077 平和的解決
「私が帰還しても大したことはできないよ」
麻衣は顔の前で手を振った。
「謙遜をするな。大人気のインフルエンサーだろ」
「この島に来るまではね。今はもうダメだって」
「それでも俺を含む他の四人よりは発信力がある」
「そうだけどさぁ……」
麻衣は煮え切らない様子。
「風斗君の意見はもっともだと思います。私も麻衣さんが適任かと」
「美咲まで……。でも、美咲はシゲゾーに会いたいんじゃないの!? 私より帰りたがっているんじゃないの?」
「もちろん会いたいですし、可能なら今すぐにでも帰りたいです。でも、この中で誰か一人しか戻れないとなれば、その一人に私は相応しくないと思います」
「私も美咲さんと同意見。麻衣の唯一の取り柄が活かせる」
「唯一じゃねー!」
燈花は「なはは」と笑った。
「そんなに遠慮しないでいいじゃないっすかー、麻衣。どうせすぐに帰還するわけじゃないんだし」
「それもそうだけど……燈花は納得できるの? 私で」
「ぶっちゃけ私は誰でもいっすよ! 麻衣でも風斗でも、他の人でも!」
すまし顔と言い放つ燈花。
「えらく投げやりだな」
「だって、みんな素敵だもん! 誰が選ばれても納得するっす! それに私、みんなほど戻りたいって思っていないんすよねー」
「そうなのか?」
「この島での生活、すごく楽しいっすもん。勉強はしなくていいし、みんながいて、タロウやコロクもいるから寂しくないし。ゲームや漫画も楽しみ放題! むしろ戻る意味ある? みたいな? なはは!」
「まぁそういう考え方もできなくはないが……」
「そんなわけで、私はお任せするっすよ。誰か選べって言われたら風斗がいいとは思うっすけど、風斗の意見を聞いて麻衣もいいなって思えてきたっす。そんな感じ!」
その後も皆で話し合った。
といっても深い話ではなく、雑談交じりにあっさり。
麻衣以外の人物を選んだ場合のことも想定してみた。
そして――。
「やっぱり誰か選ぶなら麻衣がいいんじゃないかな」
「そこまで風斗が推してくれるなら引き受けてやるかぁ!」
俺達のギルドは麻衣を選ぶことに決定した。
「じゃ、今日の作業を始めるっすか!」
燈花は立ち上がり、両手を腰に当てて背中を反らせる。
それを皮切りに残りのメンバーも腰を上げた。
「今日は日曜日だし自由行動でいいんじゃないか」
「だねー、やっぱり週に1回は休みがほしいしね!」
麻衣が食堂から出ていく。
部屋に戻ってゆっくり過ごすのだろう。
「私はジョーイのお散歩に行ってきます。申し訳ございませんが、お昼は各自で済ませていただくようお願いします。 ――ジョーイ、行きますよ」
「ワンッ!」
美咲はジョーイを連れて外へ。
その後も食堂の人数が減り続ける。
最終的に残ったのは俺とウシ君だけだった。
「お前も自由に歩き回っていいんだぞ」
と言ってもウシ君は動かない。
ソファの近くに陣取り、何かを訴えるように俺を見ている。
「もしかして今日の搾乳か?」
「モー!」
正解のようだ。
案の定、麻衣は今日も搾乳をサボっていた。
代わりに済ませておくとしよう。
「やれやれ、お前のご主人様はダメダメだな」
全くだぜ、と言いたげに「モー」と頷くウシ君。
「これでよしっと」
俺は搾乳機をセットして電源を入れた。
あとは機械が作業を済ませるまで待っているだけだ。
「さて、と」
ソファに深く座って足を組む。
「俺達は問題なく決まったが……」
他はどうなっているのだろう。
グループチャットで他所のギルドについて調べる。
わざわざログを遡るまでもなく開いた時点で状況が分かった。
想像以上に揉めていたのだ。
部外者も巻き込んでの大論争を繰り広げていた。
誰もが「私こそ帰還者に相応しい!」と訴えているのだ。
そして、自分以外の相手には強烈な口撃を繰り出している。
昼ドラが可愛く見えるほどの醜い争いがエンドレスに続いていた。
こいつら馬鹿だな――とは思わない。
おそらく他所の反応が普通だし、Xが望んでいたものだろう。
俺達が平和的に解決できたのは少人数だったのが大きい。
少ないメンバーで苦楽を共にしてきたことで絆が芽生えている。
他所に比べて固い絆が一体感を生み出していた。
ギルドのためなら自己を犠牲にすることも厭わない程に。
「さて、増田先生はこの難局をどう乗り切るのかな」
〈サイエンス〉には多くの教師が在籍している。
これまでは充実した教師陣のおかげで統率がとれていた。
しかし今、その教師陣が揉めている。
大半の教師は生徒よりも必死に訴えていた。
自分を選ぶべきだと。
リーダーの増田は静観を保っている。チャット上では。
今頃は阿鼻叫喚の拠点内で収拾策を練っているはずだ。
「ま、無理だろうな……」
俺が増田の立場ならどうにもできないと思う。
なにせ〈サイエンス〉のメンバー数は200人を超えている。
その全員が同一人物に投票しなくてはならないのだ。
これだけでも無理ゲー感が強い。
加えて24時間しか猶予がないのも絶望的だ。
表向きの一名を決めるだけなら簡単だ。
あみだくじやじゃんけん等、やりようはいくらでもある。
しかし、そんな方法で決めても意味がない。
投票でしれっと別の人間を選ぶ裏切り者が出るに決まっている。
「モー!」
ウシ君が呼んできた。
搾乳が終わったようだ。
「なぁウシ君」
「モー?」
ウシ君の乳から搾乳機を取り外す。
手に入った生乳を厨房に運んで牛乳に加工する。
ウシ君は俺についてきた。
「俺達以外に最終ミッションを突破できるギルドがいると思うか?」
「モー……」
ウシ君は「分からんなぁ」と言いたそうだ。
勝手にそう捉えて「だよなぁ」と返した。
「よし、息抜きに城の周りでもぶらつくとするか」
「モー!」
今度は「おう!」と言っている気がした。
「じゃ、エントランスで待っていてくれ。着替えてくる」
「モー♪」
テクテクと厨房から出て行くウシ君。
俺はスマホを操作しながら階段を上っていく。
久々に〈要望〉を送ることにした。
『帰還者が各ギルドに一人しかいないならギルドクエストの発令時に明示しておくべきだ。最終ミッションになってから知らせるのは理不尽だろ』
まずはこれを送信。
要望というよりも苦情である。
『あと、今後もこういう機会を設けろ! 俺はギルドの皆と一緒に帰還したいんだよ!』
立て続けにもう一つ送信。
案の定、Xからの返答はなかった。
だが、今後の展開に何かしらの影響があるかもしれない。
何事もやってみなければ分からないものだ。
「しばらく帰還できないことが確定したし、今後のことを今までよりも真剣に考えていかないとな」
そう呟き、俺は自室の扉を開けた。
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