少女が彼と自身の過去を知るまであと一ヶ月程であった。


 日が昇り、また灼熱の炎が降り注いだ。じりじりと熱される彼らであったが、遠くに見えていた小さな山にやっと辿り着いた。未久は嬉しさのあまり駆け出していた。衛次はそんな彼女を後ろから見守りながら、ゆっくりとその後を追った。彼が彼女に辿り着くと、彼女は山に入る手前で立ち尽くしていた。彼らの目の前には細かな段状になった岩の谷間が広がっていた。それを見上げる彼女の横に彼が来て言った。


「これは砂漠、岩石砂漠(ハマダ)だ」


 それを聞いた彼女は驚き、彼を見上げた。


「砂漠ってサラサラな砂がいっぱいあるところじゃないんですか?」

「それは砂砂漠(エルグ)だな。その砂漠は世界中の砂漠の二割しか存在しない。世界中に存在する砂漠のほとんどがこのハマダだ」


 彼は岩の谷間に足を踏み入れ、彼女はその背中を追った。彼女が彼に追いつくと、彼は不意に影と光の間で立ち止まって彼女に振り返った。


「言っておくが、今まで歩いていた場所も砂漠だったからな」


 言葉を失う彼女を見て、彼はハッハッハッと笑った。その笑い声で我に返った彼女は先を行く彼に頬を膨らませて叫んだ。


「そういうことはその場で説明してください!」


 彼女の声は木霊し、その中を二つの足音が駆けていった。


 彼らが岩陰で休憩していると、未久が突然顔を上げた。それを不審に思った衛次はラナーハヤブサを空高く羽ばたかせ、彼女に訊ねた。


「どうした?」

「足音……、人の足音がたくさん聞こえる」


 それを聞いた彼は彼女にフードを深々と被せ、立ち上がった。


「複数ってことは商業か何かか? 今回も()()を見られないように気をつけるんだぞ」


 彼女は小さく頷き、彼の袖を握った。彼らの目の前には光と影が落ち、足音が近づいてきていた。この足音は彼らにとって光なのか影なのか。空には一点の影が浮かんでいた。

次話「曲芸団」は2018/1/29(月)に更新します。

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