カモイと転生と(その1)
はーん馬鹿どもが!そんな距離のへなちょこが当たるか!この能なしめが!がーっはっはっはっは!どうした!嗤え!」
明の鼓舞に応えるように誰かがぎこちなく嗤い、それに応えてまた別の誰かがぎこちなく嗤う。
例え一人一人は不自然な笑いであっても、例え数十程度の集団であっても、束ねるとそれなりの圧というものが生まれる。
笑い声は自分と味方の緊張と恐怖を解きほぐし、相手を煽る。その証拠に、弓矢が随分と散漫になってきた。怒りが連中の足並みを崩しかけている。それも微力ではあろうが、こちらの戦力は微力の積み重ねなのだ。
「順調だな」
櫓に登って明に声をかけると、明は鼓舞を止めぬまま顎をしゃくった。『お前も笑え』と言うのだろう。以下、投石部隊を鼓舞し、無理に笑いを張り上げる合間の会話である。
「案外届かないもんだな、弓矢」
「ああ、せいぜい五十メートルってとこだな。本格的な和弓だったら話も違ったかも知れねえが……こっちは高さもあるしな。
この時代の狩猟用の弓を転用したもんじゃ、大した事ねぇらしい。モンゴルあたりの動物の骨やら筋やらで作ってる弓でもねえしな」
「なんで明そういうの詳しいんだよ」
「こちとら骨董屋だぞ?こういうネタは大好物さ」
ああそうか、こいつこういう戦国武将みたいなの好きなのか。妙なこなれ具合に純は納得した。
「それで、投石はこれで全員?」
「部隊を七つに分けた、これはその一つ。五つはそれぞれ星形の先端に。残りの二つは石の補給役と待機だ。
職長連中は頭の回るやつもいる。各部隊はそういうやつに回さしてる」
「明って意外とコミュ力高いんだな……そういや、昨日のアレは頼んでくれたか?」
「おう、これだ」
ひょいと投げて寄こされたのは、掌に乗る程度の銅鏡であった。表面は現代と比べても遜色ないほど滑らかに磨き上げられておりいる。
指先に感じる凹凸は、裏面に鋳込まれた凹凸によるものだ。中央には複雑な文様と、外周にはぐるりと文字がある。
純の知る鏡よりやや温かい赤金色の金属光沢は、炎にも似た柔らかく強い光を反射する。ひょいと覗き込んで見ると、アクルイの精悍だがどこか温和で知的な髭面が映った。
「イカツいな、俺」
「そうか?縄文基準じゃ優男だろ」
「カイヌは現代でもイケメンだったろ?」
「縄文基準じゃ童顔過ぎる」
いつの間に縄文時代の女目線を会得したのか、明の言い分に吹き出しかけたが、残念ながらそれをイジる時間も惜しい。
「一晩でよくできるもんだ」
「慣れてるんだろうな。小さいモンなら半日位でできるんだとさ。
満足したか?こっからは純が指揮しろよ」
「指揮って言われてもな、ここで防ぐだけだろ?」
ヒメミコのおかげでこの時代にしてはそこそこの砦に仕上がったハズだ。こちらは貯め込んだ食料と湧き水があるが、連中は食料補給のアテを焼き払われ、川も死体で汚染されている。暫く持ちこたえればアマトは勝手に干上がる、というのが純の目論見であった。
「なんだよ、これだけ作って考え無しかよ。だったらそこで見てろ、お前が作ったもんは地獄だから――笑い声やめッ!投擲準備だ!」
散発的な射撃を続けたままだが、アマト軍の一部が動くのを見た明は、待ってましたと旗を頭上にかざす。ずらっと並んだトカウンカモイが手を伸ばし、それぞれが人間の頭ほどの石を複数握り込む。
「あいつら、堀に踏み込んでくるのか?」
「いきなりそんなことやるような相手ならこっちも楽なんだが……お?見ろよ、梯子を持ってきてるぞ」
こちらが砦に引きこもっていたことは判っていたらしく、射撃に紛れて用意していたらしい。
長さのわりにあまりに細長く、今にも自重で折れそうな代物であるが……少しずつ堀を超える程度なら可能かもしれない。
「あの焼け野原によく残ってたな」
「そうだな。
だが、わざわざこっちの標的を作っちまうとは、思ってなかったようだな」
明が旗を大きく振り回す。トカウンカモイが分厚い上半身をひねり上げ長い腕をぎりぎりと振りかぶる。どれだけの訓練を積ませたのだろうか、ピッチャーの投球フォームのように洗練されている。
「……どんだけ特訓したんだよお前、マスゲームでもする気か」
「ハッ、生き残ったらやってみようかね。
いいかおめえら!ここが正念場だ!この中には、親類家族をやられた者もいるだろう、彼らの魂の安寧と誇りを、今ここで取り戻す!
それは、他の誰でもないお前ら自身の役目だ!ヒメミコの民がどれだけ恐ろしいか、アマトの馬鹿どもに思い知らせてやれ!
とにかくぶち込め、当たれば儲けもの、当たらなくても恐怖はこびりつく――放てぇぇッ!」
明が号令と共に旗を振り下ろすと、トカウンカモイがその力を解き放ち、パァンという軽い破裂音と共に、無数の石が文字通り大気を劈いて敵兵へと吸い込まれていく。
それは何の変哲もない石だ。だが、投擲時の破裂音は、カモイの指先が音速を超え、小さな衝撃波を巻き起こした証拠である。丘の上から推定時速千二百キロオーバーで放たれた石は、それだけで凶悪な兵器だ。
命中したのは数発だろう、しかし着込んで歩ける程度の鎧でその衝撃は防げない。
まともに当たれば容易く体をぶち抜き、それが頭なら首が吹き飛ぶ。
不意を衝かれた一発目は「わからん殺し」という奴だろう、しかし二発目からは違う。石が猛スピードで打ち込まれるたびに、確実に誰かが確実に死ぬ。
そんなものが断続的に降り注げばたまったものではない、梯子を抱えた連中はたちまち総崩れだ。頭を打ち抜けば赤い血飛沫が煙のようにあがり、胴に当たれば体が三つに引きちぎられる地獄絵図だ。
中には石を拾って投げ返そうとする者もいるようだが、素手でここまで投げ返すのは、常人の肩では到底不可能だ。
「ハッハッハァ!三段撃ちたぁいかねえが、上出来だ!ガンガンいけ!もっとぶち込め!」
櫓の上で明が旗を振り回しながら高笑いをあげる。何とも大仰で悪辣であるが、明は判っている。今ここで何を演説するよりも、小さな勝利を大げさに喧伝することが、投石部隊の士気を更に高めるということを。
「役者だな」
「そういうのは舞台を下りてから言うんだよ馬鹿野郎。
さぁて、このままバカみてえに柵に取り付こうと堀に入ってきてくれりゃあ、こっちの思うつぼなんだが……そううまくいかねえか」
明は既に予感していたらしく、苦々しく呻いた。
空気が変わった。堀の向こうで、悍ましくも異質な気配が膨れ上がり背筋が凍る。腐葉土と油に似た不快な臭いが立ちこめていく。
間違いない、昨夜と同じソバクと七枝封征剣の仕業である。
瞬く間にバケモノが誕生した。身長はおよそ二十メートル、大まかには鎧を着こんだ人型ではあるが、足が四本。異様に生白くのっぺりした肌に、落ち窪んだ闇夜めいた眼窩、更には異様に長い腕とそこに一体化した刃を持つ、既にヒトから逸脱したバケモノであった。
「ははぁ、あれがアマトの異形か。あれだな悪趣味な大魔神だな」
「随分余裕だな、明」
「……ヒいてんだよ。やべえぞあれ、うーわ、薙ぎ払い一発で地面が抉れてらぁ」
バケモノのパワーは見た目以上だ。堀を跳び越えこそ出来ないようだが、突破されればお終いだ。
「効くのか……あの大きさの敵に」
もちろん投石は異形にも襲いかかる。的がデカい分狙いやすい、各所に投石が突き刺さると、異形は叫び声を上げて身悶えする。
「効かないわけじゃないか……」
相手がデカすぎる。無限にブチ込めれば倒せるだろうが、腕で身を守りながら前進されては、その前に柵を突破されそうだ。
「あんな戦車みたいなの、想定してねえよ」
純が呻いたのを聞いて、明はぱちんと指を鳴らした。振り向くと明は口角と目尻をきゅっと吊り上げた悪い顔をしている。
「そうだな、戦車だ。褒めてやらぁ、役に立ったぞ純」
「は?」
どういう意味だと聞く暇もない。こうしている間にも異形は堀を突破しようと進んでくる。
アマトの兵隊はその巨体を盾に堀に石やら木っ端やらを投げ込み、即席の橋を拵えて堀を渡ろうとしているではないか。
「バケモノの役目が戦車なら、こっちは戦車用の対応をすりゃあいいんだ、単純な話じゃねえか」
鉦を打ち鳴らす。すると、砦の内側からも気配が膨れ上がる。これはカモイのものだ。
「カモイ使いを仕掛けるのか?バカ言え、死なせるだけだぞ!」
「バケモノにはバケモノをぶつけんだよ!
やんなきゃ皆殺しだ、少しでもメがある方に賭けさせてもらう」
「だからって、空飛んでどうす……いや、違うのか?」
そのカモイの気配は、空を飛ぶのに使うつむじ風のカモイだと思った。だが、形状が全く違う。
本来のつむじ風のカモイは、その名の通り旋風を丸めてまたがる、半透明のバランスボールのようなものだ。だが、下から見上げたそれはピザの切れ端のようなもっと縦長で、横から見ると万年筆の先端のように薄く尖っている。
「なんだ……あれは?」
「純がトカウンカモイを考えたろ?だからオレも考えてみた。ヲシュル・カモイ『風にぶつかるもの』だ」
ヲシュル・カモイが一気に加速して頭上を駆け抜けた。異常なくらいに速い。比喩でもなんでもなく残像が糸を引く。
狂気的なスピードと、空を裂く白い軌跡が稲妻のように尾を引くカモイがアマト軍の頭上を掠める、すると凄まじい突風が地上を襲う、砂や瓦礫が盛大に舞い上がり、アマトの兵を突き転がし吹き飛ばす。
その光景が見えてから、雷鳴とジェットエンジンを足して割ったような騒音が辺り一帯に轟く。
「ソニックブーム……マジの衝撃波か!」
目を丸くする純を見て、明は満足そうに口角を吊り上げた。
「そういう事だ」
物体が大気中で音速を超えると、文字通り引き裂かれ、真空が生じる。すぐさまその裂け目を埋めるべく、襲いかかる大気圧が、この恐ろしい現象を引き起こす。
「カモイは人が乗らなくても動かせるだろ?スピード特化の無人機にはぴったりだ。
超音速の霊能
ドローンなんて、令和でも通じるかもな」
明が凶悪に嗤うのも無理はない。
大気そのものが無限の爆薬になるようなものだ。その威力には、ソバクの生み出した異形ですらビリビリと震えて身動きを許さないものだった。
「こ、怖ぇ……」
ヲシュル・カモイは言わば無人機だ。またこれも、とにかく速く飛ぶ事しか考えていないため、術としては単純だ。撃ち落とされたところで、カモイに僅かな礼として少しの塩をやれば良い。塩は確かに貴重ではあるが、費用対効果は破格と言っていいだろう。
だから、何発でも打ち込める。ヲシュル・カモイが身動きを封じ、その合間にトカウンカモイの投石が襲いかかる。巨大な異形であっても、頭に直撃すればただでは済まない。意図せずして生まれた強烈な二段構えの戦術は、アマトの前線をずたずたにした。
「異形が戦車だろうがよぉ、随伴歩兵をふっ飛ばされちゃ意味がねえ。突破出来ても制圧出来ねえで袋叩きだ。このまま押し切ってやらぁ」
衝撃波と投石による嵐のような攻撃に、アマトは更に複数の異形を生み出した。とにかく質量で耐えようという足掻きに見えた。
「がはは、無駄無駄無駄ァ!耐えるだけじゃ何も変わらねえぞ、それとも三百人全員をバケモンにする気か?……ん?」
新たに生み出された異形は、こちらに攻め込もうとはしていない。その場でぐるりと輪になって肩を組み、体勢を低くした。
まるでスクラムである。だとすれば、ボールであるソバクを守っているのだろうか?
「なんだ?持久戦か?」
「違うな……なんかヤバいぞ。投石を集中しろ!あのバケモンの壁を打ち崩せ!」
何かを感じ取ったか、攻撃を集める明であったが、強靭な肉の防壁は短時間では破れそうもない。
そのまましばらく……異形のドームの中から、ま闇色の光のドームが広がり、砦の全域を含む広範囲を包んで消えた。
だが……痛くもなんともない。なんだ今のは、失敗か?コケ威しか?純が首をひねっていると……
「やられたッ!」
明が叫んだ。見れば、さっきまで石の雨を降らせていたトカウンカモイが、空を飛び回っていたヲシュル・カモイが身悶えして苦しみ、ぐしゃりと崩れ落ちてしまった、
「カモイジャマーってところか」
苦々しく呟く明に、純は思わず声をあげた。
「なんだそれ、そんなのアリかよ!」
「理屈じゃ出来る。術者の腕が段違いで、相手の術への深い理解があればな。
向こうの拝み屋ヤバいぞ、術者としてはマジのバケモンだ」
台詞の内容より、明が冷や汗を垂らした事実が、純を動揺させる。
「げえっ」
「すぐにカモイを呼び戻せ!相手には凄腕の術者がいる!数でどうにか押し返せ!」
一気にこちらが苦しくなった。カモイは制御より、呼び出す方に術者の力を必要とする。何度も何度も術をかき消されては、カモイそのものより、術者が持たない。
「クソが……なんてやつだ、術者としての腕が違い過ぎる」
恐ろしいのは、このカモイジャマーの完成度の高さだ。カモイを打ち消すのに、向こうの異形には干渉していない。そのくせ数分に一度のペースで放てるようであった。
鬼気迫る明の表情は、絶望を覆い隠すだけの薄皮に過ぎなかった。
かき消される度にこちらのカモイ使いも食い下がり、なんとか抵抗を続ける。一度や二度ならまだしも、何度も何度も繰り返されると、投石の飛距離は短くなり、衝撃波も屈めばなんとか踏みとどまれる程度にはなりつつある。
『クソが……術者としての腕が桁違いだ。
ここで……そろそろ来るぞ!」
「来るって、何が?」
「総がかりだ。被害を抑えた攻略は諦めて、なりふり構わず全力でぶっ殺しにくるってことだ」
明のその言葉を聞いていたかのように、鬨の声を挙げてアマトの大軍が一気に押し寄せる。
今までと違う迫力の正体は殺意であろう。それを嗅ぎ取った明は旗を振り回し、鉦をかち割る勢いで鳴らし、更に声を張り上げる。
「ヲシュル・カモイは波状攻撃に切り替えろ!かき消されたら次が仕掛けろ!トカウンカモイは腕が折れるまで投げまくれ!柵を越えられたら皆殺しになるぞッ!」
鬨の声を上げてアマトの――未だ無傷の――本隊が突っ込んできた。無論その先頭に立って壁となっているのは、今や十数に頭数を増やした。一体や二体の頭を砕いたところで、全体は止まらない。
「殺せ!殺せ!死にたくなければ皆殺しだ!」
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