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茜視点:未読スルー

「いやいやそんな……アハハ」


 猫のようにクリっとした目をさらに真ん丸に見開き、篠沢茜はスマホの画面を穴が開くほど凝視する。


 スマホに指を乗せ、上下にぐいんぐいんとスクロールしてみるが、そこに表示されている文字は一向に変わらない。


 自分の目が間違っているのかと思って今度はその小さな手で両目をぐりぐりと掻いてみる。そして僅かにぼやけた目でもう一度液晶画面をのぞき込む。


「ん――やっぱり、テンリミットって書いてるよね……? あいつが……まじ?」


 確かに以前は運動神経が良かったことは認めるけど――と茜は回想する。


 ドッジボールとか最後までずっとよけ続けて体育の時間が終わったり、鬼ごっこで最後まで捕まらないで結局リトが居る時はかくれんぼになったり。どれもこれも過去の記憶だけど、確かにあの頃のリトは何か持っている少年だった。


 だが気が付けばゲームという新しい娯楽に出会い、そこにのめり込んでいった。それに伴って、一緒に遊ぶ機会は必然的に減っていった。


 リトにとって現実の子供ながらの冒険は限界があり、その自分の想像を超える冒険を提供してくれるのがゲームだったのだろう。好奇心旺盛が故に、その興味は現実からエンタメへと移っていった。


 だが、それらは所詮は子供の頃の話だ。


 あれから十年近くたった今、ずっとゲームばかりしているあのもやしっ子が、ユキさんでさえ苦労するこのダンジョンで活躍なんてそう簡単に出来る訳ない――と茜は思っていた。


「……いや、嘘かそれは」


 茜はボフっと布団に仰向けに倒れこむ。

 フワッと身体がベッドに沈み、モフモフとしたショートパンツから伸びる脚がヒンヤリと気持ちいい。


「あいつなら何か凄いことしちゃうかも――なんて、ちょっとは思ってたんだよね。けどまさか本当にこんなことになるとは……。ユキさんに呼ばれてた時も何かあるとは思ってたけど、あのまま休みに入っちゃって結局話せなかったし……」


 何もないのに、人気配信者であるユキがリトに会いに来るなんておかしいと茜も理解していた。


 茜はあの日送ったメッセージを見る。

 その横には既読マークは付いていない。


「……メッセージ送ったのに既読ついてないし、またゲーム……いや今はダンジョンか。ハマったら一直線だからなあ」


 だけど、そんなところがあいつのいいところ――なんて甘い考えは、すぐさまブンブンと頭を振って振り払う。


 それよりも今は、この探索者webのスレッドが気になっていた。

 そのページをもう一度開いてみる。


 そこには、クリスタルゲイザーと呼ばれる強いボスが討伐されたという話題が展開されていた。そこで出てくる名前が――


「テンリミット……かあ」


 ――凄い。茜はそうポツリと呟く。


 手の届かない存在と思っていた配信者と絡んだり、瞬く間に名前が広まったり、何だか一瞬にして遠くへ行ってしまった気がして、茜はむむむっと眉間に皺を寄せる。


 これが夏休みじゃないなら、朝学校であったら「名前出てたけど、あれってあんたな訳!?」と突っ込めるのだが。会えない時間が、なんとももどかしさを感じさせる。


 茜ははあ~と深くため息をつき、バシバシと布団を叩く。


「既読付けろよばか~! バカバカああ!! 誰がダンジョンを教えてやったと思ってるんだ恩知らずめ! ……はあ、もういいや。私も明日早いしやることやらないとだし……別にいいし!」


 茜はふん! と口を尖らせ、スマホの画面を消すとスーッと机の上にスマホを滑らせる。気になって今日一日何度もスレッドを見て、既読がついたか見て、またスレッドを見て――と、なんとも無為な時間を送ってしまった。


 気が付けばすでに日は回っていた。いい加減、区切りをつける時だ。


「もう寝る! 別に私に関係ないし! 寝て――」


 瞬間、ブブっとスマホが振動する。

 画面が光り、何かの通知がポップする。


 茜は慌ててスマホを取りにベッドを飛び出すと、顔認証を突破して通知元を開く。

 その画面を見て、茜の猫のような目がキラリと輝く。


 急いで画面をタップし、文字を打ち込む。


「……『寝てたのに起こさないでよ。あ、そう言えばネットであんたの名前見たけど……ダンジョンどうなのよ?』」


 そうして、茜は送信ボタンを押下した。

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