149 起死回生
現代の家ですら暴風雨にさらされると激しい音が鳴る。
竹の骨組みにバナナの葉と包帯を巻いて造った家なら尚更だ。
竹はギシギシと揺れまくり、葉の多くは無常にも飛んでいった。
壁からは雨水を含んだ風が吹き、天井のいたる場所から雨漏りが発生。
雷鳴だって轟いている。
とてもではないがぐっすり眠ることなどできなかった。
夜通し続いていた暴風雨が収まったのは朝のこと。
太陽が「やぁ」と顔を覗かせ、ようやく穏やかな天気に戻った。
しかし、時すでに遅し。
俺達は全員、酷い寝不足に陥っていた。
グループスコアは70点どころか60点すら下回っている。
メシを食って仮眠すれば多少は回復するだろう。
しかし、それでも60前半が関の山だ。
テントを持ち込んでいる楢崎グループには到底及ばない。
「絶望的っすね」
「さすがに我々の敗北ですかな」
女性陣からは諦めの色が窺える。
「たしかに厳しいが、やれるだけのことはやろうぜ」
「うん、まだ負けと決まったわけじゃない」
「漆田少年を他の女に奪わせはせんぞー!」
とりあえず今は体力の回復をしなくては。
俺達は体を倒して目を瞑った。
◇
仮眠から目覚めたのは11時過ぎのこと。
思ったより寝過ぎたが、その甲斐あって元気になった。
一時は50点半ばだったグループスコアも62点にまで回復している。
とはいえ、このまま測定を迎えれば敗北は必至。
俺達が勝つには他所より5点以上高いスコアが必要だから。
「もう時間がないよ! 今からじゃ鍾乳洞も間に合わないし!」
あたふたする麻衣。
「万が一辿り着けたとしても、三度目なのでブースト効果も弱そうですね」
「終わりっすよ! やっぱり! 私達の負けっすよ!」
「燈花、諦めないで。何かあるはずだから」
「そうは言うけど由香里、何があるっすか? 何かあったとしても時間がないっすよ! 12時きっかりに測定されるんすよ?」
「それは……」
絶望する女性陣。
ストレスが影響してグループスコアも1点下がった。
ますます遠のく勝利への道。
「風斗、何かない? 起死回生の策が!」と麻衣。
皆が縋るように俺を見る。
「策か……」
そこで口をつぐむ。
「やっぱり厳しいよねー」
俺は何も答えない。
(策は、ある)
あるにはあるが、とんでもない策だ。
言えば俺のちっぽけな名誉に大きな傷がつく。
だから言うのに躊躇っていた。
言わなければ負けるだろう。
それでも、俺は悩んでいる。
策を話して勝利の可能性に賭けるか、黙ったまま負けるか。
その理由は、1位の候補が楢崎率いる女子グループだからだ。
彼女らが勝利した場合、告白されるのは俺しかいない。
麻衣をはじめ仲間の女性陣は無事だ。
ならば問題ない。
俺が断ればそれで終わりだ。
もちろんグループチャットで皆から文句を言われるだろう。
「白けさせるな」とか「空気読めよ」とか。
だが、そんなものは最初だけだ。
翌日になれば何事もなかったように平穏が訪れている。
二日も経てば告白のこと自体が忘れられているだろう。
だから躊躇っていた。
恥を捨てて勝ちを取りに行くか、名誉のために勝利を諦めるか。
「やっぱり諦めたらだめだよ!」
麻衣が言った。
俺に向けてのセリフかと思ったが、女性陣に対してのものだった。
彼女は両手に拳を作り、さらにこう続けた。
「最後の最後まで戦おう! できることはなんだってしよう! 絶対に何かあるはずだ! これまでの活動を振り返って、スコアを上げる術がないか探そう!」
この言葉で女性陣が奮起する。
脳をフル稼働させ、時には意味なくリュックを漁って可能性を探す。
その姿を見ていて思った。
(負けられないな)
俺は起死回生の策を話すことに決めた。
あとで仲間たちからどんな目を向けられようとも関係ない。
とにかく目の前の戦いに勝つ。
(最大限にスコアを稼ぐにはどうすればいいか……)
策を闇雲に話すのはナンセンスだ。
驚きや感動といった感情もスコアに影響するから。
(よし、決めたぞ)
俺は手を叩いて女性陣を注目させた。
「実は俺に策がある」
「「「――!」」」
「その策は涼子、燈花、琴子にだけ教える」
「え、私らにも教えてよ!」と麻衣。
「ダメだ」
「なんで!?」
「1点でもスコアを上げるためだ」
「意味が分からないけど理由は分かった! 時間がないから従う!」
「じゃあ麻衣、美咲、由香里の三人は家の中で待機していてくれ。残り三人は俺と一緒に外へ」
「面白くなってきたっすよー!」
「漆田少年の頭の中を今すぐに見たいお姉さんであった!」
「楽しみですともー!」
俺は家を出て、中からは見えない位置に移動した。
そこで声をひそめて策を話す。
「実は快楽ブーストというブースト法があってな――」
俺の策は女性陣にも快楽ブーストをさせること。
だが、全員でブーストするのは難しい。
付近に誰かいると集中力が下がって効果も落ちる。
かといって方々に散らばるのは安全上のリスクがつきまとう。
わりかし平和とはいえ獣が生息する場所だから。
そこで三人にだけ教える。
涼子たちに仕様を説明し、麻衣たちを快楽に沈めてもらう。
「――これで麻衣たち三人のスコアが劇的に上がるはずだ」
「なるほど! それで昨日、漆田少年のスコアが高かったわけだ!」
「私達に隠れてそんなことをしていたとは変態っすね、風斗!」
「風斗さんも男ってことですかな!」
快楽ブーストを知った涼子たちの反応は想定よりも軽い。
もっと引きつった顔で幻滅されるかと思っていた。
「で、三人にはそれぞれ担当を決めてもらいたい」
「お姉さんは美咲にしよう!」
「私は麻衣がいいっす! ドMそうだからやり甲斐があるっす!」
「すると私は由香里さんですかな!」
「決まりだな。では11時55分頃に合図を出すから、その時になったよろしく頼む」
「「「了解!」」」
それから琴子が「あの……」と恐る恐る言った。
「具体的にはどうすればいいですかな? 実は私、その手のことが分からないものでして」
「ならばお姉さんが教えてあげよう!」
何やら耳打ちする涼子。
琴子は頬を赤らめながら「なるほど、なるほど」と頷く。
「ありがとうございます涼子さん! 参考になりましたとも!」
「ともに頑張ろう! 健闘を祈る!」
「はいですともー!」
説明を終えて家の中に戻る。
「おかえりー……って、何!? 何でニヤけているの!?」
「ぐへへ、別に何でもないぞ麻衣タロー!」
「そうっすよ麻衣、気にしたら負けっすよ、ぐへへ」
「ですともー! ですともー!」
「怖いんだけど……」と俺を見る麻衣。
美咲と由香里も不安げだ。
「安心しろ、大丈夫だ」
「いや安心できないって! ずっとニヤけてるもん涼子たち!」
「安心しろ、大丈夫だ」
「なんか風斗もおかしいし!」
「もう一度言う。安心しろ、大丈夫だ」
そんなこんなで11時55分が近づいてきた。
現時点のグループスコアは64点。
涼子、燈花、琴子のスコアがやや高めだ。
この後の展開を想像してテンションが上がっているのだろう。
「今から起死回生の策を実行する。麻衣、美咲、由香里、全裸になってくれ」
「「「えっ」」」
「時間がないから質問は禁止だ。勝利を諦めたくないなら指示に従ってくれ。俺は見ないから安心しろ」
「分かった、風斗を信じる」
由香里が脱ぎ始めた。
麻衣と美咲もそれに続いて脱いでいく。
三人とも何が起こるか分からず困惑している。
俺は女性陣に背を向けた。
家の奥に移動し、角に座って壁を見つめる。
「脱ぎ終わったら適当にばらけて座り、目を閉じてくれ」
「瞑ったよ」と麻衣。
由香里と美咲からも同様の報告が入る。
「これで準備は整ったな」
タブレットで時刻を確認する。
ちょうど11時55分になった。
「よし、始めろ!」
「待っていたっすよー!」
「え、ちょ、何!? きゃっ!」
ドタバタと激しい音とともに麻衣の声が響く。
「一度この体を貪ってみたかったのだお姉さんは!」
「涼子さんですか!? いったい何を――ああああっ!」
「由香里さん、失礼しますともー!」
「ひゃうっ!? 琴子、私の耳を……」
瞬く間に家の中が騒がしくなる。
麻衣、美咲、由香里の艶めかしい声が響く。
三人は最初こそ驚いていたが、すぐに溺れていった。
底なしの快楽に。
「あっ、涼子さん、そんなところ……!」
美咲が何をされているのか俺には分からない。
分からないが、その声を聞くだけで妄想が捗った。
(おお、たまらん! たまらんぞ!)
俺自身も快楽ブーストを開始。
昨日と違い、今回は一瞬でスコアの上昇が始まった。
「あー麻衣の体たまんねーっす!」
「燈花、もぉ、こんなこと、あぅ!」
「麻衣、口を開けるっすよ! 犬みたいに舌を出してこの指を舐めるっすよ! ほら、ほら! ついでに犬みたいに鳴くっすよ!」
「わ……わんっ!」
「いいっすよ! その調子っす! もっとペロペロするっすよ! 私の指を!」
燈花と麻衣のやり取りもいい。実にいい。
見えていないのに、いや、見えていないからこそ。
脳内にはピンクの景色が広がっていた。
そして――。
「ふぅ……」
12時00分00秒、俺は極限に達した。
測定とはコンマ1秒のズレすらない。
完全にシンクロしていた。
「終わったぞ」
快楽に浸りきった顔で振り返る。
「風斗……あんた……」
「やってくれましたね、風斗君……」
「風斗のこと、初めて恨んだ……」
麻衣たち被害者3人が恨めしげに俺を見ている。
賢者の俺は「勝つためだ」と冷たく一蹴。
「これで負けたら承知しないからね」
「その時はまた私が快楽に浸らせてあげるっすよー!」
「絶対にやめて! そういうのに目覚めたくないから!」
「なははは! 楽しかったっすねー!」
「感想はあとにしてスコアを確認しよう」
俺はスコア用紙を取り出した。
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風斗:85
麻衣:83
美咲:84
由香里:81
燈花:65
涼子:68
琴子:65
グループスコア:75
本日の順位:1/4
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グループスコアは想定通り。
快楽ブーストによって大幅に伸びている。
女性陣から「おお!」と感嘆の声が上がった。
「問題は総合順位だな」
楢崎グループとの差は4点。
相手のスコアが70点以下でなければ勝利にならない。
71点なら同率1位、72点以上なら敗北だ。
「頼むぞ……!」
勝っていることを願いながら、俺達は総合順位を確認した。
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