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【書籍化・コミカライズ】成り上がり英雄の無人島奇譚 ~スキルアップと万能アプリで美少女たちと快適サバイバル~  作者: 絢乃
最終章:英雄

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183/201

183 朝風呂

 イベント6日目――。

 俺たちは、茨城に停泊中のクルーズ船で快適な朝を迎えた。


「さすがに熟睡はできないか」


 時刻は4時57分。

 寝たのが1時頃だったので睡眠が足りていない。

 そのせいか頭が重かった。


「この時間だと皆はまだ寝ていそうだな」


 船ではそれぞれ別の客室を使っている。

 安全上の不安もあるが、それ以上に一人の時間が必要だった。

 どれだけ仲が良くても、常に一緒だと息が詰まるものだ。


 室内の洗面所で顔を洗い、洗濯・乾燥の済んだ制服を着る。

 いまだ冴えない頭のまま室外に出た。


「本当にデケェ船だなぁ……」


 部屋を出てすぐにそう思った。


 この船は東京湾に停泊していたものより格段に大きい。

 国産では屈指の豪華客船だ。

 日本製だからなのか、なんと大浴場も備えている。


 ということで、俺は朝風呂を堪能しに向かった。


 ◇


 豪華客船の難点は道に迷うことだ。

 船内地図を見ても、思った通りの場所へ向かうのに一苦労。

 大浴場までの道のりは近いようで遠く、何度も迷子になった。


「ぷはー! やっぱり朝風呂は最高だなぁ! しかもこの馬鹿でかい風呂を独り占めだなんてたまんないぜ!」


 ひのき風呂に大理石風呂。

 その他、高級感の漂う浴槽にご満悦の俺。


 サクっと体を洗い、近い浴槽から順に10秒程度浸かっていく。

 ここで全ての風呂を制覇しようとするのがいかにもな庶民である。

 ちなみに、昨日も同じ事をして栗原に呆れられた。


「そして最後はぁぁぁ! 露天風呂だぁああああ!」


 一人ではしゃぎまくる。

 不安やストレスといったネガティブな気持ちを吹っ飛ばすために。

 しかし露天風呂の浴槽に立って両手を上げた時、再び不安な気持ちが込み上げてきた。


「敵がいなくなった……?」


 港が閑散としている。

 俺たちが船に逃げ込んだ時はウジャウジャいた敵がいない。


 またしても消えたのだろうか。

 〈索敵〉を発動していないため、正確な判断ができなかった。


「ペットのいない私からすると、敵が消えるのは素直に嬉しいけどね」


「――!」


 背後から声がする。

 慌てて振り返ると彩音が立っていた。

 バスタオルで体を隠している。


「おはよう、漆田君」


「おはよう……って、どうしてここにいるんだ!?」


 彩音は「ふふ」と笑った。


「だってここ、女湯だもの」


「うっそぉ!? マジで!? すまん、俺、てっきり……」


「嘘♪」


「えっ」


「安心して、ここは男湯よ」


 まずは「よかった」と安堵の息を吐く。

 それから目をカッと見開いて尋ねた。


「ならどうしているんだ!?」


「ちょうど大浴場に入っていく漆田君を見かけてね。私も朝風呂の予定だったし、一人より二人のほうが楽しいかなと思ってついてきちゃった」


「ついてきちゃったって……」


「ダメだった?」


 そう言いつつ距離を詰めてくる彩音。

 恥部をタオルで隠しているとはいえ、ドギマギする気持ちは抑えられない。

 隠されていない鎖骨部分が俺を誘惑していた。


「もちろん全くダメじゃない。ただ、びっくりした……!」


「あはは」


「というか、栗原もいたらどうしていたんだ? 二人じゃなくて三人だったぞ」


「栗原君がいないのは分かっていたからね」


「どうして?」


「だって大浴場に向かう最中、ジムでトレーニングしている姿を見かけたもの」


「なるほど」


「というか座らない? 露天風呂で突っ立って話すのは変でしょ」


「たしかに。これじゃ足湯だもんな」


 二人で座る。

 その際、彩音は体に巻いているタオルを取っ払った。


「ちょ」


 驚く俺に対し、彼女はすまし顔で言う。


「湯船に髪やタオルを浸けるのはマナー違反でしょ?」


「そうだけど……」


 互いに全裸で、しかも距離が近い。


(美咲や由香里、涼子が相手なら冷静でいられるのだがな……)


 その三人とはしばしば混浴してきた。

 彩音とはそういう経験がないので緊張する。

 俺は深呼吸してから言った。


「彩音って思ったより大胆というか、恥じらいがないというか、男とお風呂に入るってことに抵抗がないんだな」


「そんなことないわよ? 今だって緊張で胸がバクバクしているもの」


「本当かよ」と笑う。


「本当、本当。でも、漆田君とこうして二人きりで話す機会って滅多にないから勇気を出したの」


「普段は皆で一緒に行動しているもんな」


「でしょ」


「ただ、二人きりで話すことって何かあるか? プライベートな話とか?」


「それもいいけど――」


 彩音は港のほうを眺めながら言った。


「――ペットに関する意見を聞きたいと思ってね」


「というと?」


「漆田君の『ペットを維持する』って考えに反対するわけじゃないんだけど、イベントが終了したら、どのみちペットとはお別れになると思うのよね」


「奇跡が起きて日本に連れ帰れるかもしれないぜ」


「だとしてもエサ代が払えないでしょ? 日本に戻ったらポイントを稼ぐ術がなくなるわけだし」


「たしかに」


「その時が来たらどうするつもりなのか、漆田君はどんな風に考えているのか、それを聞かせてほしいの」


 俺は少し黙考してから答えた。


「ぶっちゃけて言うと……何も考えていない! なるようになる!」


「へ?」


 きょとんとする彩音。


「ペットも含めて、日本に帰還したあとのことは想像もつかない。彩音みたいに先のことまで考えていないんだ」


「そうなの?」


「目の前のことでいっぱいいっぱいだからね。もちろん全く何も考えていないわけじゃないんだけど、わりと行き当たりばったりでやってきた。期待に応えられない男でわるいな」


 彩音は手を口に当ててクスクスと笑った。


「漆田君って自分に自信がないタイプなんだね」


「おうよ!」


「たぶん自分が思っているよりすごいと思うよ。皆が漆田君を『英雄』って呼ぶのだって、ただ都合良く利用したいからというだけじゃなくて、実際に英雄って呼ばれるだけの活躍をしてきたからだし」


「それはどうだろうな」


「サバイバルダンジョンで私のチームにいた子、何人か漆田君に告白していたでしょ? ああいうのがなによりの証拠だよ」


「あったなぁ、そんなこと。人生で数少ないモテ期を感じた瞬間だった」


「だから私は落胆していないよ。むしろ一緒に行動させてもらったことですごさを目の当たりにしているくらい」


「そ、そうか?」


 俺は照れ笑いを浮かべ、後頭部を掻いた。


「だって私らだけだよ? ペットを維持しながら生き抜いているの。ゼネラルやリヴァイアサンだって倒したし」


「俺がすごいっていうより皆の活躍のおかげさ」


「その皆を導いているのが漆田君なのだから、やっぱり漆田君がすごいのよ」


「それはおだてすぎだろー」


 後頭部を掻く手が加速する。


「あはは。今後も頼りにさせてもらうから、最後までよろしくね」


「こちらこそよろしくな」


「じゃあ私はお先に失礼するわね」


 そう言って露天風呂を出る彩音だが――。


「うっ……」


 ――傍に掛けてあるバスタオルを掴んだ瞬間、バランスを崩してその場に倒れ込んだ。

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