最終話「守護神」
人間が本当に絶望した時,人は泣いたり,叫んだりするんじゃない。本当に絶望した時,ただただ・・・・呆然と立ち尽くし,声すら出ない・・・・誰かが言った言葉だが,この言葉は,今の俺の状況はまさしくこれだ。その理由は目の前にある。地球の守護神,ノアが負けた姿があったからだ。
俺はそれをただ呆然と眺めていた。まるで人形みたいに・・・・すると,目の前にいたベルゼルトが触手をノアの胸に伸ばした。攻撃された恨みか,それとも確実に殺しておきたいのか・・・・触手はゆっくりとノアの胸の中心を狙う。
その時,俺はハッと正気に戻った。俺は目の前を見て,博士から渡されたレールガンに「スーパーアコイド」をビンのまま装填し,ベルゼルトに向かって放った。このとき,ベルゼルトは横を向いていた。当然,俺のことは見えていない・・・・というより,俺の存在自体気づいていないだろう。今なら確実に当たるが,その時の俺は気が動転していた。本来であれば,ベルゼルトの口の中にビンを放り込めばビンは体内で消化され,ベルゼルトは体内の中で酸を浴びることになる。
しかし,気が動転してしまっていた俺は,ベルゼルトが横に向いた状態で撃ってしまった。これでは当たったとしても横顔ぐらいなものだ。
「しまった・・・・」
自分の失態に俺は思わず呟いた。このときばかりは本当に終わりだと思った。
だが,次の瞬間,奇跡が起きた。
俺の攻撃に気づいたベルゼルトが,触手を使ってビンを切り裂いた。ビンに入っていた「スーパーアコイド」はそのままベルゼルトの横顔を焼いていく。
『ギイィィィィィィィ!!!』
ベルゼルトは怒りのあまり叫び声を上げた。ベルゼルトは強力な酸を受けたことで,横顔が醜く焼けただれていた。そして,ベルゼルトは俺を睨みつけた。消えない怒りに打ち震え,俺を殺そうと身構える。触手に突き刺さっていたノアも投げ飛ばし,俺に触手を差し向けた。
「ざまーみろ・・・・!!」
俺はそう言ってその場から逃げ,急いで階段を下り,外に出た。そしてまた逃げる。
当然,ベルゼルトは追いかけてくる。俺は全速力で逃げる。足が疲れようがお構いなし。時折伸びてくる針や触手をなんとかかわしながら逃げる。傍から見ればかっこ悪い姿だが,今の俺にそんなことを考えている時間はない。今はただ,生き残ることだけを考えていた。
『ギイィィィィィィィ!!』
ベルゼルトは怒りに満ちた叫び声で,しつこく俺を追い回す。俺はベルゼルトを撒こうと,細い路地に入った。だが,不運なことに,目の前に壁が立ちふさがった・・・・つまり,行き止まりにぶち当たってしまった。
「そんな・・・・」
俺はその場に立ち尽くし,二度目の絶望を味わった。「今度こそ終わり・・・・」という思考が頭によぎる。
「俺の人生・・・・こんなもんだったのか・・・・ああ,そうだろうな・・・・こんなもんだ,うん。」
俺はあまりの絶望で,独り言を口にしていた。
俺はヒーローになりたかった。だが,それは現実という壁によって遮られた。それから俺はヒーローを目指すことを止めた。だが,心の奥底では,諦めてはいなかった。「いつかはヒーローになれる・・・」,そう信じていた。だが,それもこれで終わりだ。
この状況でできる行動は2つ。1つは,「自害」するか,もう1つは,「怪獣に殺される」か・・・・そんな中,俺が選んだのは・・・・
「どうせ・・・・俺は死ぬんだ・・・だったら,最後くらい・・・・!!」
俺はライフルを持ち,背後のベルゼルトに銃口を向けた。
俺はヒーローにはなれない。だったら,最後くらいヒーローみたいに戦って死ぬ・・・・それが俺が出した答えだった。
「うおおおおおおおおお!!」
俺は雄叫びを上げながらベルゼルトに特攻した。それと同時に,触手が俺に伸びてくる。その時,俺は死を直感した。だけど,不思議と恐怖はなかった。もしかしたら俺は,あの光景を見た時から諦めていたのかもしれない。
触手が俺を突き刺そうと勢いよく伸ばす。その時だった。巨大な拳が俺の目の前に現れ,ベルゼルトの焼けただれた横顔を殴り飛ばした。
「!!」
それを見た俺は思わず足を止めた。そして,俺の目の前に巨大な人影が通り過ぎる。俺は後を追ってその正体を確かめた。俺の目の前に現れたのは,巨人の背中だった。そして,その正体は・・・・
「ノア・・・・!!」
『オオオオオオオオオオオオオッ!!』
ノアはベルゼルトに向かって叫び声を上げた。その姿は勇敢だったが,今のノアは傷だらけで満身創痍だった。こんな状態で戦うのはあまりに無謀と言えた。
ノアもそのことは承知の上なのか,フラフラと安定しない歩き方で,ベルゼルトに向かって行こうとする。
だが,それを嘲笑うかのように,ベルゼルトの触手がノアの両肩を貫いた。ノアは攻撃を受けたことでよろめいた・・・・と思いきや,ノアは突然,自分に突き刺さった触手を掴んだ。
『ギイィッ!?』
ベルゼルトは慌てて触手を引き抜こうとしたが,触手はノアがガッチリ掴んでいたため,無駄だった。
その時,空から光が差してきた。
「な,なんだ!?」
上を見上げて見ると,遠くの空から波状のエネルギーが流れ,ノアの元に集まっていた。
「まさか,これが猛の言ってた『アースエナジー』なのか!?」
俺は猛から地上のエネルギー「アースエナジー」のことを聞いていた。「アースエネジー」はノアのエネルギーで,東京でガルタークを倒した時も,このエネルギーを使ったらしい。だが,今流れている「アースエナジー」の量は半端じゃない。まるで,全世界の「アースエナジー」がノアに集中しているようだった。
『ウオオオオオオオオオッ!!』
ノアは雄叫びを上げた。それと同時に,ノアの胸の装甲が開き,中から三門のキャノン砲が飛び出した。
そのキャノン砲から,先ほど溜めた「アースエナジー」を巨大な光線に変え,一気に放射した。
ベルゼルトはよけようとしたが,触手を掴まれていたため,ベルゼルトはよけることすら敵わず,光線に飲み込まれた。
『オオオオオオオオオ・・・・・・!!!』
ノアは叫び声を上げながら光線を発射している。その叫び声は,まるで苦しんでいるようにも聞こえた。
やがて,ベルゼルトの姿は光線の中で消し炭に変わり,ノアの射線上にあった障害物は跡形もなくなくっていた。
「やった・・・・のか?勝ったのか?」
俺はノアの渾身の攻撃を見て,呆然としていた。だが,徐々に喜びが沸き上がり,笑顔がこぼれた。
ベルゼルトを倒したノアは,後ろを振り向き,俺をじっと見下ろした。
すると,ノアの手から粒子のようなものが放たれた。その粒子は形を成し,俺の目の前に現れた。そこに現れたのは,ペンダントだった。しかもそれは,猛の持っていたものと同じだった。
「これ・・・・くれるのか・・・・?」
ノアの顔を見上げると,ノアはコクリと頷いた。そして,ノアは微笑んだかのような顔を見せると,そのまま地面に倒れてしまった・・・・
俺は,猛がこのペンダントをもらった理由が,ノアに認められたからではないかと考えていた。そう考えると,ノアは俺を認めたと考えられた。
「ノア・・・・認めてくれたのか?こんな俺を・・・・」
俺は認められたという実感がなかった。だが俺は,命がけで戦い,俺を助けてくれたノアに,敬礼を送った。それが,今の俺にできるお礼だった。
その後,夜が明け,アメリカの科学者達はノアの調査,マスコミはノアの写真を撮り続けた。そして俺は,そのまま避難所にいた。避難所の中を歩き回り,最愛の人,アニーを探しいた。
そして,ようやく見つけた。アニーも俺に気づき,俺に走り寄ってきた。
「ジャック・・・・」
「やあ・・・・」
「『やあ』じゃないわよ・・・・心配させて・・・・」
アニーは悲しむ顔を見せた。それを見た俺は,ポケットから小さい箱を取り出した。そして箱を開け,中の物をアニーに見せた。その中に入ってたのは,結婚指輪だった。それと共に,俺はアニーに告白をした。
「アニー,今まで言えなかったけど・・・・俺と,結婚してくれ。俺,情けない奴だけど,絶対にお前を幸せにしてみせるから・・・・」
すると,アニーは突然泣き出し,俺を抱きしめた。
「バカ・・・・なんでこんな時に言うのよ・・・・ずっと・・・・待ってたんだから・・・・」
アニーは泣きながら呟いた。
俺はそれに答えるようにアニーを抱きしめた。
「ごめん・・・・でも,今しかないと思って・・・・」
この戦いの後,俺とアニーは結婚式を挙げた。その式には,猛と恋人の美咲が来てくれた。さらに,俺は怪獣退治の功績が讃えられ,伍長に昇進した。それと同時に,戦いで死んだ仲間達は二階級特進した。
その2年後,今度はジョージ博士が死去した。死因は老衰・・・・まるで怪獣が死んだことに安心するかのように死んでいったという。上官達は博士を英雄と称し,基地の隊員全員で葬式を上げた。
そんなこと,今現在の俺には想像もつかないことだった。今はただ,怪獣を倒したことへの喜び,生き残れたことへの喜びを味わうばかりだった。
その時,テレビから聞き覚えのある叫び声が聞こえた。
『オオオオオオオオオオオオオッ!!』
それはノアの声だった。ノアは雄叫びを上げると,海に向かってゆっくりと歩き始めた。その姿を見て,泣く者もいれば,賞賛を送る者もいた。今のノアは,まるでヒーローだった。
そして,ノアは海の向こうへと消えていった・・・・
この世にはヒーローはいない。もしかしたら,神様もいないかもしれない。だが,ヒーローや神様がいないとしても,これだけは言える。地球には,守護神・・・・ノアがいる。
第2部 完




