第15話 業
2018/7/14 14時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
意識を失っている女性を目の前にして、俺たちは戸惑っていた。俺は何度も彼女に声をかけるも返事はなく、大雅は俯き押し黙ったままだった。
森の奥から再び男の怒声が響き渡り、辺りの鳥が一斉に飛び去った。ヴェゼたちは辺りを警戒し、しきりに瞳を瞬かせている。男の声を耳にした俺は彼女を抱えて立ち上がった。それを見た大雅は眉をしかめて俺を睨んできた。
「おい、何をしようとしている?」
「何って彼女を助けるに決まってるだろ」
迷いもなくそう答えると、大雅は俺の腕を掴んできた。
「やめとけ。彼女には関わるな」
真っ直ぐと俺を見つめるその視線は冷たく感じた。俺の腕を掴む指がより食い込む。しかしその視線はあの日、大雅との別れの直前の視線とどこか似ていた。それを感じた俺は静かに大雅に訊ねた。
「関わるなってどういうことだ?」
その言葉と同時に、再び男の声が響き渡った。今度はさっきよりも近づいている。時間がないと感じた俺は、俺の腕を掴んでいた大雅の手を引っ張り、小声で言った。
「逃げるぞ」
その場を離れると同時に俺たちはパートナーを上空へ放ち、滝の近くへと場所を移した。
怒声を上げる男から離れ、落ち着くと、俺たちはあることに気づき目を丸くした。
「彼女の腹、丸い……よな?」
「もしかして、妊婦?」
二人して顔を見合わし青ざめ、俺は冷汗が吹き出し、大雅は額に青筋を立てた。
「だから言ったろ! 彼女に関わるなって!」
大雅は声量を押さえながら、思い切り俺にキレた。俺は片手で大雅を制しながら言った。
「いやいやいや、妊婦だからってそんな問題があるなんてことは――」
「腹に子持ちで男に追われてるなんて、訳ありですって言ってるようなもんだろ!」
大きく息を吐き、腕を組む大雅を見て、俺は胸につかえを覚えた。大雅の俺に再会した時の態度、彼女を見つけた時の反応、彼女を助けようとする俺への言葉――俺は再会した時から抱いていた疑問を口にした。
「なあ、お前何があったんだよ?」
大雅は片眉を上げて俺を見た。水と水が打ち合う音が二人の間を流れる。そして再び大雅は大きく息を吐き、いつものように頭のバンダナに手をかけ、首にかけるように下ろした。バンダナの下を目にした俺は、驚きのあまり大雅を指差した。
「え、おまっ――」
バンダナの下には髪一つなく、光り輝いていたのだ。歳が五つ離れているとはいえ、髪が長かった頃からの変貌を笑わずにはいられなかった。
「マジかよ! お前、つるっぱげじゃねぇか! 歳つっても、まだ六十代だろ」
「うるせえ! つるっぱげとか言うな!」
初めて会った時のような会話をして十分笑うと、俺は再び口をつぐんだ。それを見た大雅は両手を後ろにつき、空を仰ぎ見た。日はいつの間にか暮れかけている。冷たい風がそよぎ始め、水面にうっすらと波紋ができた。
風に乗せて流すように、大雅は言葉を口にした。
「衛次はエレクトのこと、よく知らねぇだろ?」
俺は風に流されるように振り返った。大雅は俺を見ることなくフッと笑った。
「俺のコロニー〝エレクト〟の名を聞いて何も思わないってことは、そういうことなんだよ。衛次が知らないならそのままでいたかった……」
風が吹き、水面に小さな波が立った。空には横に長く薄い雲が広がり、突き抜けるように眩しいオレンジ色の光が差している。その光を大雅越しに見ている俺は、目を細めながら言った。
「知らないって何を――」
「オトギリソウ」
その言葉に俺は目を見開いた。大雅はゆっくりとこちらに振り向き、力なく悲しげに笑った。
「エレクトは秘密を隠し、業を背負いながら生きるコロニーだ」
目を突き刺していた光はだんだん弱まり、いつの間にか日は沈んでいた。空は急ぐように色を変え、夜の獣を誘う。静かな音に包まれる中、俺は呟くように言った。
「秘密って……、業ってなんだよ?」
辺りの様子が変わっても音を変えない滝の飛沫が、風に乗って少し俺たちの顔を濡らした。大雅は首にかけているバンダナで顔を拭い、体を少し起こして言った。
「衛次が聞いてる『言い伝え』ってどんな話だ?」
「どんなって……、ある人が禁忌の地を犯して、それに怒ったシーバが森を枯らしたって話だろ?」
眉をしかめながら話す俺を見るも、大雅は表情一つ変えずに言った。
「それは偽りの物語だ」
「は?」
突然の告白に俺はその言葉しか口にできなかった。『言い伝え』を聞いてから何十年もの間信じ続けてきた話が偽りだと急に言われて、すぐに飲み込めるはずもなかった。大雅が言っている「偽り」とは、ただのおとぎ話という意味ではないであろうことは、彼の目を見ればすぐにわかった。
言葉を失う俺に、大雅は静かに語り出した。
「真の物語は逆なんだ。その『ある人』は確かに禁忌の地を犯した。だが、その人はそれ以上の罪を犯したんだ」
息を呑む俺を横目で見やり、静かに言った。
「その人は忠告したシーバを殺した」
俺の胸の内をかき乱すように風が吹いた。胸の鼓動がいやに耳につく。それでも大雅の話は続く。
「そしてその人はそこに残った首飾りを手に取ったんだ。すると、みるみるうちに森が枯れていった。それがこの物語の顛末。そしてその『ある人』はエレクトの人間だ」
悲しみと怒りに満ちた瞳が俺の目の前にあった。水面を覗くように生えた草が静かに揺れる。波のように静かに何度も行き交う風は俺たちの肌を撫でた。風に乗ってふわりとバンダナがなびくと、大雅は瞼を閉じて続けた。
「エレクトの他の奴らは、この現象の原因が身内だとバレないように偽りの話を広めた。それでも、もうこんなことが起こらないように書物に記して残していた。そしたら――」
今まで静かに語っていた大雅が言葉を詰まらせ、唇を噛んだ。一向に口を開こうとしない大雅に痺れを切らし、俺は大雅に詰め寄った。
「そしたら何だっていうんだよ?」
大雅は俺の声で伏せていた目をゆっくりと上げ、遠くを睨んだ。
「〝カリオフィ〟の亘って奴がエレクトに来たんだよ」
怒りに満ちた声が地に沈むように聞こえた。静かな怒りが悲しく響く。夜の鳥の声がそれをより一層際立たせていた。しかし何のことだかわからない俺は静かに訊ねた。
「その亘って一体誰なんだよ?」
大雅は静かにこちらを向いて言った。
「エレクトを滅ぼした奴だ」
驚きのあまり、一瞬大雅が何を言ったのかわからなかった。虫の音ばかりが耳につき、頭が真っ白になる。合併や分離は今まで何度か聞いたことはあったが、俺はコロニーが滅びるなど今まで耳にしたことなんてなかった。
大雅はそんな俺を目の前に一息吐き、再び語り出した。
「衛次と別れてから少し経った頃、奴がエレクトに来たんだ。俺たちの長は初め奴を歓迎していた。だが、奴は急にエレクトにある書物を漁り出した。そして、あの書物が奴に見つかったんだ」
下に垂れた大雅の手が拳を握った。いつの間にか水面に映し出されていた黄色く明るい光は俺たちの顔を照らした。目を細める大雅は苦しげに水面を見つめていた。
「その書物を見て笑みを浮かべる奴に、俺たちは口外するなと何度も言い寄った。しかし奴は俺たちのことなど見向きもせず、邪魔だと言ってエレクトを滅ぼした。仲間に家族、すべてを失った。だけど俺は命からがら逃げ伸び、息を潜めて今まで生き延びてきた。パートナーらと一緒に」
俺たちの頭上の木で休んでいるイヌワシはしきりに羽繕いをしていた。そのイヌワシがふと何かに気づいたように動きを止めた。それに釣られるように俺たちも横を見た。すると、気を失っていた女性が頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がった。俺が彼女に近づき支えると、俺の顔を覗き込んできた。その澄んだ瞳に俺が口を強くつぐんでいると、彼女は思いもよらないことを口にした。
「もしかして、衛次さん……ですか?」
出会ったこともない女性から聞く自分の名に、俺は妙な違和感を覚えた。俺は今この森でどのような存在になっているのだろうか? 追われる羊なのか、一点の光を差し得る勇者なのか――森のささやきは俺を幾度も惑わせた。
次話「助け」は2018/7/28(土)に更新します。




