第3話「自分のヒーロー」
『ウオオオオオオオオオッ!!』
ノアは雄叫びを上げながら怪獣に殴りかかる。しかし,怪獣はひらりとかわし,蜂のような尾をノアに向けた。その尾には蜂のごとく針があり,それをノアに突き刺すかと思ったが,怪獣は針をマシンガンの様に発射した。
ノアは両腕を盾にして防いだ。戦闘機や戦車なら一撃で大破しているだろうが,ノアの固い装甲の前に,針は通じなかった。怪獣は針が効かないと分かると,今度は自身の羽を激しく振るわせ,顎を大きく開いた。すると,怪獣から奇怪な音が発せられた。その音を例えるなら,人間が感じるありとあらゆる不快音が全て組み合わさったような音だった。
俺は思わず耳を塞いだ。しかし,その音は耳を塞いでも耳に届いた。俺の他に,教授と猛もこの不快音に苦しんでいる。ヘリのパイロットも音に耐えながら操縦を続けている。それはノアも例外ではなかった。
『ウオオオオオ・・・・・!!』
ノアもこの音には耐えられないのか,うめき声を上げたいた。
しかし,ノアもただ苦しんでいるだけじゃ終わらない。
ノアは,足元に落ちていた瓦礫を掴み,怪獣に投げつけた。怪獣は咄嗟に上空に浮上し,瓦礫をよけた。ノアはその隙を見逃さず,怪獣の首を掴み,地面に叩きつけた。
『キュイィィィ・・・・!!』
怪獣は首を絞められ,うめき声を上げた。ノアはそのまま絞め殺そうと,両手を怪獣の首に掛けようと手を伸ばす。
しかし,突然怪獣の口から緑色のガスのようなものを吹き出した。
それを見た教授は咄嗟にハンカチで口と鼻を塞いだ。
「鼻と口を塞げ!毒ガスかもしれない!!」
俺と猛,それとパイロットは教授の言葉に従い,口と鼻を塞いだ。
一方,ノアはガスの中に飲み込まれた。ガスの中からノアの手が現れ,不規則に動いている。恐らく,ガスを振り払おうとしているのだろう。
すると,ノアが腕を振ることで風圧を起こしているのか,ガスがたちまち晴れてきた。
しかし,ガスが晴れた時には辺りに怪獣の姿はなかった。
その光景を見た俺は思わず呟いた。
「逃げられたのか・・・・」
怪獣は恐らく,今のままではノアに勝てないと悟り,逃げたのだろう。盤石の体勢を整え,もう一度ノアに挑んでくるだろう。
ノアは敵を倒しきれなかったのが悔しいのか,拳を握っていた。そして,体に内蔵されたブースターを展開させ,空へと舞い上がり,その場から立ち去って行った。
俺達も基地へと戻った。
基地を戻った俺達を,マーカス少尉が出迎えた。
「教授,お怪我は?」
「大丈夫です。それより,ここの科学者に会わせてもらえませんか?鉱山で見つけたものを調べたいので・・・・」
「わかりました,許可しましょう。アダン上等兵。」
俺は名前を呼ばれ,直立し,命令を聞く体勢に入った。
「二人を研究所に案内したまえ。」
「了解。」
俺は少尉に敬礼し,教授と猛を基地内の研究所へと案内した。
本当を言えば,俺はあまり研究所の連中に会いたくはなかった。
なぜなら・・・・・
「ここが研究所です。」
俺は研究所のドアを開けた。
そこで俺達を出迎えたのは,目の下に隈を作り,ひたすらパソコンや筆記で作業をしている男達だった。
しかも,男達は何かブツブツと呟いていた。
「この数式だとDNA構造は・・・・」
「この毒薬に対抗するにはあの生分があれば・・・・」
俺が研究所の連中に会いたくない理由はこれだ。ここの連中は人の顔見て話さないし,やたらとブツブツ呟いてるし,一緒にいていたたまれなくなる。しかし,何より会いたくないのが・・・・
「おお,アダン君ではないか!!」
研究所の奥から白い髭を蓄えたいかにも科学者のような老人が現れた。
この老人はこの研究所の責任者であるジョージ博士。
「いい所に来た!今から新しい薬の実験を始めるんだが付き合ってくれないか?」
「いや,あの・・・・」
俺は本題を話そうとしたが,博士はそれを無視して話を進めた。
「大丈夫大丈夫!今度の薬は前みたいに体全体が痺れたりせんよ!ひどくて全身に痛みが走るくらいだから。」
俺が一番会いたくないのがこの人だ。この人は自分が開発したものを強制的に人体実験することが多い。俺も例外じゃない。俺の場合は今までで5回ぐらい被害にあっている。人によっては10回以上を実験された者もいるという。この人がクビにならないのは,圧倒的な知能にある。この人はこの軍の中で一番知能が高い人間だ。上官はこの人の知能を利用できると思ってここに置いているんだろう。
俺にとっては迷惑な話だが。
それはともかく,このままでは強制的に実験を受けることになる。
俺は無理矢理本題に入った。
「博士!俺達,コロイド州の鉱山で怪獣の粘液を見つけたんです。」
俺の言葉を聞いた博士はぴたりと動きを止め,ゆっくりと口を開いた。
「怪獣・・・・?本当かね!?それならそうと早く言えばいいのに・・・・さ!早く奥に!!」
博士は興奮しながら,俺達を研究所の奥に案内した。
研究所の奥は博士の部屋になっており,テレビにベッド,冷蔵庫や暖房まで揃っている。
博士は俺達をベッドの横にあるソファに座らせ,コーヒーを出してくれた。
博士はそこで自身の思い出を語った。
「いや~,私は怪獣が大好きでね。白黒映画の「ガジラ」を見てからハマってしまってな・・・・それから怪獣映画が出る度にかかさず・・・・」
教授は博士の話を無理矢理終わらせようと,鉱山から出てきた怪獣の皮から採取した粘液を取り出した。
それが出た途端,博士はそれに飛びついた。
「おお!これが怪獣の粘液か!東京で怪獣が現れたと聞いた時は,いつか自分も怪獣を調べたいと思ったが・・・・こんなに早く叶うとは!」
教授は喜ぶ博士をよそに,本題に入った。
「ジョージ博士,ここでこの粘液を調べたいのですが・・・・」
「もちろんOKだとも!幸い,ここには最新の機器が揃っている!研究員達にも声をかけておくよ!」
「俺も手伝います!」
猛は自分も手伝おうと,名乗り出た。
しかし,教授から帰ってきた答えは・・・・
「いや,今回は私達だけで大丈夫だ。研究員の皆さんも手伝ってくれるし・・・・それより,真銅君は初めてのアメリカだろ?せっかくだから観光してくるといい。」
「いいんですか?」
「ああ。美咲にお土産を買ってくるといい。」
美咲という名前が出た途端,猛は照れくさそうに笑った。
俺はこのとき,確信した。美咲という女性は,恐らく猛にとって大切な人だ。そう思った俺の脳裏に,アニーの顔が思い浮かんだ。いつかアニーに俺の気持ちを伝えないといけない。しかし,今は怪獣のことで忙しくなる。告白はまた遠のきそうだ。
「あの・・・ジャックさん。」
俺は猛の声で我に返った。
猛は申し訳なさそうに俺に頼み事をした。
「あの,迷惑じゃなかったら,街を案内してくれませんか?俺,初めてだから・・・・」
「ああ,いいぜ。」
俺は気軽に引き受けた。
俺と猛は私服に着替え,早速街に出た。
俺は猛に自分の行きつけのレストランやショップを教えた。しかし,いつも来ていた俺には,今日は違和感を感じていた。それは,客が少ないということだ。俺の行きつけの店はそこまで人気があるわけではなく,わかりやすく言えばどこにでもある普通の店だった。故に客自体はそこまで多くはなかったが,今日に限っては客が少なすぎる。俺はそのことに違和感を感じていた。
猛を案内している内に気がつけば夕方になっていた。俺は夕食を食べるため,猛とともにアニーの店を訪れた。
店に入ると,アニーが笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい。」
「よぉ。」
「ど,どうも。」
店を見てみると,さっきまで行ってた店と同様,客がほとんどいなかった。
俺はそれとなくアニーにこのことを聞いてみた。
「今日,なんだか客が少ないな。」
「怪獣が現れて,避難勧告が出てるの。ここもいつ襲われるか分からないし。店の人達は今日の営業を終えると同時に避難所に行くって行ってた。この店も同じ。」
俺の中にあった違和感はアニーの言葉でキレイに消えた。違和感の原因も解消できたおかげで落ち着いて飯が食えそうだ。
ちなみにアニーが働いている店はバーだが,この店は飯も食うことができる。
俺達は席に座り,飯が来るのを待った。
その時,俺は猛が首に下げたペンダントが目に入った。
それを見た俺は,思わず尋ねた。
「それ,なんだ?」
「あっ,これですか?実は・・・・これ,ノアにもらったんです。」
「ノアに?」
猛は俺にペンダントをもらうまでの経緯を話してくれた。ガルタークとノアの戦い,ノアとの出会い,美咲や教授との出会い,猛自身の人生が変わったこと・・・・
俺は思わず話を聞き入っていた。
「お前・・・・結構すごい人生送ってんだな。」
「ええ,まあ・・・・でも,本当にノアのおかげで俺は変われたんです。ノアがいなかったら,俺,今頃どうなってたか・・・・」
「そうか・・・・ノアはお前にとってヒーローなんだな。」
「はい!」
猛は俺の言ったことに即答した。猛の目は少し前まで申し訳なさそうに頼み事をした奴と同じとは思えないくらいまっすぐだった。
その目を見た俺は,なんだか自分が情けなくなった。俺も昔はヒーローを信じてた。でも,現実っていう壁が俺の中でヒーローの存在を打ち消した。この世にヒーローはいない。そう自分に言い聞かせて今日まで生きてきた。でも,本当にそれが正しいのか分からなくなってきた自分がいる。俺は強くなりたいから軍人になった。でも,それも上手くいってない。今思えば,ヒーローに憧れていた自分が一番輝いていたかもしれない。
そんなことを考えていると,猛のケータイに着信が入った。
「もしもし。どうしたんですか,教授。・・・・えっ!?は,はい!わかりました!ジャックさん!粘液と碑文の解析が終わったそうです!」
「なに!?よし,すぐ行こう!!」
俺達はすぐに基地に戻ることにした。
しかし,運が悪いことに,料理がちょうど来てしまった。
「あら?どうしたの?」
「すまん!急な用事が入ったんだ!行かないと!」
「すいません!お金置いておきます!」
俺と猛はテーブルに代金を置き,そのまま店を立ち去った。
そして,俺達は基地へと急いだ。




