第5話「一心同体」
俺は美香の家の前に立ち、ドアノブに手を触れた。回してみると、スッとドアノブが回り、ドアが開いた。俺はその時、一週間前、俺の家のドアの鍵が開けられていたことを思い出し、全身に悪寒が走った。
俺は冷や汗を掻きながら家の中に入った。
家の中は、不思議なことに薄暗かった。まだ朝だというのに、カーテンを閉めているようだ。
すると、俺の足は何かを踏んだ。それは柔らかく、弾力があった。
「?」
不思議に思った俺は、スマホのライトを使ってそれを見た。
「!?」
そして、それを見た瞬間、俺は驚きと恐怖のあまり尻餅をついた。
「こ。これ・・・・お、おばさんの・・・・」
そこに落ちていたのはおばさん・・・・つまり、美香の母親だった。そのおばさんの手が落ちていたんだ。
俺は人目見ただけでおばさんだとわかった。おばさんはいつも薬指に指輪をつけていた。夫であるおじさんとの結婚指輪だった。俺はおばさんがいつもそれを付けていたから、この落ちている手がおばさんだとわかった。
「どうして・・・・どうしておばさんの手が・・・・」
手は手首からちぎれたかのように落ちている。手首から赤い血が滴っている・・・・血が流れているということは、死んでからそう時間は経っていない・・・・俺はそう思った。
その時、
「慎也君?そこにいるの?」
美香の声が聞こえた。声が聞こえたのは、廊下の向こう側にあるリビングから聞こえた。俺はリビングの前のドアに手を掛け、勢いよくドアを開けた。
そして、そこで俺は目撃した。美香とパンドラを。だが、パンドラの姿は激変していた。
パンドラの背中には禍々しい翼が生え、左腕は化け物のように太い腕に変わり、手は鋭い剣のようになっていた。
「美香・・・・パンドラ・・・・」
さらに、部屋の周りをよく見てみると、部屋一面に赤い血が飛び散っている。そして、床には足に腕、さらには臓器まで落ちている。恐らく、おじさんとおばさんのだ。
「パンドラ・・・・おじさんとおばさんに何をした!?」
俺がそう問いただすと、パンドラはニヤリと不気味な笑顔を浮かべながら答えた。
「食べちゃったよ。お腹空いたから。」
パンドラは俺の質問に即答した。しかも、何も感じていないのか、あっけらかんと答えていた。
『パンドラ・・・・てっきり玉の中で餓死してるかと思ったけど・・・・生きてたなんて・・・』
「久しぶりね、ノア。あなたは相変わらずみたいね。まだバカな人間守ってるんだ。」
ノアとパンドラが話している最中、パンドラの声色が変わった。最初に会った時はまるで子どものような声だったが、今は声色が低くなり、見た目が変わっていないながら、まるで大人のようだ。
『君の相手は僕だ!他の人を巻き込むな!それに、2人は・・・・』
「関係ないとでも言うつもり?悪いけど、こっちには関係あるのよ。こいつらの家系のせいで、私は封印された・・・・その復讐をしないとね!」
パンドラは、自分を封印した草薙家と神代家のことを覚えているようだ。そして、俺と美香に復讐をしようとしている・・・・俺は少し考えてその答えに至った。だが、パンドラの考えは違った。
「殺してやりたいところだけど、簡単に殺すんじゃつまらないわ。まず、絶望を味わってから死んでもらわないとね。」
パンドラがそう言った直後、美香はパンドラの元にゆっくりと歩いていった。
「美香!ダメだ!!こっちに来い!!」
俺は大声を出して美香を呼び寄せようとした。すると、美香の足元に水滴がこぼれ落ちた。それは、涙だった。
「美香・・・・?」
「慎也君・・・・ごめん、あたし、慎也君と一緒にいられない・・・・」
美香の一言に、俺は混乱した。すると、美香は俺に振り向き、真正面に向き合った。
そして、美香は今の自分の姿を見せた。
「あっ・・・」
俺はその姿を見て呆然と立ち尽くした。
美香の姿はパンドラと同じく激変していた。美香のキレイな顔の左半身はまるで火傷したかのように醜くなっていた。目玉はギョロリと飛び出し、左腕も顔と同じく醜くなっており、爪は物が切れそうなほど細長く、鋭くなっていた。
「あたし、もう人間じゃなくなっちゃう・・・・慎也君ともう一緒にはいられない・・・・」
美香の姿と一言を聞いた俺は、思わずその場に膝をついた。そして、頭の中に2つの文字が浮かび上がった・・・・『絶望』・・・・頭の中に浮かんだのはそれだった。
「フフッ、どう?生まれ変わった彼女の姿・・・・私の闇の力を分け与えてあげたの。」
パンドラは笑い、楽しそうに説明をした。だが、今の俺にそんなことは耳に入らなかった。ただ、今のこの状況を、夢だと思い込んでいた。
(これは夢だ・・・ただの夢だ・・・・夢なら覚めてくれよ・・・・早く・・・・!!)
俺はずっと頭の中で、「これは夢だ」と自分に言い聞かせようとした。しかし、今まさに起きていることは、夢じゃない。紛うことなく現実だった。
その時、ノアはパンドラに向かって叫んだ。
『パンドラァッ!!お前は・・・・どうしてこんなひどいことができる!!?お前だけは絶対に許さない!!』
ノアは激怒していた。ノアの人間を守っている。その人間を汚され、傷つけられたとあっては、黙っていられなかったのだろう。
激怒するノアに対し、パンドラは笑って答えた。
「フフッ、今のあなたは戦える状態じゃないでしょ?パートナーのその子がそんな状態じゃ・・・・ね。」
『くっ・・・・』
「それじゃ、久しぶりの外だし、ご飯をたっぷり食べないと。美香、行くわよ。」
パンドラの一言に、美香は吸い込まれるように歩み寄った。しかし、美香はその手前で立ち止まり、俺に向かって言った。
「慎也君・・・・バイバイ・・・・」
美香は分かれの挨拶を告げ、パンドラに触れ、パンドラの中に入って同化していった。だが、美香が中に入る間際、俺は美香が何かを口ずさんでいたことを見過ごさなかった。
「美香・・・・」
「じゃあね。」
その時、パンドラの姿がさらに変わった。体は巨大化し、顔は鳥のように尖り、口から牙を生やし、足は鳥のかぎ爪のように変わり、両腕は鋭い剣のように変わり、羽のつけ根から多数の触手が生えた。
これが、パンドラの真の姿・・・・大昔のノアと戦った時も、この姿だったのだろう。
巨大化したパンドラは家の屋根を突き破り、大空へと飛び立った。
だが、その時俺は別のことを考えていた。美香が去る前に口ずさんでいたことだった。聞こえはしなかったが、口の動きから、言わんとしようとしていることはわかった。
「た・・・す・・・け・・・て・・・・」
美香はあの時、「助けて」と言っていたんだ。その時。俺は確信した。美香はまだ死にたがっていない。まだ生きたいと思ってる。「バイバイ」って言ったのは、あいつの強がりだったんだ。
「何が・・・・バイバイだよ・・・・強がり言ってんじゃねーよ!!」
俺は空に向かって大声で叫んだ。そして、ポケットからあのスティックを取り出した。
「・・・ノア、これがあれば、俺も戦えるんだな?あいつも・・・・助けられるんだな?」
俺の質問に、ノアは声を荒げた。
『ダメだ!約束しただろ!?君が戦う必要は・・・・』
「頼む!」
ノアの静止に俺は間に入ってそれを遮った。
「答えてくれ。これがあれば、あいつを助けられるんだろ?」
『・・・・・ああ。』
「よっしゃ・・・・なら、一緒に戦うぞ!!」
『うん!!それを鞘から抜いて、天に掲げて!!』
俺はノアの言う通り、スティックの鞘を抜き、その切っ先を天に掲げた。
『そして、呼んで!僕の名を!!』
「ノアーーーーーーーーーーー!!!」
俺はスティックを天に掲げ、ノアの名を叫んだ。すると、俺の体は眩いばかりの光に包まれた。その光はみるみる内に巨大化し、その中から巨人、ノアが現れた。
『オオオオオオオオオオオオオッ!!』
ノアは仁王立ちし、拳に力を溜めて叫び声を上げた。
ふと足元を見てみると、猛さんとジャックさんの姿があった。恐らく、パンドラの姿を見て、ここに来たんだろう。
「ノア・・・・」
猛さんはノアの姿を見て小さく呟いた。
それに対し、ノアは親指を上に立てサインを送った。
「さあ、行こうぜ!ノア!!」
「うん!!今から僕たちは・・・・一心同体だ!!」
俺とノアを心と同化させた。今の俺はノアであり、ノアは俺になった。今の俺達に・・・・敵はない。
ノアは体の内部からブースターを射出し、空へと舞い上がり、パンドラを追いかけた。
「美香・・・・必ず、助けるからな。」
「美香を助ける」・・・・その思いを胸に、俺とノアは大空へと飛び立った。




