77話 若者たちの歩み
花嫁街道周辺図
領都を発った俺たちは開拓地ベイスンで一泊した。
本来ならプニエ騎士領にも立ち寄りたかったのだが、リュシエンヌが同行しているために今回は見送り、カティアに「リュシエンヌの不在中にでもスミナを訪ねてやって欲しい」と伝言するに留めた。
ベイスンと呼ばれ始めた開拓地はかなりの規模になっており、すでに150戸を超えた。
これは少なく感じるかもしれないが、アモロスの慣習では奴隷や流れ者は戸数に含めない。
人手の必要な農地では奴隷は多く、実際にこの地に立てば150戸と言う数字よりも賑わいを感じるはずである。
そして花嫁街道の開通により交易拠点としての価値も高まり、益々の発展が望める好立地だ。
ベイスンの丘には簡素な屋敷も造られ、一行は代官を務めているタンカレーの歓迎を受けた。
「素晴らしい! この僅かな期間でここまでの成果が見られるとは!!」
簡単な宴の中、俺は全員の前でタンカレーの働きを大いに褒め称えた。
何も無かった土地に10年足らずで町を築いたのだ。
その手腕は恐るべきものである。
「タンカレー、見事な働きだな。このままいけば早晩にもリオンクール第4の都市が誕生するだろう」
手放しの賞賛であり、皆の前で報償も山ほど与えた。
タンカレーは辞退しかけたが、働き者にボーナスを与えなければ俺の見識が疑われる。
俺はタンカレーが望むなら土地を与えて騎士にだってするつもりだ。
しかし、タンカレーはそんな事には興味が無いと言わんばかりに次の開発計画を嬉しげに語り出す。
「水場の無い山際の平地にはロバの繁殖を考えています。これからの交易で荷駄用のロバはいくらでも需要があるはずですから」
「流石だな。森も育っているし全てが順調だ。あとは疫病が流行らぬように石鹸の使い方を徹底させろ……人が増えれば疫病のリスクは高まるぞ」
タンカレーは「承知しました」と力強く頷いた。
領内で生産された石鹸は開拓地で使用方法を徹底して広めている。
いずれは石鹸も交易品になるかも知れないが、今は領内で広めるのが先である。
「タンカレー、少し痩せたな。子供もまだ小さいだろ? 体に気を付けろよ。まだまだ働いてもらわねばな」
「バリアン様……勿体ない」
タンカレーはグッと目頭を拳で拭った。
相変わらず感激体質らしい。
タンカレーは胸の槍傷の後遺症で体調が思わしくないと聞く……少し心配ではある。
「タンカレーの子供は何才になった? まだ一人っ子だったな」
「3つです。男の子ですが……よく泣いて困ってます」
俺は「子供は泣くのが仕事さ、お前に似て働き者だ」と笑った。
後にこのタンカレーの息子はレイモンの学友になる。
タンカレーは働き者であり、彼の統治は苛烈だ。
彼自身が働き者であるだけに怠け者を許さないのだ。
自他共に厳しいタンカレーは「鬼代官」と呼ばれ領民から恐れられたが、自身が誰よりも働くために文句の付けようもなく、彼のもとで開拓地ベイスンは急拡大を続けることになる。
………………
開拓地ベイスンを出発する時に、俺の家族は馬車から輿に乗り換えた。
山道に馬車は向いていない。
担ぐのは奴隷である……同胞団は戦士だ。
召し使いではない。
まだ季節は肌寒く、毛皮を纏ったリュシエンヌに温石を持たせたら大変喜んだ。
温石とは焼いた石にボロ布を巻き付けた原始的な懐炉である。
花嫁街道をえっちらおっちらと登ると日が暮れる前に中継基地が見えてきた。
今日はここで一晩を明かす予定だ。
工事の起点であった中継基地は現在ではパーソロン族の管理するところとなり、井戸や兵舎などを利用した休憩所のようになっている。
将来的には外部委託でもして宿を作れば良いと思うが、まだパーソロン族に多くは望めない。
「やあ、バリアン様」
中継基地で俺に声を掛けてきたのはカロンだ。
カロンは今では活動の拠点を中継基地に移しつつあり、積極的にエルワーニェたちと交わっているらしい。
「カロン師! こちらでしたか」
俺はカロンに跪き「光あれ」と祝福を受けた。
これはカロンに屈服したのではなく「僧侶」が伝える「神の教え」に屈服しているのだ。
日本にも三宝(仏法僧)を敬えと聖徳太子が言ってたが、それに近いものだと俺は考えている。
ある意味で聖職者との「お約束」の挨拶だが、あまり真面目にやる人はいない。
俺から言わせたら、数十秒頭を下げるだけだと思うのだが……これだけでカロン師は嬉しげに「さすがです」と褒めてくれるのだ。
信仰心は美徳だと言われるわりに、分かりやすいアピールをしないアモロス人は変わっている……と言うより、俺が打算的に過ぎるのかも知れない。
「カロン師、家族を紹介したく思います」
「おお、それは嬉しいことを」
カロンは鶴のように痩せた顔を綻ばせた。
異民族の教化に乗り出しているカロンではあるが、まだ具体的な成果は無くリオンクールでの知名度は低い。
支援者が欲しいカロンが、リオンクール伯爵家とのコネを喜ばない筈がないのだ。
全員が挨拶した後にリュシエンヌが跪き、祝福を受けると皆がそれに続いた。
リュシエンヌは大変に信心深い人であり、聖職者に跪くことを喜びとする人だ。
逆に子供たちは露骨に嫌がるが、我が家ではリュシエンヌがやることに続かぬわけにはいかない。
渋々と皆が祝福を受ける。
「お久しぶりですね、パーソロンの王女さま」
「はい、おひさしぶり」
キアラもカロンと挨拶を交わし、翌日にはカロンもパーソロンの集落に同行することになった。
俺たちと同行してパーソロン族とコネを作るのだろう。
カロンは見た目よりも逞しい。
休息の後に一行はパーソロン族の集落へ向かった。
キアラが輿から飛び下り、山の中を嬉しそうに歩く。
……そうだな、故郷だものな……
俺は慣れない町暮らしをしてくれているキアラの心労を思い、少し胸が痛んだ。
「キアラ、楽しいか?」
俺が問いかけるとキアラは嬉しげに微笑んだ。
………………
パーソロン族の集落を始めてみた者たちの反応は見ものであり「エルワーニェの王都」だと思っていたリュシエンヌが竪穴式住居に目を白黒させたり、宴で出された虫に悲鳴を上げたりと賑やかに過ごした。
意外にも子供たちはキアラが嬉しそうに虫をパクつくので興味が湧いたらしく、虫料理に果敢に挑戦していたのには驚いた。
ちなみに今は蛹の季節らしく、何かの蛹が盛られていた。
蛹は逃げたりせず、保存も簡単なのでパーソロン族の大切な食料らしい。
放っておくと成虫になるのが難点ではあるが、これは仕方ない。
俺に嫁いだキアラはパーソロン族でも貴人として扱われ、くすぐったそうにしていた。
見れば久しぶりの母語でのお喋りに夢中のようだ。
「バリアン、キアラは幸せだそうだ……子は残念だったがな」
俺の隣に座るニアールがポツリと呟いた。
「そうか……キアラは幸せか」
「ああ、お前の妻の1人を姉とし、乳を飲ませた子を我が子だと思っているとも言っていた。頼れる夫に大切にされて幸せだともな」
乳を飲ませた子……俺の三男レイモンである。
以前、赤子を亡くしたキアラは溢れ出る乳をレイモンに与えていた。
彼女にとって子を亡くした悲しみを埋めてくれる存在だったのだろう。
ちなみにレイモンは幼すぎて今回は領都で留守番をしている。
今ごろは母親のベルを独り占めして甘えているだろう。
「そうか。毎日泣いて暮らしていると言われなくて良かった」
俺が照れ隠しに冗談を口にし肩を竦めると、ニアールは腹を抱えて豪快に笑った。
パーソロン族はおおらかで素朴。
感情に素直で誇りを尊ぶ。
自然と融合した美しい生き方だが、それも徐々に変化の兆しを見せ始めていた。
食事には穀物が並び、麻や羊毛の服を着る者も現れ、鉄の鍋を使うようになった。
……俺がしていることは、パーソロン族にとっては取り返しのつかないことになるだろうな……良しも悪しくも……
俺はぼんやりと、嬉しげなキアラを見つめていた。
………………
翌日は強行軍だ。
一気にアンドレのコカース城に向かわねばならない。
俺はニアールとカロンに出立を告げ、先を急いだ。
パーソロン族の風習を研究しているカロンは意外な適応力を見せ、すっかりと溶け込んでいるようだ。
この調子なら布教も期待できそうである。
道中でリュシエンヌが「大変なご実家……帰りも寄るのよね」と呟いていたのが印象的であった。
妙にぐったりとしているのは、輿に乗る疲れだけではあるまい。
常に輿に乗り続けるのは大変な苦行である。
子供たちは傅役のエンゾにねだり、交代で馬に乗せて貰っていた。
俺に声が掛からないのは何故なのか……解せぬ。
俺はブツブツとエンゾに嫌味を言い続け、娘のエマに「父上気持ち悪い」と嫌な顔をされた。
ちなみにロロとジョゼも同行しているが、俺のプライベート空間にはあまり近づかないように気を使っており、俺と子供たちとの団欒の場にいることは殆ど無い。
屋敷でも広間まではわりとオープンではあるが、使用人を除けば私室まで入る者は先ずいないだろう。
領主の子供たちのプライベートにも深く関わる……傅役はそういう意味でも特別な存在なのである。
俺にとってジローが特別であるように、子供らにとってはエンゾは特別な存在なのだ。
そうこうしている内にコカース城に到着した。
子供たちは高台に聳え立つコカース城の偉容に圧倒されたようだ。
コカース城はまだ未完成ではあるが、下から見上げる石造りの城郭には周囲を圧する凄まじい迫力がある。
俺たちは城兵に迎えられ、城へと向かった。
新興のコカース騎士家には譜代の家来がいない。
アンドレの故郷の村や、妻であるヴェラの実家、そして俺の同胞団から希望者を募って家臣団を形成した。
寄せ集めではあるが、新興勢力独特の活気のようなものも感じられ、コカース城の工事現場も熱気に溢れている。
俺は「これなら」と安心し、騎乗のまま城を進む。
騎乗のまま他人の城を進むのは本来なら大変なマナー違反だが、アンドレは俺の家来である。
これは「城主の主」としての立場を示すことになるのだ。
城の広場ではアンドレ夫妻がやや緊張の面持ちで俺たちを出迎え、ささやかな宴会へと移る。
急ぐ旅ではない。
山越えの疲れを癒すためにコカース城では2泊する予定だ。
「アンドレ、ヴェラさん、お世話になります」
俺が下馬し、丁寧に挨拶をすると2人は大袈裟に恐縮し「行き届かぬとは思いますが……」などとお互いに社交辞令を交わす。
親しき仲にも礼儀あり。
部下の目があるオフィシャルな場ではこうした事が大切なのだ。
アンドレは騎士身分を得て、名実ともに俺の政権の中心人物となった。
宰相格の叔父ロドリグは別格としても、俺と義兄弟のアンドレは重臣中の重臣だ。
いくら主君であっても、あまり人前で雑な扱いをして良い人間ではない。
ヴェラの弟でもあるピエールくんと共に、俺を支える両足のような存在なのである。
……ちなみに両手はジャンとロロかな。
そうなると……ポンセロとタンカレーは……うーん、肘とか? ……それも変だな……
まあ、無理に人体に当てはめる必要は無いか。
「当面の収入は関税になるだろうが、何か産業は考えてるのか?」
「はい……とは言っても考えたのは女房なんですが」
宴の席で俺が領地の運営について尋ねると、アンドレは恥ずかしそうに頭を掻きながら説明を始めた。
コカース騎士領は農耕に適さず、土地も広くない。
彼らが考えたのは加工貿易だった。
「裁縫や細工の職人を募ってエルワーニェから仕入れた毛皮や綺麗な石を加工しようかと思っています」
俺は「ほう」と感心した。
服飾関係の加工貿易とは女性らしいアイデアだ。
エルワーニェの諸部族も輸出品が増えれば喜ぶだろう。
「綺麗な石ってのは、キアラが着けてるみたいなのだな?」
「はい。もっとアモロス風に仕上げればと思いまして」
俺の言葉にアンドレが頷く。
キアラが着けてる首飾りには赤やピンク、白に緑と様々な石があしらわれている。
俺は石には詳しくないが、赤いのはジャスパーだと思う……後は分からん。
「いいアイデアだ。ならば海側からは鯨油を仕入れろ、油は石鹸になる。石鹸作りの職人を派遣してやる。エルワーニェから毛皮や石を、海からは鯨油をそれぞれに輸入して加工すれば効率も良い」
俺の提案にアンドレが目を丸くした。
「そんな……良いんですか?」
アンドレが躊躇うのも無理もない。
石鹸作りなどのレシピは工房などで秘匿されるべきモノだ。
親しいからとて、容易く家来に教えるような事ではない。
「構わないさ。ただし、秘密にしろよ……石鹸の量産に成功したら領内で使う習慣も広めろ。石鹸は疫病を防ぐ……疑うな。これは本当だ」
真剣な俺の面持ちにアンドレは少し気後れながら「もちろんです」としっかり頷いた。
……これでいい、手指の衛生は感染症を防ぐ第一歩だ。
固い話は程々にし、俺たちの話題は宴会の賑やかさに移っていく。
アンドレはジョゼやロロとも仲が良く、大いに語らったようだ……俺は、うん、まあ……君主らしくドンと座ってた。
苛めでは無い……はず。
アンドレ夫妻の心遣いもあり、俺たちはコカース城で十分に休息をとった。
コカース騎士領は交易の拠点としても発展し、開拓地ベイスンと共に花嫁街道の要所として栄えた。
アンドレは家臣団に対し、交易の利益をもってサラリーを支払う形をとり、アモロス王国でも珍しい完全給金制で家臣団を運営していくことになる。
これは家臣が土地などに縛られず、雇い主たるコカース家に対して強い忠誠心を持つ先進的な統治であった。
タンカレーにアンドレ、若者たちはそれぞれに成長し、大きな一歩を踏み出していたのである。
地図はあーてぃ様からの頂き物です
いつもありがとうございます。





