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勇者のオマケだったので、異世界を自由に旅することにした  作者: 関村イムヤ
旅立ちの王都編

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「大人しくしてろよー。魔力の枯渇って最悪動けなくなるらしーから、帰りのために温存しとけー?」


 ラカーティさんは、煽ってるのか気遣ってるのかよく分からない調子でそう言いながら、弓の弦を指先で何度か軽く弾いた。

 緩んだりするんだろうか? 弓は触ったことがないので、構造がよく分からない。


 息を整えながら横目に見上げると、思いの外険しい表情で皆が走って行った先を睨んでいて、驚く。


「……誰も死ななきゃいいんだけどなー」


 小さな呟きだった。


 あれ? そうか。死ぬこともあるんだ?


 大怪我をするかも、という認識はあったけど、死ぬ可能性の事は忘れていた。

 魔獣がぽんすかぽんすかとあまりに簡単に狩れるから、ちょっと失念していたのだ。


 気を引き締めて、感知に意識を集中させる。


 レッジさんたちはもう魔物と会敵したんだろうか。

 魔物の動きは止まったようだけど、まだ戦闘の声はしない。


 感知ではレッジさん達の動きまでは分からない。遠隔で魔術を使うのは危険かな……。


「息、整ってきたので、少し追いかけませんか?」

「ほんとーに、強情だね。まあ、戦闘を見せるのも、新人教育ってやつかな? じゃあ、遠目からね」


 呆れたように溜息をつきつつ、ラカーティさんはゆっくりと周囲を警戒しながら、「こっち」と歩きはじめる。


 いや。いやいや。この人の私への認識、なんかどんどんおかしくなってない?


 微妙な気持ちになりつつも、ラカーティさんの後を追う。

 彼は目標の魔物が居る方角より、少し南側に逸れたほうへと進路をとったみたいだった。



 この辺で、とラカーティさんに静止された場所からは、木々の隙間を縫うようにして茂みの向こうに巨大な黒い蜘蛛が蠢いているのが見えた。


「おお、やってるねー」


 呑気な囁き声を落とすラカーティさんを他所に、私は鳥肌立った両腕を擦っている。

 うぉおおおああああ、マジでデカい蜘蛛じゃん……無理、ゾワゾワするぅ……!


 巨大な蜘蛛はまるまるとした胴体と、太い脚をワサワサと動かしている。なにかから逃れようと暴れているようだった。

 黒く、艶やかで硬そうな表皮に覆われている身体はところどころひび割れて、赤黒い体毛が覗いて見える。


 ガン、と硬いもの同士がぶつかりあう音が響いて、蜘蛛の向こう側に一瞬、ひらりと服の裾が翻るのが見えた。


「今のはマークスさんだねー。木の影に隠れて包囲しながら戦ってるみたいだよ。魔物が動けなくなってるのは、エラッジの罠かな?」


 そういえば罠師と言っていたっけか。私の氷の魔術では全く足止めができなかったのに、釘付けにするのは凄い。

 よく見てみると、蜘蛛の脚のうち、左右の一本ずつに鎖が突き通っているのが見えた。鎖はピンと張って、木立の中に繋がっている。


「エラッジは少しだけど土属性の魔術が使えるんだ。それで罠を張ってる。まあ、あいつの魔術は生成ってーの? に長けてばっかりで、動かすのに人の手が要るから、魔術師じゃなくて罠師なんだけどね」

「そうなんですね。そうか、魔術が使えるからってみんな魔術師なわけじゃないんだ……」

「そりゃー、そうでしょ。一つくらいはなんか使える方が多いじゃん?」


 そうなのか? 知らなかった。

 でも確かに、この世界の人々は全員魔力があるわけだし……魔術は使えるようになれば日常生活にも便利に役立てられるだろうし。


「ラカーティさんも何か使えるんですか?」

「俺は小っちゃい火を出せるくらいかなー。狩りにはあんまり向かないけど、普段は便利。パイプに火をつけるときとかね」


 言いながら、ラカーティさんは弓に矢をつがえる。

 鏃に赤い火が灯ったかと思うと、次の瞬間には弦が微かな音を立てて震えていた。矢が飛んでいく速度は本当に早くて、放たれた事に気づけなかったことに気が付いて、思わずゾッとしてしまった。


 こわ、この武器。あんな速度で矢が刺さったら、普通の生き物はひとたまりも無い。

 でも、そりゃそうか、武器だものね。


 ラカーティさんの矢は、黒曜蜘蛛の脚の関節部を見事に打ち抜いていた。

 バランスが崩れたのか、がくんと巨大な蜘蛛の身体が傾いたかと思うと、木の影から飛び出した黒い何かが別の脚を貫く。エラッジさんの鎖だ。


 拘束された箇所が増えて、蜘蛛は怒り狂ったように前二本の左右の脚をワサワサと蠢かせる。

 声帯のある生き物なら、凄まじい声で吠えていたのだと思う。蜘蛛はあれだけ巨大化しても、ほとんどと言っていいほど息遣いを感じさせない。

 もしも木の上などから忍び寄られたら、魔術無しには気づけないだろう。


「あ」


 そういえば、感知の魔術がそのままだった。

 目標の魔物は目視できるようになったのだし、感知の条件をいつものに戻すか。

 ラカーティさんが警戒してくれているし、あれだけ派手に戦闘を行っているから周囲の魔獣は逃げているだろうけど、縄張りのある大型魔獣が近づいてくる可能性もある──


 そう、感知の魔術を切り替えた途端、ありえない事が起きた。


「……えっ!?」

「ん、どした?」


 急に驚愕の声を上げた私に、ラカーティさんが飛びつくようにして傍に来てくれる。


「あの、いま、感知の魔術を普段魔獣を感知するものに切り替えたんですけど」

「は? 切り替えるってどういうこと?」


 眉を顰めて意味が分からんとばかりに訊かれるが、そこは今はどうでもいい。


「そこじゃなくて、感知がなんかおかしいんですよ! 反応が()()()()()んです」

「えっと? どーいう意味?」


 もどかしさに少しだけイラっとする。

 なんで分からないんだ? この状況の異常さが。

 この人が本当に小さな火を灯す魔術ぐらいしか使えないとしたら、それはこの想像力の無さが問題だと思う!


「あ、おい!?」


 私は無言で踵を返すと、一番近い反応を探った。

 木の上、木の葉の裏まで、雨水に濡れた部分すべてに広げた感知魔術の反応を注意深く探って、氷の魔術を走らせる。

 唐突に増えた氷の質量に耐え切れず、その枝はすぐさま折れてそのまま落ちてきた。


 氷の中に閉じ込めた、1mくらいの黒い蜘蛛と共に。


「おい、ハイリ……? お前、これ……」


 後ろを追いかけてきたラカーティさんが、愕然とその氷漬けの蜘蛛を見ながら、震える声で意味のない言葉を喋る。

 私は彼を振り返り、このおぞましい状況の原因について尋ねた。


「ラカーティさん、魔物って、生殖するんですか?」

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