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四季折々~三千年の時~  作者: 七種 草
イーチェ編
19/33

第19話 選択

 真っ白な地の上に三つの白い息が流れる。未久とカエルムの目の前には、頭を下げる小さな少年がいた。二人は顔をしかめたまま少年をじっと見つめたが、彼は微動だにしなかった。その状態にカエルムは痺れを切らし、大きくため息を吐いてから口を開いた。


「えーと、あなたの名前は?」


 その言葉に少年はやっと頭を上げ、目を輝かせながら答えた。


「あ、ボクはエフィムと言います!」

「エフィム、あなたはどうして旅をしたいの?」


 エフィムと名乗った少年はそれを耳にすると、今までの元気がすっとどこかへ消え去った。そしてエフィムはどこか冷たい声で答えた。


「旅をしたい、っていうより、この村から出たいんです」


 未久とカエルムはその言葉に眉をひそめた。未久は言葉に詰まるカエルムの前に一歩歩み出て、エフィムに訊ねた。


「あなた、この村の子よね? さっき村人に会ったけど、その人は私たちの顔を見るなり攻撃してきた。つまり、この村はデウス殲滅派、そしてあなたはそれを教えられてきているはず。それなのに、私たちについてきたいと言うのはなぜなの?」


 カエルムは未久の言葉に驚いた顔を向けた。しかし未久はそれを気にすることなく、エフィムに厳しい視線を向けた。エフィムはそれに怖気づくことなく、未久を真っ直ぐと見たまま答えた。


「確かに、ボクの村はデウス殲滅派です。でも、ボクはそれ自体がおかしいと思うんです」


 エフィムの頬や鼻の頭は赤くなっていた。白い息がそれらを撫でていくことを気にすることなく、彼はそのまま続けた。


「この村の伝承は、『デウスは人間を滅ぼす存在』ということです。でも、その場面を自分の目で見たことがある人は誰一人いません。それにデウスに会ったことがある人なんて誰一人いない……。会ったことがないのに、あいつは悪い奴だって決めつけるなんて、ボクはおかしいって思うんです!」


 力強く言葉をぶつけてくるエフィムに、二人は口を固く結んだ。自分たちよりも小さいのに、より大きな反抗心を持ち、行動力がある。それが羨ましくもあり、また脅威でもあった。エフィムは二人に畳みかけるように懇願した。


「だからこんな村、早く出たいんです。お願いです! ボクを旅に連れてって――」

「ダ――」

「いいわよ」


 未久が断ろうとしたところを、カエルムが遮った。未久が慌てて振り返ると、カエルムは澄ましたような顔で続けた。


「いいわよ、ついてきても。もう二度とここには戻ってこられないかもしれないけど、それでもよければついてきなさい」


 その言葉にエフィムは瞳を輝かせて、「ホントですか!」と訊ねてきている。一人で話を進めているカエルムに未久は詰め寄った。


「ちょっと、何勝手に決めてるんですか! 私はこの子がついてくることに反対です!」


 鋭い視線をカエルムに向けるも、彼女は涼しい顔をしたまま答えた。


「エフィムを連れて行くことに決めたのは私よ。この子が嫌なら、あなたはついてこなければいいじゃない」


 冷めた視線を向けてくるカエルムに嫌気が差した未久は、「もう知らない!」と吐き捨てるように言って、その場を去っていった。カエルムは顔を歪めながらそれを見送り、大きなため息を吐いた。エフィムはカエルムにそっと近づき、恐る恐るささやいた。


「あの……よかったんですか?」


 カエルム横目でエフィムを見やり、片手を振って笑ってみせた。


「いいの、いいの。馬が合わなかったってだけだし、あっちはあっちで清々してると思うよ。それよりも――」


 カエルムはくるりとエフィムに向き直り、彼の顔を覗き込んだ。彼は突然のことにたじろいだが、カエルムは気にすることなくにこりと笑った。


「あなたのこと、知りたいな」




 一方、その頃未久はどこまでも続く白い世界を進み続けていた。靴の上に乗った雪が融け、中にまで滲みてくる。手足の指先は先程までジンジンと痛んでいたが、もうその痛みさえも感じなくなっていた。


 手に白い息を吹きかけ、その息を掌にもみ込んだ。その肌と肌の間に雫が広がり、手を広げると体温を奪っていく。その掌を未久は伏目がちに眺めた。するとそこに大きな影が落ちた。見上げるとそこにはルクスがおり、大きな翼が未久を包んだ。


「あいつに逃げられましたか」


 ルクスは小さく笑ったが、その言葉は未久を優しく包み込んだ。未久はルクスの胸の羽毛に顔を埋め、静かに涙を流した。


 しばらくして未久は落ち着くと、ルクスに訊かれるよりも早く事の成り行き話した。


「そんなことがあって、確かに私、カッとなってたと思います。でも、カエルムさんだってもう少し私のこと、考えてくれたって……」


 未久は俯き、再び口を閉ざした。それを見兼ねたルクスは、遠くを見つめながら口を開いた。


「オレは時の観察者なので、あまり口出しすることはできません。しかしあいつの傍にいた者として申しますと、あいつには今まで近くの者を気遣う環境がなかったんです」


 その言葉に弾かれたように未久は顔を上げた。ルクスを見上げると、彼の瞳は悲しそうにどこまでも遠くを見つめていた。彼はそのまま呟くように続けた。


「共に笑える人も、心から喧嘩し合える人も、共に涙することができる人も、あいつは五歳の時にすべて奪われたんです。そして心を許せる人もずっと傍にはいられませんでした」


 ずっとカエルムを庇い続けてくれたラドメスも、彼女が逃げてきた時にしか傍にいられなかった。未久にも友のような親しい存在はいなかったが、衛次がいつも傍にいてくれた。その安心感をカエルムは知らない。いつも一人で闘い続けていた。その苦しみが未久には計り知れなかった。


 未久はルクスの言葉を胸に刻んだ後、自身を奮い立たせて勢いよく立ち上がった。


「よし! ありがとうございます、ルクス。私はどうすべきか、わかったような気がします」


 その未久の姿に目を細めていると、彼女は思い出したようにルクスに振り返った。


「さっき、ちょっとだけ気になったんですけど、『時の観察者』ってどういうことですか?」


 ルクスは目を瞬いたが、思い出したように自身で頷いて話し出した。


「そうか、あなたは()()何も思い出してないんでしたね。我々相棒(オーミエ)は、あるデウスと契約を交わした『時の観察者』なんです。そしてオーミエは今やこの世の存在ではありません」

「え……?」


 突然風が吹き、小さな雪の塊が白い地の上を転がった。ルクスの羽毛が未久の肌を撫でたが、それよりも彼の告白に未久は自身の耳を疑わずにはいられなかった。




 また一方その頃、カエルムはエフィムの家にいた。旅支度をしたいから、一度家に戻りたいと言ったのだ。カエルムは再び村人に会うことを恐れたが、今の時間なら仕事に出かけているとエフィムが連れてきてくれた。その間、エフィムは今まで溜めてきたものを吐き出すように愚痴をこぼした。


「この村の人は皆、今までこうだった、ああ言われてきた、だからそうしなければいけないって、機械みたいに繰り返すんです。何も考えずに従うなんて、もうまっぴらごめんですよ」


 家に着き、エフィムが家の中を騒がしく漁っている間、カエルムは家の中を見て回っていた。所々当て布がされた分厚い服に帽子、二、三人が同時に座れる長いログチェア、手作りらしきランチョンマットが敷かれたテーブル、そして五人が笑って映っている写真を見つけた。カエルムはその写真を手に取り、エフィムに訊ねた。


「あなた、兄弟がいるの?」


 エフィムは手を休めることなく、写真を見て頷いた。


「ああ、いますよ。下に二人。言うことは聞いたり、聞かなかったりで鬱陶しいですけど」


 エフィムの淡々とした言い様に、カエルムは言葉をつかえさせながら再び訊ねた。


「仲は、いいの?」

「仲、ですか。まあ、普通じゃないですか」


 エフィムはそのまま奥の部屋へと行き、物音が遠ざかっていった。カエルムだけその部屋に取り残され、手元には一枚の写真が握られたままだった。


 普通の兄弟の仲――その『普通』がカエルムの中には存在しなかった。普通の兄弟、それを今彼は手放そうとしている。突然カエルムの胸の中に(もや)が広がり、エフィムの存在を翳ませた。


 エフィムが奥の部屋から戻ってくると、元気よくカエルムに声をかけた。


「お待たせしました、カエルムさん! 準備が整いましたので、出発しましょう!」


 カエルムは手元の写真をそっと元に戻し、エフィムを真っ直ぐと見た。


「エフィム、少し一人にしてくれないかしら?」


 エフィムは目を見開き、何かを言いかけた。しかしカエルムはその言葉を待たずして踵を返し、外へと出ていった。家の中には虚しく扉の音が残り、元に戻された写真がパタリと倒れた。

次話「存在」は2018/9/22(土)に更新します。

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