第5話「戦いの序章 前編」
アグニル先生と戦ってから、どれくらい過ぎたのか・・・・ざっと見積もっても、100年以上は経ってる。中世の時代は終わり、人も世の中も変わっていく。僕はその時代の流れをずっと見届けた。世界はアメリカ大陸の発見やマゼランによる世界周航など、大航海時代の最中だった。そんな中、日本は戦国時代に突入した。大名達がしのぎを削り、天下を目指していた。
そんな中で、僕は戦いに身を投じた。その戦いは、後の大きな戦いの序章となるのだった・・・・
始まりは、確か1553年ぐらい。ちょうど川中島の戦いが始まった年だ。その時、僕はいつもの様に海の中で人知れず体を休めていた。海の中は静かで、誰も邪魔しないから、その分ゆっくり休むことができた。だが、そんな時間も終わりが来た。僕の頭の中に突然声が響いてきた。
『た、助けてくれぇ!!』
『物の怪だ!物の怪が出たぞぉ!!』
『まだ死にたくねぇ・・・死にたくねぇよ・・・・』
その声は助けを求めていた。数は多い。大名達の戦に巻き込まれたか、それとも・・・・色々な考えが頭の中を駆け巡るが、考えていても仕方がなかった。
(誰かが助けを求めてる・・・・行かないと!)
僕は体に内蔵されたブースターを射出、点火し、海から空へと舞い上がる。そして、声を頼りに空を飛ぶ。
(どこだ・・・?どこから声が・・・・)
僕は神経を耳に集中させた。そうしたら場所がすぐにわかった。場所は江戸・・・後に日本の中心になり、東京と名前が変わる場所だ。この時代の江戸は、湿地地帯であり、山や武蔵野の林に覆われた原野が広がり、大勢の人が暮らすような場所ではなかった。
助けを求めたのは、この江戸に住む村の人々だ。村へ向かってみると、そこには鳥のような頭をし、かぎ爪が生えた足に鋭い剣のような両腕、悪魔のような禍々しい翼、その翼には先が鋭い触手が生えた怪物が、大きな翼を広げて飛び回り、人々を襲い、鋭い触手で家畜を串刺しにして飲み込み、作物を食い散らかしていた。
(な、なんだあいつ・・・・巨人とも違うし、化け物とも違う・・・・)
僕はそいつの姿を見て思わず戸惑った。そいつは今まで戦った敵とは全然違った。巨人のようにも見えるが、機械的な部分は見当たらない。怪獣のようにも見えるが、それにしては人間的な部分が垣間見える。
僕が考えていると、怪物と村の人々が僕の存在に気づいた。
「な、なんだあいつ?」
「物の怪の仲間か?」
怪物は触手を宙に浮かせながら、じっと僕を睨みつけた。すると、怪物は口を開いた。
『何よアンタ。あたしになんか用?』
驚いたことに、その怪物は女性の声で話している。性別なんて関係なさそうな見た目をしているから、なおさら驚いた。
『なぜこの人達を狙う?』
『なぜって・・・・お腹空いたからに決まってるじゃない。それに、あたし人間って大嫌いだし。』
怪物は軽口を叩くような話し方で言った。僕はそれを聞いて、怒りが爆発しそうだった。「腹が減ったから」、「人間が嫌いだから」というそんな単純な理由で人々を苦しめていることに、無償に腹正しかった。
『そんな理由で・・・・ふざけるな!!』
『うるっさいなぁ・・・・』
僕が怒りを込めてそう叫ぶと、怪物はうんざりしながらため息をついた。その時、突然怪物の触手がこっちに向かって伸びてきた。その速さは常人では目が追いつかないほどだ。僕はそれを咄嗟に触手を掴んで受け止めたが、すぐに他の触手が伸び、僕を後ろに突き飛ばした。
『食事は生命の営みじゃない。それを邪魔するって・・・・あんた頭おかしいんじゃないの?』
『だからって、それがみんなを苦しめていい理由にはならない!!』
僕は拳を握りしめ、怪物に向かって突進した。そして、拳を怪物に向かって突き出す。しかし、怪物はそれをひらりとかわし、両腕の刃で僕の背中を斬る。しかし、固い装甲のおかげで痛みも傷もなく済んだ。僕は逆に両腕を掴んで強く引っ張った。
「オオオオオオ・・・・・!!」
そのまま両腕を引きちぎってやろうと力を込めた。しかし、怪物は突然口から体液を吐き出した。吐き出された体液は凝結し、針のように尖り、僕の顔に降りかかってきた。
『し、しまった!』
僕は両手で顔面を抑えた。しかし、抑えたのが間違いだった。僕が顔を押さえた隙に怪物の触手が僕の首に巻き付き、そのまま空中に吊された。巨人に生まれ変わったとはいえ、首を絞められれば、苦しかった。
『くっ・・・・!』
『あたしが一番むかつくのは・・・・アンタみたいにいい子ちゃんぶってる奴よ!』
怪物は触手を振るい、僕を地面に叩きつけた。そして、起き上がろうとした僕を、足のかぎ爪で踏みつけた。
『だいたいね、人間に生きてる価値なんてないわけ。わかる?』
怪物は喋りながら何度も何度も僕の胸を踏みつける。体に痛みはあまりなかったが、精神的な痛みや悔しさを感じる。
悔しくなった僕は、咄嗟に怪物の足を掴んだ。
『違う!価値なんて必要ない!』
『はぁ?なにそれ?じゃあそれ証明できるわけ?』
『そ、それは・・・・』
怪物にそう問われ、僕は思わずたじろいだ。怒りと悔しさで反抗してみたが、ダメだった。結局そのまま延々と攻撃され続けてしまった・・・・
結局、僕は負けた。怪物は村の家畜や作物をほとんど食べ尽くしてしまった。
『ふぅん・・・・装甲だけは固いのね。ちょっとは褒めてあげるわ。弱いけど。』
怪物は皮肉も含めて僕を褒めたが、全く嬉しくなかった。
『褒美に名前を教えてあげるわ。あたしは、パンドラ。もうお腹も一杯になったし帰ろうかな。次邪魔したら、今度は殺すわよ。』
パンドラはそう言って翼を広げ、飛び去っていった。僕はそれを寝転びながら見ていた。僕はあまりにも無力だった。助けを求めている人がいるのに、困っている人がいるのに、僕は何もしてあげられなかった。
横を見てみると、村人達はこっちを睨みながら鍬やら竹槍やらを持って構えている。
「この役立たず!!俺達の村をどうしてくれんだ!!」
「お前が来なければ家まで失わずに済んだんだ!!」
僕は村人の言葉を聞いて周りを見た。村はほとんど壊滅状態だった。さっきの戦いで家や他の建物が巻き込まれ、壊れてしまったんだ。村人の言う通り、僕のせいだ。僕が来なければ、壊滅までには至らなかったかもしれない。僕が来たせいでこうなってしまったんだ。
「こいつをブッ殺せ!!」
村人の1人がそう言うと、周りの人はそれに合わせるかのように手に持った道具を振り上げ、僕に向かって突っこんできた。
これは僕の責任だ。罰を受けても仕方がない。僕はこの罰を受け止めることにした。
しかし、その時だった。
「待てぇい!!」
村中に野太い叫び声が響き渡り、村人達はその声を聞いて思わず立ち止まり、後ろを振り返った。そこには、白い着物のような服を着た、屈強な体に渋い顔をした男と、サラサラした美しい長い黒髪を持つ美しい女がいた。
「な、なんだあんたら!」
「我らは陰陽師なり。この地に邪気を感じ、ここに来た。」
女は扇子を広げて口元を隠しながら言った。
「陰陽師・・・・でも、今更来たって遅い!村は見ての通りだ・・・・こいつのせいで・・・・!!」
「愚か者!!」
村人の言葉に、男は大きな声を出して叱咤した。それに続いて女も口を開く。
「あの巨人は神の使い・・・・それに対して刃を向けるとはなんたる無礼か!」
「か、神の使いだって・・・・?」
陰陽師達の言葉に、村人達はとまどい、ざわめき始めた。
「あの怪物は我らに任せよ。だが、少しばかり協力してもらうぞ。我が名は草薙家当主、草薙道明なり!」
男は自身の名を名乗った。
「同じく、我は神代家当主、神代御門。」
同じく女も名を名乗った。
草薙家と神代家は、代々から陰陽師の家系である。その力で悪霊を次々と封じ込め、日本においてその名を知らない者はいないらしい。村人達も例外ではなく、当然2人の家系のことは知っている。2人の名字を聞いた途端、村人達は態度を変え、2人に協力することになった。
(すごい・・・村人達をあっという間に・・・・)
僕がそう思っていると、頭の中に声が響いた。
『ご安心ください。我らは、あなたの味方です。』
その声は、紛れもなく神代御門の声だった。僕は驚きのあまり、思わず御門に顔を向けた。すると、御門は優しく微笑んだ。




