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四季折々~三千年の時~  作者: 七種 草
オラティオ編
10/33

第10話 夕陽

2018/5/7 6時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 日は傾き、西の下の空がうっすらと赤みを帯び始めていた。狭い路地に並ぶ三人の間に日が差し込むも、どこからか冷たい風が流れ込んできた。未久は微かに目を細め、今まで閉じていた口を開いた。


「……〝彼〟とは一体誰ですか?」


 真剣な眼差しを向ける未久にカエルムはフッと笑いを漏らした。それに首を傾げる未久の頭上に影が落ちた。カエルムの頭上にも影が落ち、彼女の表情がはっきりとわからなくなる。その中でカエルムは静かに口を開いた。


「彼の名前はルクス。私の相棒(オーミエ)のハーストイーグルよ」


 急に影が彼らの頭上から消え、強い光が差し込んだ。光に包まれるカエルムは優しい眼差しを未久に向け、目を細めた。それと共に何かを呼ぶような高い音が青と赤が混ざり合う空に響き渡った。


「ハースト、イーグル……?」


 未久は目を見開いた。その言葉を耳にした瞬間、何かが脳裏を過ったのだ。何かの映像、いや記憶なのか、彼女は大切なものを見落とした感覚に襲われた。


 カエルムは未久の言葉を聞き、上空を指した。


「そう、私のオーミエは今私たちの上空を飛んでる(わし)なの。翼を広げると三メートル以上になるかな」

「え?」


 未久はカエルムが指差す空を慌てて見上げた。西日に目を細めながら遠くを見ると、遥か上空に小さな黒い一点が見えた。その点は同じ場所を何度も旋回していた。そこから目が離れずにいると、カエルムが口を開いた。


「彼、私がそこで泣いていると、私のことを馬鹿にしてきたのよ」


 未久は我に返り、視線をカエルムに戻した。カエルムは頬を膨らませて続けた。


「『そんなことで自分を否定するなんて、馬鹿な奴だ。自分は自分でしかないのだから、貼られているレッテルなど剥がしてしまえばいい。それもできないのなら、そうできるようお前が世界を変えてしまえばいい。ただそれだけのことだろう?』ってね」


 強い光が差し込む中、カエルムは口元を緩めて優しく微笑んだ。黄金色の髪が稲穂のように揺らめき、彼女の胸元で羽根が微かに輝いたように見えた。その強く美しい姿に未久は目を奪われた。カエルムは微かな風を感じながら、ゆっくりと上を見上げた。


「それから私は両親の手から奪い取るように、政すべてを私一人で行った。両親が行っていた『王族第一』という行政から、『平民第一』という行政へと変えていったの。城内での反感は多かったわ。特に母は癇癪(かんしゃく)を起こして大変だった。でもこれがせめてもの償いと思って、私は闘い続けた」


 カエルムは緯線を未久に戻して、両腕を広げてみせた。


「そして闘い続けた結果、またこの街に活気が戻ってきたの。私のせいで失ったものをやっと取り戻せた」


 カエルムは笑ってみせるものの、それはどこか苦しそうだった。それを感じた未久は顔をしかめながらカエルムに訊ねた。


「街のために、償いのために、ここから離れられないということですか?」


 カエルムはフッと笑って、肩をすくめてみせた。


「そういうことになるわね」


 悲しげで、何かを諦めたような目が細められた。その言葉を聞いた未久は(せき)を切ったように大声を出した。


「それじゃあ、カエルムさんの自由はどうなるんですか!」


 未久は目に溢れんばかりの涙を溜めながら、カエルムを真っ直ぐと見た。涙には西日が差し込み、瞳には歪んだカエルムが映しこまれた。それに驚くカエルムを差し置き、未久は続けた。


「『世の中は季節のように移ろいゆくもの』。これらはすべてデウスであるカエルムさんのせいなんかじゃありません。それでも精一杯足掻いて、みんなのために尽くしてきた」


 風が彼らの間を通り過ぎ、髪が大きく揺らめいた。西日が彼らの瞳に差し込み、二つの瞳が歪んで語りかけた。


「もう、自由になっていいんじゃないですか?」


 一筋の涙が未久の頬を伝った。それを見たカエルムは思わず胸を握りしめた。そしてそのまま未久に背を向けた。何も言葉にできずにいるカエルムを見たラドメスは、彼女の頭を優しく撫でながら言った。


「もう日が傾いてきたから、今日はそろそろお開きにしますか」


 立ち上がろうとする彼に未久は詰め寄った。


「私はまだ話したいことが――」

「今日はここまで。この続きはまた今度話せばいい。それに、早く帰らないとあのおっさんがあんたのこと心配するぜ」


 ラドメスはニッと笑って、未久の頭を乱暴に撫でた。未久はその奥でラドメスの口が「ありがとな」と動くところを見逃さなかった。未久は呆然とラドメスを見ながら立ち上がった。ラドメスは手を振りながら「またな」と口にした。未久はその言葉のまま、その場から立ち去った。


 それを見送ると、ラドメスは振り返らずに口を開いた。


「逃げなくてよかっただろ?」


 彼の後ろから鼻をすする音が聞こえた。その後に少し弱々しい声が聞こえた。


「何がよかった、よ。もう最悪じゃない」


 カエルムは何度も手で涙を拭い、息を漏らした。彼女は涙と共に零れ出る何かも拭い去るように、口を動かした。


「私はずっとこの街で――」

「カエルム」


 ラドメスがカエルムの肩を掴んで、顔をこちらに向かせた。彼は真っ直ぐと彼女の瞳を覗き込み、手に力を込めた。


「あの子も言ってただろ。お前はもう自由になっていいんだ」


 その真剣な瞳に、また彼女の目に涙が溢れ出してきた。彼女は涙を零しながらも、弱々しく首を振った。


「でも、そしたらこの国の王がいなくなってしまう……」


 顔を歪める彼女に、彼は優しく微笑んだ。


「大丈夫だ。そしたらまた新しい王ができるだけだ。デウスがいない三百年間、この国がうまくやってきたことが大丈夫だって証拠だろう?」


 彼の笑みに彼女は彼の胸に顔を埋めた。彼が彼女の頭を撫でていると、胸の中から声が聞こえてきた。


「私がいなくなったら、あなたが疑われてしまうかもしれないのよ」


 彼は一瞬驚くも、わざとらしく空を仰いで言った。


「バーカ。何年間あんたに手を貸していると思ってるんだよ。それに九年前にあの場所で言っただろ。『周りの奴ら全員があんたの敵になったとしても、俺はあんたの味方でいてやる』って」


 九年前――カエルムがルクスに出会い、彼が去ったすぐ後、ラドメスが彼女のもとに来たのだ。彼は涙を流す彼女の頭を撫でて、そう契りを交わしたのだった。


「なぜかは知らないが、俺はあんたには幸せになってもらいたいんだ。あんたはこの俺の気持ちを無下にするのか?」


 悪戯っぽく笑う彼に、カエルムはやっと笑顔を見せた。


「あなたがそう思っているなら、仕方がないか」


 カエルムは目を細め、「ありがと」とラドメスに微笑んだ。オレンジ色の光が彼女の顔に差し込み、長い影が少し揺れた。空には短く、高い声が何度も響き渡っていた。




 未久は彼らと別れてから、あてどもなくただ歩みを進めていた。ラドメスに言われた通り帰路につこうとするも、思考回路が働かず、ただ歩みを進めているだけだった。


 目の前から西日が差し込み、視界が霞んだ。無意識に歩みを進めていると、人通りが少ない道を歩き、いつの間にか全く人通りのない道を歩いていた。


 そのまま歩いていると、どこからか鈴の音が聞こえたような気がした。未久は弾かれたように顔を上げるが、そこには誰もいなかった。しかし眩い光の中を目を細めると、道に何かが落ちていた。未久が近づいてそれを拾ってみると、それは青く丸いガラス玉が付いた首飾りだった。


「……きれい」


 光に透かして眺めていると、その向こうから人影が見えた。首飾りを下げ、その人影に視線を向けると、それは衛次だった。未久が彼の姿に少し驚いていると、彼は静かに口を開いた。


「……もうそれを手にしたんだな」


 未久がその言葉の真意をわからずにいると、衛次は寂しそうに笑って言った。


「少し話をしようか。お前と、俺の過去の話だ」


 長い影が揺らめき、近づいた。西日が差し込むその場所では、彼らがどのような顔をしていたかなど知る人はいなかった。

オラティオ編はこれにて終わりとなります。

次話「始まり」は2018/5/19(土)に更新します。

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