繰り返す愚行と都市計画と(その2)
「もう……できたんですか?」
純が現場事務所に現れたのはそれから一週間後であった。報告書と提案書まとめたと連絡をしたところ、Eは子犬のように喜んでいた。
「ええ、ちょっと手こずりましたが、なんとか。
こちらが現状の報告書、こっちが提案書になります。大きな会社の流れを存じ上げませんが、稟議とか通すんですかね?必要かと思って一応正副作ってあります」
それらは写真も含めて数十枚、ちょっとした冊子である。一気にまとめたものだから、少々寝不足だ。
「ざっと今回の顛末を纏めますが……私見を言わせてもらえれば、御社が厄介な土地に手を出しちゃったのが原因ですね。
まあ、駅も近いし、都心まで一本だから魅力的なのは理解してるつもりですが」
狡賢い男だ、エサキは是とも非ともとれる曖昧な姿勢を貫く。
ただ、目の奥にすっと、今までなかった濁りが生まれたようであった。相手がどれだけ無法者であっても一応は依頼主なのだ、ここで敵対しても意味がない、少々舌鋒を丸めておこう。
「ああ、御社のやり方に口を挟みはしませんよ。人の法の外ですからね、私にどうこうする力も立場もない。ただ……クニツカミが絡んでいます、ご存じでしたか?」
「……続きを」
「中央の丘に大昔の……クニツカミも手を出したくない存在が眠っているようです。深堀りするとクニツカミにマークされそうなので、私も詳しいことは申し上げられません」
狡賢いのは純も同じだ、報告は決して嘘ではないが、そのまま全てが事実でもない。どうせ相手はハナからこちらを騙すつもりだったのだ、多少捻じ曲げる程度で済ましているだけ、こちらの方が幾分正直だろう。
ヒメミコやらアマトやらの因縁は、彼らに裏の取りようのない『クニツカミが懸念する何か』と言うブラックボックスとして、矛盾をすべてそこに押し込む。
「このまま開発を続ければ……選択肢は二つです。太古のバケモノを目覚めさせて更に被害を出すか、クニツカミと衝突するか。どちらもおススメはしません、死人が出るでしょうね。
半殺しで済んだ私は幸運だったのかもしれません」
血まみれで返ってきたのはエサキも見ている、それなりに説得力はあるだろう。それが悪徳ゼネコンにどれくらい響くのかは未知数であるが、ないよりはマシだろう。
「内容的にはここまでが報告書、ここから先は提案書の内容ですね。というわけで今回提案するのは」
苦笑いして見せながら提案書を開く。全体像に視線を向けたエサキの濁った目が、ピリッと震えた。
「……これは?」
「このトマソンと呼ばれる装置というか、現象をご存じですか?正直、拝み屋界隈の方は知らないのが普通ですが……。
これらは極めて微量ですが、妖気や霊気と呼ばれる不可視の力に働きかける力があります。
先日説明した通り、私は拝み屋ではないので除霊とかそういう事は出来ません。ですので、こういう手法を使います」
全体図の中央と、それを取り囲むように記した無数のポイント。これは全てトマソンの配置である。
「単独の階段や、扉だけ、薄っぺらい部屋に、独立した壁やトンネルですか。こんな意味不明のオブジェを置いて、どうするんです?」
不信感満載のエサキの反応に、純は大きく頷く。
「もちろん意味があります。
まず、トマソンを大量に配置すると、不可視の力を溜め込みます。いわゆる幽霊屋敷が誕生するメカニズムです」
現象は知らなくとも経験上理解できたのだろう、エサキは小さく頷いた。
「今回のバケモノの異常発生は、この土地が荒れ果てすぎたのが原因です。この土地全体が巨大な幽霊屋敷になってしまったのです。
拝み屋をいくら呼んでも埒が明かなかったのは、トマソンや……御社の用意した呪源、そしてクニツカミが懸念する『何か』が残っていたからです。組み合わせが極めて悪かった。
既に御社の呪源は取り除き、力を溜め込んでいたトマソンは取り除きました。数日前よりはマシになりつつありますが……まだしばらく危ない。クニツカミが懸念する『何か』も残っていますので、拝み屋を入れたところで一時しのぎです。
ですから、永続的に効果のある手段が必要です、トマソンは上手く使えばそう成り得る。
計算して配置すれば、不可視の力を拡散させる流れを作れます、今回のようにね。
この石棺には一切手を触れず、埋め戻してしまってください。社もなにも必要ありません。この地域全体が封印と弱体化の装置です」
トマソン配置図の上に書き加えた矢印は、台風の逆回しのように、中心から吐き出される形であった。
「こうすることで、土地に残された不可視の力を、いつか消滅させることが期待できます。
無論、破損しては意味がないので、ある程度の維持は必要ですが……定期的に拝み屋を呼び続けるよりは経済的です」
「それは……それはわかりました。トマソンですか?オブジェが必要なのはわかりました、ですがこれは一体どういうことですかッ?!」
エサキが語気を強めたのは、トマソンうんぬんではなく、純の書いて寄こした全体図である。
本来K社の分譲計画は、この一帯の丘や小川を全て切り崩し埋め立て、広大な住宅地を満遍なく、効率よく、それこそ碁盤の目のように広げるものであった。
一棟多く分譲すれば、それだけで土地込みで五千万以上になるのだ、K社が利益を求める法人である以上それは当然のことだろう。
しかし、純の提案はそれと大きく異なり、分譲数は当初の六割ほどになっていた。
「クニツカミの懸念する『何か』は丘にいます。そうである以上、手をつけられません。
表層の整備程度ならともかく、分譲、ましてや切り崩すなんて自殺行為です。どこまで削って大丈夫かみたいなチキンレースは、それこそ今以上の事態を引き起こしかねません」
百か所を越えるトマソンの設置場所は公園、あるいは緑地として全体に広がっている。
分譲の敷地内にこんなものは置けない、買った後の住人に撤去されてしまっては意味がなくなるし、土地だけ買って上物は買主が用意する、等と言った建築条件を外されては一大事だ。
「不可視の力が拡散していく主なルート上にも宅地なんて作れません。
霊道って言うんですかね、こんなところに家なんか建てたらあっという間に幽霊屋敷です。なので、ここは不可視の力の拡散経路として風通しの良い道路、水路、遊歩道にします。
いえ、する必要があります。分譲の件数とかそういうのは御社でいじってもらって結構ですが、丘やトマソン、拡散経路、これらを削るのは絶対にダメです」
分譲地全体に広がる不可視の力の拡散経路は、渦巻きのようでもあり、今まさに開こうとする蕾のようでもあり、くものすのようでもある、複雑で精巧な形をしていた。
「そしてこれらの将来的な整備も必要です。こちらは御社でやっていただくしかありません、大した事ではありません、よくある公園なんかの管理と同程度、掃除して、トマソンが崩れる前に直す。言うなれば、常に壊れかけを保つ。それだけです」
「管理って……いつまでですか?」
「この土地に眠るバケモノが、トマソンに力をすっかり吸い上げられて消滅するまでです。
何年なのか、あるいは何十、何百年かかっても必要かもしれません。個人的な感覚を率直に申し上げれば、私が生きている間に解決するとは思えません。ありていに言うなら半永久的に、と言った所でしょうか」
「そんなバカな話が――」
「元は御社が」
反射的に語気を強めるエサキに被せて切り返す。この期に及んで被害者面とはいいご身分だ。
「そういう土地に手を出したのでしょう?……強引な手口を使って。
子飼いの拝み屋でも手に負えなかったのが、この程度で済むなら上出来では?
そりゃあ京都や伊勢辺りの寺社を総動員して数年計画で拝み倒せばいつかは解決するかもしれません……しかしそれこそ何年、そして何十億かかるか想像もつきません。
そもそも来てくれるのかという問題もありますが。御社というか……ねえ?
提案を蹴って強行すれば、逆戻りは確実でしょう。大事にするほど損でしょう?御社の……ええと、バックを知ってまで土地を買う人は……あまり多くないでしょう」
教団と繋がりがあること事態、一般社会生活においては多大なマイナスだ。かくいう純自身も、最初から知っていれば関わらなかった。
「それともここまでやっておいて手離しますか?それこそ御社がやった以上に買い叩かれるでしょうね、曰くつきだってのを自分で証明しちゃったんだから。
かと言って、私はA設計士のように危険だと判っている設計に目はつぶれません。あの事件みたいに被害は表に出ないでしょうが……おそらく、もっとあっさり死人が出る。
法の外だからと好き放題しろとか言いませんよね?冗談じゃない、法の外で誰かに押し付けた理不尽は、いつか法の外からもっと大きな理不尽となって返ってきます」
エサキがそれをクニツカミのことと取ったか、あるいはもっと別の不可視の出来事ととったかは判らない。が、彼なりに心当たりがあるようであった。
「クニツカミが絡んでいると聞いて手を出す拝み屋はそういないでしょう。そもそも、ゼネコンさんと建築の話としてこういう提案ができるのは、関東じゃ私くらいのハズです。
既にコレは、バケモノ退治の計画ではありません。バケモノを発生させない街づくりです」
純の台詞に嘘はない。この提案にはK社がこの土地を分譲する為に必要な事全てが盛り込んである。
これを守る限り、住人の安全は保証できる。
バケモノが出現しないように過剰気味な設計ではあるが……あの惨状、あるいは異形が暴れる事を考えれば、やり過ぎということはない。
「上下水管を通すとか、トレンチとか、地表に出ないものはご自由にやって頂いて構いません。不可視の力が流れるルートさえ遮らなければ、宅地の分割も自由です。
ただ、かなり複雑な計算を伴うので、変更を希望する場合は要相談でお願いします。ただ、宅地に割く面積はこれ以上増えません、絶対に。
施工中の安全については、御社の拝み屋に結界を張らせてください。今この工事事務所と同程度の結界であれば、昼間は大丈夫でしょう」
しばらく計画図を眺めていた
「クニツカミは動きませんか?」
首をちらりとも動かさず、細い目の奥で目玉だけを動かしてエサキが尋ねると、純は即答した。
「ええ、公的ではありませんが……個人的な古いツテがアリまして。コレなら良いと言質を取っています」
「……どうも」
苦虫を無限に噛み潰した顔で、エサキは提案書を受け取った。
工事事務所の武骨な鉄階段を下りる。カランコロンと鳴るのが少しだけ快く感じるのは、一仕事終えた解放感か、それとも二千年前の後腐れにけりをつけたからなのか。
ちらりと工事事務所を見上げると、エサキがへこへこと頭を下げながら電話をかけているのが見えた。『工事はできるが減益がエグい』なんて本社にどんな顔で報告するのだろうか、サラリーマンは大変だな、と肩をすくめてゲートを出る。
「さぁて……まだ時間があるかな」
以前明が言っていた駅前の讃岐うどん屋を覗――と、一台のハイエースが横付けして止まった。
同時にドアが開くと、奥から飛び出す漆黒の糸が蜘蛛の巣のように純を絡めとった。
息をのむ暇もないまま中に引っ張り込むと急発進した。
「んぐぇッ!」
拘束から解放されると同時、乱雑に後部座席に放り込まれ、目の前に星がチラつく。
しばらく動けないでいると、ケタケタと嗤い声が聞こえてきた。舌打ちして見上げると、やはり明とメミコであった。
「いけね、やり過ぎたか」
「んぐぇっ!じゃってケケケ」
「いってえな……なんだお前らか、普通に乗せろよ。わざわざ誘拐みたいな真似して」
純の抗議への返答は、ハンドルを握る千絵であった。
「少々手荒でしたが、仕方ありません。私達がK社に見つかれば、全て台無しです」
「……そうだよな。だから駅前の適当なカフェで落ち合おうって言ったよね俺?」
既に車はF市市街地を抜け、街道に出た。落ち合うはずだったカフェのある駅前は遥か後方である。
打った腰を撫でつつ上体を起こすと、明がうんざりと半笑いの中間と言った感じの何とも微妙な顔をしていた。
「こっちもそのつもりだったんだけどよ……知ってたか?駅前のカフェはパン屋併設のタイプだったんだ」
「は?それがなんだよ?」
「……なぜか桃のコンポートが乗ったパンがいきなり宙に浮いて消えるトラブルが起きてな。店がそりゃもう大騒ぎ。……とてもいられなくなった」
ぶつけた腰より頭が痛い。純は大きくため息を吐いた。
「メミコ……お前なぁ……売り買いわかってたじゃねえか……」
「いやぁ……気が付いたら食っておったハハハ……だがうまかったぞ。煮た桃は初めてじゃったがあれはあれで良いな、歯触りは落ちるがとろける食感が――」
悪びれる様子もなく食レポを始めるメミコに呆れ返っていると、千絵が咳払いして話を切り替える。
「その件はこちらで処理します。それで、連中は計画を飲みましたか?」
「さあ、現場監督なんてヒラ社員だからな。呑むかどうかは会社のお偉方だ」
「現場判断というものでは?」
「そんな簡単な話じゃない。監督なんかにそんな権限はないよ」
現場監督と言うと何となく聞こえは良いが、彼らは『日程』『予算』『品質』を予定通りに仕上げる以上の権限は持たない。ましてや計画を根本から変更するような権限など、あるはずもないのだ。
「だが吞まざるを得ない。そのための根回しはしてあるんだろ?」
「ええ、クニツカミからあらゆる寺社仏閣と拝み屋に、この件に手を出さないよう手を回して置きました。
動かせるのは連中子飼いの拝み屋くらいでしょう。K社はもはや孤立状態です」
この計画は純が計算し、千絵と共謀したものだ。計画に従えばk社は分譲計画が進められる、しかしそれはK社の大幅な減収と、少額だが半永久的な出費という損害も一緒に呑み込むという負債、あるいは遅効性の毒物が仕込まれている。
K社……を隠れ蓑にした教団は如何に叩き潰したところで、またどこかに身を隠し、力と金を貯めて日本を脅かす。それよりも、K社という世間的な体面がある限り半永久的に出費させる方が効果的だと判断したのだ。
ある意味これは、現代的、人間社会的な呪いと言っていいだろう。
こんな事をしても、ゼネコンに殺された友人は帰ってこない。だが……八つ当たりとは言え、悪徳ゼネコンに手心を加えたくない気持ちが、この計画から妥協を奪った。
「なら……一応はひと段落ですね」
「そうなる、かな」
心なしか千絵の声も明るく感じた。
「しかし、よくもまあ一週間で出来るもんだな、あんな計画。トマソンの配置で妖力操作なんて、君喰丸のとこでやった逆だよな?……オレには分からんが、そうとう細かい計算してるんだろ?」
呆れたのか感心しているのか、明のぼやきに純はあの銅鏡を取り出した。
「本来はそうなんだけどな。
細かい計算が必要なのは、俺が不可視の力を使えないからだ。不可視の力を使う才能と知識があれば、ある程度感覚で判る」
「ほう」
「だから感覚でわかるうちに、残しておいたんだ。こうやって」
銅鏡を窓に近づけると、窓からの入った光が反射して、車内の天井に照り返す。しかしその照り返しの中には、何重にも渦を巻く、非常に複雑な図形が浮かび上がっていた。
「お?なんじゃこりゃ」
「これは……魔鏡か!」
一瞬で見抜いた明に、純は頷いた。
「魔鏡?純はそんな術が使えたのか?」
「術じゃない。これは……設計かな?」
魔鏡。隠れキリシタンがマリア像や十字架を隠すのに使われたのが有名であるが、不思議なことは何もない。その原理は解明されているのだ。
「銅鏡の裏に図形を鋳込むと、鏡の厚さにムラができるだろ?こうなると、研磨するときにわずかに鏡面が歪む。
僅かな歪みだから普段は見えないけど、光を反射させると、模様が浮かび上がる」
千年単位で秘密裏に図形を残す方法は、これしか思いつかなかった。感心して鏡を手に取るメミコだが、裏を見て首をひねった。
「あ?裏面と光の模様が全然違うぞ?」
「錆び付いて開かないが、この鏡は二重になってるんだ。鋳込んだのは内側。
もちろん中身は、アクルイが理解していた、不可視の力の流れを拡散させるトマソン配置のモデル。
これを参考にすれぱ、今の俺でも簡単にトマソンの配置を計算できるわけさ」
銅鏡の裏側にある文字『石棺にアマト封じた、光に従い虚ろを建てよ、それが永久の封印を齎す』は、まさにこのことである。もちろん虚ろとは、現代で言うトマソンのことである。
ヒメミコが二千年前、アクルイに頼んだついでの頼みは、純の手によって結実しつつあるのだ。
「そうか……わぁが死んでも……アマトに支配されても封印出来るように、こうして残しておいたのか……流石アクルイじゃ」
「おかしいな、半分は俺の手柄なんだけど」
「わかっておる。二千年前の自分に焼き餅を焼くな……よくぞやってくれた。ありがとう純、そしてアクルイ、ヌシらは我が一族の誇りじゃ」
ヒメミコが見たこともない柔和な微笑みを見せた。喜びと、誇らしさと……ようやく長年の心の重荷を下せるという安堵であった。
「K社が手抜き工事しなけりゃ……封印は半永久的にもつはずだ」
車は県道へ出た。それは夏日室へ向かう道であった。心なしか、日差しが快く感じた。もう――夏が近い。
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