第5話「ノアの敗北」
『ウオオオオオオオオオッ!!』
ノアは雄叫びを上げながら拳でベルゼルトに殴りかかる。
ベルゼルトは後ろへ大きく下がり,攻撃をかわし,尾から無数の針を飛ばした。ノアは両腕を盾にして防いだ。ノアの装甲の前に,針などは通じない。
すると,ベルゼルトは全速力でノアに突進をしかけた。ノアは体当たりを受け止めようと身構えた。しかし,ベルゼルトはノアとすれ違うように横を通り抜けた。それと同時に,風のような凄まじい衝撃波がノアを吹き飛ばした。ノアは衝撃波を受け,その場に倒れた。さらに,その衝撃波で建物の窓は割れ,車は吹き飛び,電柱はユラユラと揺れ,今にも吹き飛びそうになる。
恐らく,ベルゼルトは全速力で飛ぶことでソニックブームを巻き起こし,ノアを吹き飛ばしたのだ。ベルゼルトの飛行スピードは戦闘機を遙かに超える。そのため,ノアを吹き飛ばすほどのソニックブームが生まれたと言える。
倒れたノアを見て,ベルゼルトはすかさず鎌のような足で斬りかかった。それに対し,ノアは負けじと両手で鎌を掴んだ。両者とも,負けんばかりの勢いで力を込める。ここで素早く蹴りをベルゼルトに食らわせれば,容易にベルゼルトの攻撃をふりほどけただろうが,ノアは巨体で細身ではないため,そんな芸当はできない。しかし,突然ノアの体が真っ赤に染まり始めた。
『ウオオオオオ・・・・・フンッ!!』
そのかけ声とともに,ノアの体の色が元に戻った。それと同時に,ノアの体の節々から白い煙が吹き出した。
ノアは自身の体感温度を上げることで,体外に白い煙として熱を放出したのだ。わかりやすく言うなら,蒸気と同じ原理だ。
『!?』
ベルゼルトは突然の事態に混乱し,思わず力を緩めた。ベルゼルトは口からガスを発したが,それは敵から逃げるために使われた。しかし,ノアは違った。
ベルゼルトは辺りを見回し,ノアを探索する。その時,煙の中でノアの目が輝いた。それを発見したベルゼルトはすぐさま攻撃するも,それよりも早く,ノアの拳が飛んできた。
拳を食らったベルゼルトはビルに叩きつけられた。
現段階ではノアが優勢だった。しかし,ベルゼルトも負けていない。ノアは追撃しようと拳を振るう。しかし,それよりも早くベルゼルトは空中に跳び上がり,鎌でノアの背中を切りつけた。
勝利の女神はまだどちらにも軍配を上げていない・・・・まだ始まったばかりだ。
そのころ,俺は住民の避難誘導を終え,軍用テントの中で戦闘の準備をしていた。ライフルや拳銃,手榴弾に予備の弾丸,さらには防護用のヘルメットやプロテクターを装着する。
一通りの準備が整ったところで,ジョージ博士と猛,大崎教授がテントに訪れた。
「博士!教授!猛も・・・・どうしてここに・・・・」
俺がそう言うと,博士はポケットから小瓶を取り出した。中には透明な液体が入っている。
「なんですかこれ?」
「奴を倒すための兵器だ。これは強力な酸だ。水素やアンチモンといったありとあらゆる酸の物質を掛け合わせて作った。これを一滴垂らせば・・・・・」
博士はポケットから折りたたみナイフを取り出し,地面に置き,そのナイフに酸を一滴垂らした。
すると,ナイフは瞬く間に溶けて無くなってしまった。
「すごい・・・・」
俺は驚きのあまり呟いた。
「名付けて,『ハイパーアコイド』!!これさえあればどんな怪獣も無事では済まん。」
名前はともかく,酸の効果は確かに強力だ。博士の言う通り,これさえあればベルゼルトといえど,ただではすまない・・・・・だが,1つ問題がある。
「確かにスゴイですけど・・・・どうやってあいつに食らわせるんですか?」
最大の問題はこれだ。いかに強力な酸といっても,当たらなければ意味はない。かと言って,投げたとしても当たるかはわからない。至近距離で浴びせたとしても,こちらもやられてしまう。
すると,博士はニヤリと笑い,それと同時に猛が持っていた巨大で横長のガンケースを地面に降ろした。降ろしたところで,博士がケースを開けた。
すると,中から出てきたのは,160cmはありそうな巨大な銃だった。しかも,普通の銃とは違い,銃身はレールの様になっている。
「手持ち型のレールガンだ。部下達とひそかに開発していたんだ。これに液体をビンごとセットして発射すれば,奴に近づくことなく酸を浴びせることができるだろう。」
博士が銃の説明をする中,俺はレールガンを試しに持ってみた。見た目がデカいせいか,これ自体もかなり重みがある。少なくとも,バズーカよりはデカいし重い。
すると,博士が俺の肩を叩いた。
「本音を言えば・・・・私自身が決着をつけたかったが・・・・歳は取りたくないものだ。」
博士は仲間の仇を討つため,ベルゼルトの研究をしていた。願わくば,博士自身の手でベルゼルトを倒したかっただろう。しかし,元軍人とはいえ,博士はもう歳だ。戦場に出すのは危険だ。博士自身もそれはわかっている。
すると,今度は猛が俺の前に来た。
「ジャックさん・・・・必ず帰って来てください。あの女の人も,俺達も待ってますから。」
俺はそれに答えるように,笑った。
「ああ,分かってるさ。あいつをブッ倒して,美味い飯でも食いに行こうぜ。」
俺は死ぬワケにはいかない。俺にはまだやってないことがたくさんある。何より,アニーが告白できていない・・・・アニーのためにも,俺は絶対に死なない。
そう心に決めて,俺はテントを後にし,軍用ジープに乗り込み,戦いの場へと急いだ。
移動の最中,ノアとベルゼルトの姿を確認できた。
両者とも長い戦闘で体に傷がついている。ベルゼルトの羽は所々に穴が開き,足の何本かはちぎれている。ノアには目立った外傷はないが,体のあちこちに切り傷がある。
ベルゼルトは胸を張るように足を広げ,腹を強調し始めた。すると,ベルゼルトの腹から黒い塊が発射された。ノアは両腕を盾にして防いだ。
しかし,塊は砕けることはなく,そのまま腕に張り付いた。さらに,塊は小さく分かれ,ノアの体にまとわりついてきた。
双眼鏡でよく見てみると,ノアの体にまとわりついているのは,虫だった。遠くからだと小さいが,恐らく,人と同じくらいの大きさだ。あの虫は恐らく,ベルゼルトの幼虫だ。もしあれが街を襲うと考えると・・・・街は地獄と化すだろう。
ノアは体についた幼虫を払おうと腕や足を激しく振るうも,一向に幼虫が剥がれる気配はなかった。
ベルゼルトはそれを嘲笑うかのようにノアの周囲をぐるぐると回るように飛び回った。
「あの野郎・・・・舐めやがって!」
俺は小さくそう呟いた。すると,ノアの体が真っ赤に染まり始めた。また体から煙を吹き出させて幼虫を追い払おうとする・・・・かと思いきや,今度は煙は吹き出さなかった。すると,まとわりついていた虫は次々と地面に落ちていった。ノアは自身の熱で幼虫を剥がそうとしたんだ。結果,幼虫は熱に耐えられなくなり,地面に落ちた・・・・ということだ。
しかし,幼虫が剥がれたと同時に,ベルゼルトの口から先が鋭利な触手を出し,ノアの両肩を貫いた。
さらに間髪入れずに両腕,両脚にも触手を突き刺した。
『ウオオオオオオオ・・・・!!』
ノアは痛みからか,うめき声にも近い叫びを上げた。
そして,ベルゼルトはとどめを刺そうと,ノアの腹に触手を差し向ける。
「撃てぇ!!」
その時,たどり着いた俺達陸軍がベルゼルトに攻撃を始めた。戦車と歩兵がベルゼルトに弾丸や砲弾を浴びせる。しかし,ベルゼルトには攻撃が通じなかった。
すると,地面に落ちた幼虫達は邪魔はさせんとばかりに陸軍に襲いかかった。
「な,なんだ!?う,うわああああああああ!!」
兵達の叫び声がこだまする中,俺は「ハイパーアコイド」を浴びせるため,高い所・・・・ビルの裏にある階段を上り始めた。これ以上被害を増やさないためにも,ここでベルゼルトを仕留めなければならない。俺は最上階に急いだ。
そして,最上階にたどり着いた俺を待っていたのは,絶望という名の光景だった。
俺の目の前に現れたのは,両肩,両腕,両脚,そして腹部に触手を突き刺されたノアの姿だった。ノアの体は痙攣し,少し動いていたが,やがてピクリとも動かなくなっていった・・・・そして,ノアの瞳に,輝きが失われていった・・・・
俺はその光景をただ見ているしかなかった。ノアの・・・・地球の守護神が,負ける瞬間を・・・・




