第4話「炎の巨人」
あれから何十年経ったのか・・・・いや、ひょっとしたら何百年も経っているかもしれない。あれから、僕は海の中で眠り、彷徨い、そしてたまに海から顔を出し、地上の様子を見てきた。地上に異変はなかった。しかし、変わったといえば、時代によって建物や人の服や道具などが変わってきていた。古代から生きた僕の目線から見ると、明らかに退化しているように見えた。古代じゃ便利な機械があって、みんな苦労はないのに・・・・恐らく、古代人は自分達の文明が滅ぶ前に、悪用されないように技術を隠したんだ。
(古代人も考えたな・・・・)
そう思った次の瞬間、僕の全身に嫌な感覚が襲いかかった。
(な、なんだ!?この感覚は・・・・!?)
その感覚は、言葉に表せないくらい不快で、体中に虫が這い回るかのような感覚だった。
(まさか、地上に何かあったのか?)
僕は地上に何か異変がないか観察することにした。観察といっても、この体のままじゃ人目につきすぎる。そこで、僕は地上に漂うアースエナジーを通して地上の様子を見ることにした。
嫌な感覚がしたのは、西の方角。西の国・・・・場所はフランスだ。フランス・・・貴族達が生き、巨大な城とレンガ造りの建物が多い。
街はいたって平和だった。とても何かがありそうな雰囲気ではなかった。
(一体、あの感覚は・・・・)
その時だった。僕の耳に、小さいが声が響いて聞こえた。
「天よ・・・どうか、私にあなた様の声を・・・・」
女の子の声だった。僕はアースエナジーを辿ってその声の元に向かった。そしてその声は、近づく度に大きくなり、僕の耳にはっきりと聞こえるようになっていった。
そして見つけた。フランスの田舎、ドンレミという名の村に1人の女の子が花畑で祈りを捧げていた。
「天よ・・・どうか、声を・・・」
声のこの子だ。その女の子は、容姿自体は普通だったが、どこか惹かれるような美しさを持っていた。
僕は、テレパシーを使って彼女と話すことにした。
『君が、僕を呼んだの?』
「その声は・・・私の声に応えてくださったのですね!」
女の子は僕の返答を受け、喜んでいる。
『どうして、君は僕を呼んだの?君は一体誰なんだ?』
僕は彼女に水を差すような質問をした。すると、彼女は深刻そうな顔をして俯き、答えた。
「私は、もうすぐ戦争に行かねばならないのです。だから、その前に天の・・・・あなたの声を、助力をして欲しいのです!」
『僕の力を・・・・?僕は、人間じゃないのに?』
「それは当然です。あなたは神様なのですから。」
『いや、違うんだ・・・・僕は、人間でも、神でもない。力にはなりたいけど・・・・僕じゃ、君の力にはなれない。』
僕は、ノアに生まれ変わって力を手に入れた。だけど、彼女が求めている力と、僕の力は違う。僕は彼女をガッカリさせないように、失礼のないように丁重に断ろうとした。すると、彼女は笑った。そして、僕に言った。
「それでも、構いません。私の方も、ワガママを言ってしまい・・・・申し訳ありません。」
そう言って、彼女は見えない僕に頭を下げた。それを僕は慌てて否定した。
『い、いや、君は悪くないよ!悪いのは、君の力になれない僕のせいなんだから・・・・』
「いえ・・・私はこうして、あなたの声が聞けただけでも幸せです。」
彼女はそう言って笑顔を見せた。僕はそれを見て思わず見とれてしまった。その時、僕は気づいた。僕がこの子を美しいと感じる惹かれた部分は、恐らくこの笑顔なんじゃないかと・・・・
「それでは、いってきます。私は、必ずここに帰って来ます。そしたら・・・また、いつか声を聞かせてください。」
彼女はそう言い残し、花畑から立ち去ろうとした。
『待って!せめて、せめて名前を教えて!』
立ち去ろうとする彼女に、僕は慌てて引き留め、名前を聞いた。そして、彼女は言った。自分の名を。
「私は、ジャンヌ。ジャンヌ・ダルクです。」
ジャンヌ・ダルク・・・・後に「オルレアンの乙女」と呼ばれ、歴史に名を刻む女性だ。彼女は13歳で「天の声」を聞き、聖職者達や王太子に認められた。僕と話した後、彼女はフランス軍に加わり、オルレアンに出発し、戦争に参加した。そして、7ヵ月にわたる包囲網からオルレアンを包囲網から解放した。そして後に、ジャンヌは「パテーの戦い」でイギリス軍を突破して大勝利を収めた。
その活躍の数々から、ジャンヌはカリスマ的人気を誇った。僕もそんな彼女を見て、嬉しくなり、同時に愛おしくも感じていた。
だが、彼女の悲劇は突然起きた。彼女は悪魔と交信した魔女と決めつけられてしまい、磔にされ、火刑に処され、彼女は死んでしまった・・・・僕は彼女を魔女にした者達を憎んだ。彼女はみんなの為に戦おうとした。ただの人間・・・・それも女の子で、戦いが怖いはずなのに、頑張って・・・・なのに、火刑なんて・・・・そんなのはあんまりだ。
(どうしてだ・・・・?彼女は悪くない・・・・みんなの為に戦っただけなのに、なんでこんな扱いを受ける?仮に彼女が魔女だったとしても、魔女というだけで悪人と決めつけるのか?これが、兄さんが守ってくれと頼んだ、人間か?守る価値なんて・・・あるのか?)
僕はジャンヌを殺した人間を恨み、人間に守る価値があるのかわからなくなっていた。そして、彼女を助けられなかった僕自身をも憎たらしく思えた。
その時だ。僕の頭に声が響いた。
『彼女はお前のせいで死んだのだ・・・・』
(なんだ?この声は・・・?)
『お前と会わなければ、彼女はもっと生きれたはずなのにな・・・・お前と会い、変な自信をつけたことで、彼女は悲惨な死を迎えてしまった・・・・』
(言わせておけば・・・・!!)
『悔しいか?ならば、来い。空で待っているぞ。』
僕はその言動に腹を立て、その声の言う通り、僕は海を出て、大空へと舞い上がった。空の向こうは青い空が広がり、下には白い雲がある。そして、僕の目の前には全身が真っ赤に染まり、牛のような角と僕よりも屈強な体、さらに両肩と両脚に棘のついた車輪を装備している巨人が現れた。
「きょ、巨人・・・!?僕の他に巨人がいたのか・・・」
僕は目の前に現れた巨人を見て、思わず驚いてしまった。
「久しぶりだな・・・・エルト・ピスケル・・・・いや、今はノアだったな・・・・」
僕はさらに驚いた。僕の本来の名前を知っているということだけでなく、僕はその巨人の声に聞き覚えがあった。僕の先生の声に、ひどく似ている。僕は恐る恐る巨人に尋ねた。
「その声・・・・ま、まさか、アグニル先生・・・・なんですか?」
すると、巨人は言った。
「久しぶりだな、エルト。」
その一言で、僕は彼がアグニル先生だと分かった。僕は嬉しくなった反面、驚愕していた。
「本当に・・・・本当に先生なんですね!でも、どうしてそんな姿に・・・・」
僕がそう言うと、先生は突然両脚の車輪を手で持ち、装備した。
「あの後、俺は一度死んだ。だが、アルケー教団の技術者達が、新たに数体巨人を開発し、その内の一つに、俺をコアとして組み込んだ。今のお前と同じようにな。」
「そんな・・・・」
僕は先生の話を聞き、アルケー教団に対して激しい怒りがこみ上げてきた。あいつらは僕達家族の巨人開発を否定しておいて、自分達も巨人を開発している・・・・その矛盾に僕は腹が立っていた。
すると、先生はいきなり車輪を手に、僕に攻撃してきた。僕は咄嗟に腕を交差させ、攻撃を防いだ。
「な、何をするんですか先生!」
「俺は・・・・お前とディルスを助けたが故に死んだ・・・貴様らのせいで・・・・俺はこんな姿になってしまったんだ!!」
「そんな・・・・あの時は先生が自分から・・・・!!」
「黙れぇ!!」
先生は車輪を激しく振るい、僕を殴り飛ばした。
「やめてください!僕は先生とは戦いたくないんです!!」
「戦いたくないだと?甘っちょろいことを言うな!」
先生が怒鳴ると同時に、4つの車輪が高速回転して炎を巻き起こし、側面から炎が発射された。
「くっ・・・!!」
僕は両腕を盾にして炎を防いだ。しかし、炎の熱さは通常の炎とは比べものにならないくらいの熱だった。
「俺は炎の力を手に入れた・・・・こいつでお前もジャンヌのようにしてやろう!」
その一言を聞き、僕はあの時、ジャンヌを殺した人間達への怒りがこみ上げた。そして、僕は炎に構わず、先生に突進した。
「どうした!?悔しいか?あの女の子を助けられなかったのが、そんなに悔しいか?」
「うるさい!僕だって・・・・あの時どうすればいいかわからなかったんだ!!」
僕は拳を振るい、先生を殴り飛ばし、さらに攻撃する。
「ジャンヌを助けたかった!あの人間どもを殺したかった!でも、兄さんとの約束は守りたかったし、自分の姿を人間にさらすのも怖かった!」
僕は両手から光弾を発射した。先生はそれを左に飛んでよける。
「どうすればよかったんだ!!誰か・・・誰か、教えてくれよ・・・・!!」
僕は先生を殴り飛ばし、改めて拳を握り直した。そして、ジャンヌが死んだことを思い出し、悲しくなった・・・・だが、涙は出なかった。ノアになってから、涙を流すことができなくなってしまった。人のために涙を流すことは、不可能になったんだ。
「フッ、ディルスが言っていたな・・・・お前は誰よりも優しい男だと。優しいだけでは、壊れてしまうだろう。現に、お前はジャンヌを殺され、壊れかけている。だが、人を守るにはその優しさが必要だ。」
「・・・・ジャンヌを魔女と決めつけ、殺す人間に、守る価値があるんですか?」
僕がそう言うと、先生は俯きながら答えた。
「それは、俺にもわからん。だが、いつかお前が、あの時、世界に蔓延る化け物達を倒した時のように、人間がお前を必要とする時が、必ず来る。」
「先生・・・・あなたはどうして・・・・?」
僕は先生がどうして僕の前に現れたのか問い詰めた。すると、先生は深刻そうな声で話し始めた。
「俺の意識は・・・・この巨人の体に支配されつつある。俺は戦うだけの兵器になる。自害しようとしたが、ダメだった。搭載された防衛装置が、俺の体を止めてしまった・・・・・だからこそ、お前の手で俺を、終わらせて欲しい。」
「そんな・・・・」
「そのために俺はお前の前に現れたんだ。」
先生はそう言って体を大の字にし始めた。僕は先生の話を聞いて手が震えていた。
「さあ、俺を殺せ。」
先生は僕に殺すようにせがんできたが、そんなことできはずもなかった。アグニル先生は僕にとって恩師だ。機械に関する技術や大事なことを先生から学んだ。先生がいなかったら、僕はノアを作ることはできなかった。そんな先生を、殺せるわけがない。
すると、先生は突然車輪を手に取り、僕の攻撃し始めた。僕は咄嗟によけることができず、攻撃を受けてしまった。
「せ、先生!?」
「くっ・・・!早くしろ!俺の体は、この巨人に支配されつつある・・・・早くしないと、俺はお前を殺してしまう・・・!」
先生の意識が支配されつつあるのは、確かなようだ。その証拠に、攻撃の手を堪えているのか、体が痙攣でも起こしているかのように震えている。
僕は迷った。先生を、人間として殺すべきなのか、それともこのまま生かすべきなのか・・・・だけど、先生が臨んでいるのは、人間として死ぬことだ。
どちらを選ぶべきなのか・・・・僕は決断した。
「うわああああああああ!!」
僕は先生の両腕を掴んだ。そして、両目にアースエナジーを蓄積し、先生の胸目掛けて、両目から光線を放ち胸を貫いた。
「それで・・・いい・・・・」
僕は先生の腕を離した。離した途端、先生の両腕はダランと垂れ、目に光が無くなっていく。
「いい・・・か・・・・お前を・・・・必要・・・とする・・・人間達が・・・・必ず・・・いる・・・それ・・・を、忘れ・・・るな・・・さら・・・ば・・・・だ・・・・・」
先生の目の輝きが完全に消え、力が無くなり、体がそのまま真っ逆さまに落ちそうになった。僕はそれを受け止めた。そして、ひしと抱きしめた。
「先生・・・・先生・・・!!うおおおおおおおおおおおお!!!」
僕は空に向かって力の限り叫んだ。先生とジャンヌの魂を乗せて・・・・
先生とジャンヌは、自分の生き方に後悔はなかったのか・・・・満足だったのか・・・・それは誰にもわからない。僕にもわからない。でも、いつかわかる日が来る。そう信じて、僕は生きる。




