<中>安心
息苦しくて目が覚めれば、番の胸に埋もれていた。楽園かな? やわらか……
強く抱きしめられているから抜け出すのは無理そうで、位置を変えて呼吸を整える。心音が聞こえて、安心する匂いが胸いっぱいに広がるこの状況が幸せで、鼻の奥がツンとした。起きた時に泣いていたら、レイラは優しいからきっと心配させちゃう。泣かないようにしなきゃ。
ちらりと見上げてみれば、整った顔立ちに、漆黒の耳と髪。こんなにも綺麗な黒は初めて見た。寝顔は綺麗なお姉さんだけれど、抱いてくれた時のレイラはとても妖艶だった。きっと経験豊富なんだろうな、と考えたら嫉妬でおかしくなりそう。レイラだって獣人だし、発情期の時には性欲を解消していたはずだから、それは仕方がないって分かってる。専門の所に行っていたのか、その時だけの相手がいたのか、付き合っていた人もいたのかも……仕方がないと理解はできるけれど、気持ちは別だから、その辺はそのうち確認するとして……そもそも、恋愛対象は男性と女性どっちだったのだろう? 冷静になってしまうと、色々と気になってしまう。でも、男性でも女性でも、私とこうして番になってくれたし、これからはもう私だけだよね?
このままゆっくり寝て欲しいという気持ちはあるけれど、お腹がすいた。ドアの方からいい匂いがするし、きっとバスケットの中に食べ物が入っているはず。抜け出そうと頑張ってみたけれど、抱きしめる力が強くなるばかりで諦めた。空腹よりも、レイラに包まれるこの時間が幸せだからいっか。
「ん……ロッティ? どうしたの?」
じたばたしていたからか起こしてしまって、掠れた声で名前を呼ばれて、それだけで身体が震える。レイラの声がえっちすぎる……
「あのね、お腹すいちゃって……ドアの前に落ちてるバスケット、取ってきてもいい?」
「そうだった。すっかり忘れてたわ……王太子殿下から、落ち着いたら食べるように、って軽食をいただいていて。待ってて」
「ぁ……」
すぐに覚醒したと思えば頬をするりと撫でて、離れてしまうから寂しくて思わず声が出た。ドアの前なんて、すぐ近くなのに。裸のままだから、スタイルの良い身体が晒されて視線が固定されてしまった。本当に、綺麗。
「離れてごめんね。どれが食べたい? 落としちゃったから、少し潰れちゃってるのもあるけど」
すぐに戻ってきてくれて、離れたことを謝ってくれた。私が寂しがったことを気づいてくれていたみたい。私のために行動してくれたのに、優しい。
「レイラが食べさせてくれるならなんでもいい」
「ん゛んっ、かわいい……」
可愛いと思ってもらえるのは嬉しい。レイラの好みはどういう人なんだろう。レイラは大人のお姉さんだし、同じような大人の人がタイプだったらかなり厳しいけど、落ち着きが出たらいけるか……? 私以外に目移りしないように、レイラの好みはおさえておきたい。
「はい、あーん」
「あーん、んー、おいし。はい、レイラも。あーん」
「えっ……あー、ありがとう」
給餌をしてくれるのが嬉しくて、私もレイラに返したかった。番だけに許される愛情表現を受け入れてもらえて、愛しげに見つめられて、こんなにも幸せでいいのかな。
食べさせてくれる綺麗な指を見て、身体が疼く。触って欲しいし舐めたいと思ってしまうのはまだ発情期が治まっていないだけだよね? 治まってもこの状態なら、レイラがそばにいるだけで常に発情期みたいなものじゃん……それは嫌がられちゃいそうで、困るなぁ……
幸せな時間も、あまり量が食べられずに終わりが来る。番から差し出されたものを断るのは悲しいけれど、もう食べられない。
「お腹いっぱい?」
「うん。しばらく食べられてなかったから、あんまり食べられないや」
「そう。残りは、取っておきましょうか」
「レイラは足りないんじゃ……?」
まだ残っているし、レイラはまだ食べると思っていたのに、片付けてサイドテーブルにバスケットを置いてしまった。
「私は、ロッティをもらうから」
「ーっ!? なっ……」
「まだ辛いでしょ。おいで」
まだ治まっていないことを分かってくれて、安心させるように笑ってくれるから、胸がいっぱい。
「……っ、ぅん」
「ふふ、可愛い」
おいで、と両手を広げて待ってくれたからぎゅっと抱きつけばしっかり支えてくれて、安心して身を任せられる。この腕の中以上に安らげる場所なんて絶対無い。
*****
レイラに抱かれて、眠ることを繰り返して何度目か、目が覚めればとてもスッキリして身体が軽かった。威圧もちゃんと制御できるし、数年付き合った痛みや苦しさ、不安も無く、器が満たされたのを感じた。これでちゃんと、レイラと話が出来る。
「……ら、レイラ」
「ん……? ロッティ、おはよう」
「おはよ」
嬉しくて、まだ眠っていたレイラに声をかければ、直ぐに起きてくれた。しっぽが暴れてしまって、感情が抑えられていないのがバレバレだけれど、これはもう待っても無理だろうから仕方がない。
「身体は大丈夫?」
「……っ、あ、うん、大丈夫」
身体を労わってくれるレイラの表情が優しくて、沢山抱かれたことを思い出して恥ずかしくなった。早々に本能に呑まれてしまって、自分が乱れたことも、レイラが求めてくれたことも覚えているけれど、結構記憶が飛んでいる。レイラも誘発されて本能に呑まれていて、それはもうえっちだった。
「ロッティとね、沢山話をしたいなと思っていて。番になったけれど、ロッティの事はまだ何も知らないから……あ、身体はもう知っていたわね」
「ーっ!? レイラのえっち!!」
「んんっ、かわいい……」
レイラも話をしたいと思ってくれていて嬉しい、と思ったのに最後の言葉で台無しなんだけど!?
「えーっと、では、改めまして自己紹介を。狼族のレイラ、歳は28、性別は女。職業は冒険者で、ソロのS級。しばらく帰国していなくて、気がつけなくてごめんね」
私より10歳上なんだ。お姉さん、って思っていたのは間違いじゃなかった。そしてソロのS級……こんなに綺麗なお姉さんなのに強すぎでしょ。
「ううん。来てくれてありがとう。S級冒険者……強いんだね。えっと、狼族のシャーロット、歳は18、性別は女。職業は……無職……? です」
一応王女だけど、職業ではないよね。研究もしているけれど、あれはお手伝いみたいなものだし……
「ふふっ、かぁわいい」
「むぅ、バカにしてるでしょ」
子供っぽいなと思ったけれど、頬を膨らませて不満をアピールしてみる。
「あまりにも可愛くて、ごめんね?」
くすくす笑って、大人な対応をしてくるレイラをちょっと困らせたくなった。
「ぷんっ」
「ぇっ、かっわい……」
「むー」
「ごめんね? 許して? 出来ることなら何でもするわ」
……なんでもするって言った??? は? あざと可愛すぎるでしょ。何でもいいの? ぎゅってして欲しいしキスもして欲しいしそれ以上だってしたい。うーん……
「……甘やかしてくれたら許す」
「喜んで」
そんな甘い声と甘い表情をしたら誰だって好きになるよ。そんな顔、私以外の前で見せないで。どんどん独占欲が強くなる。絶対、誰にも渡さない。
ごめんね、こんなに面倒で激重な番で。でも、離してあげられないんだ。嫌われないように出来ることは全部頑張るから、どうかずっとそばにいて。




