125.ヴァンドルージュの出稼ぎ 三日目
「リーノ様、伝言を預かっております」
出稼ぎ三日目の早朝。
少し雪がちらつく冬の空模様だが、これくらいなら問題ないだろうということで出発の準備をする。
そして部屋のキーを預ける折、すっかり止められることが当たり前になってしまった顔馴染みのホテルマンが、そんなことを言った。
ちなみに彼には昨日も、蟹臭がキツいと止められた。
心当たりはある。あの巨大蟹の汁である。
さすがにあの大きさは一撃必殺できなかったので、足やハサミとった関節を一つずつ削っていった。その過程で浴びたものだ。
蟹の匂いなら別にいいじゃないかおいしそうで、と思ったが、そういう問題じゃないようなので、大人しく風呂に案内された。
まあ、そんな余談はさておき。
「いよいよ来たわね、リリー」
うん。ヒエロ王子との面会だな。
一応そっちの方が表向きの主目的なので、ニア・リストンとして確実にこなしておかねばならない。
「……?」
……おや?
ホテルマンはよく磨き込んである木製のカウンターに、二つ折りのメモ用紙を十枚並べた。表となる方には伝言相手の名前が書いてある。書いてないものもあるが。
想定していたのは、第二王子ヒエロからの一件だったんだが。これはどういうことだ。
「身元がしっかりしているのはこの十件になります。残りの三十三件に関しましては、名前を明かさない上に身元も不明ということで、受け付けませんでしたのでご了承ください」
三十……ああ、なるほど。
「名前が売れたようね、師匠」
「昨日大物を狩ったせいね」
昨日の午前中は、ヴァンドルージュ首都は大騒ぎだったらしい。ただの大きな蟹を狩っただけで騒ぎすぎである。
騒ぎのピークは、蟹の処理が済んで人目に触れなくなった昼辺りで過ぎたようだが。
熱狂冷めやらぬ輩が、帰りの出待ちをしていたりして、ちょっと面倒だった。――まあ名前は売れてもまだ顔は売れていないので、普通に目の前を通って帰ってきたが。
「どうしよう?」
うむ……さすがにホテルマンの前で、リーノ宛の伝言を弟子が読んで判断する図は、絶対におかしい。
「とりあえず重要な伝言だけここで確認して、あとは飛行船に乗ってからでいいのでは? 船長が待っているから」
「ああ……そうね、そうしようか」
リノキスは、「ヒエロ」と差出人の名前が書いてある一枚を残し、残り九枚の用紙はポケットにしまい込んだ。
「――もしこの方の関係者が来たら、了解したと伝えて」
用紙を一瞥し、リノキスはホテルマンにそう言った。
ヒエロと会うのは最優先なので、私の返事も必要ない。なんであろうとこちらが予定を合わせる案件である。
今日はホテルの裏口から出て、路地裏を通って少し遠回りして港へ向かう。
待ち伏せが多かったからだ。
冒険家リーノのことを知りたい者が、かなり増えたようだ。
「順調に名前が売れてるわね」
「そうですね。武闘大会に向けてのいい宣伝になりそうです」
そうだな。金を稼ぐついでにできることなのも、手間が省けて楽である。
「――おはようございます」
今日も船の前で待っていた船長と合流する。
かなりの早朝だが、港にも人が多い。
素人も多いが、明らかに堅気じゃない輩の視線も感じる。
一応簡単に顔を隠すような扮装をしてごまかしてはいるが、すでに目星くらいは付けられているかもしれない。
誰かに接触されて絡まれる前に、飛行船に乗り込んでさっさと飛び立つことにした。
「すっかり有名になりましたな。いろんな人にあなたのことを聞かれましたよ」
操縦室に直行し船を飛ばすなり、船長はすでに私たちが着いている航空図が広げられたテーブルにやってきた。
「できるだけしゃべらないで」
「ええ、トルクさんからもそう言われていますからね。セドーニ商会に聞け、の一点張りで返してますよ」
ここでもセドーニ商会のサポートが光る。有能である。
「して、今日はいかがいたしましょう?」
「それが――」
今日は、予定は入れていない。
「なるほど、換金率が高い魔獣を狙うと」
そう、一日目と二日目で広く狩りをし、魔獣の値が判明した三日目は、狙い目の高額魔獣を中心に仕留めて行こうと決めた。
バカみたいに高額だった十文字鮮血蟹は、あの一匹だけしかいない。もっと狩りたいと思っても不可能なので、やり方の方針変更は必要だった。
「では先に、昨日の見積もりをお渡しいたしますね。ぜひ参考にしてください」
「ありがとう――お、おぉ……六千万以上……」
船長に渡された書類を見て、リノキスが目を白黒させている。そうか、昨日の稼ぎは六千万クラム以上だったか。
「一日目と合わせると、一億越えております。いやはや、すごい腕前ですな」
もっと褒めるがいい。私の拳は十億以上の価値があるのだ。……まあ船長ほか乗組員が羨望の眼差しを向けるのは、私じゃなくて冒険家リーノだが。
「トルクさんから注文は?」
書類の額に震えているリノキスと、羨望の眼差しを向ける船長の間に割り込むように、私は質問してみた。そういうのは必要なことを話したあとにしてくれ。好きに憧れればいいのだ。
「そうだね、やはり火海蛇が欲しいと言っていたよ」
ああ、火海蛇か。
昨日少し探したけど、結局見つからなかったんだよな。
「高額魔獣を狙うなら火海蛇もいいと思いますよ。一昨日ほどの大きさなら、一匹一千万クラムですからな。それに――リーノさんならとっておきのやり方もありますし」
とっておき?
意味深な視線を向ける船長の言葉に、リノキスは深呼吸して書類をたたむ。
「そうね……それでいい?」
聞かれたので、頷いておいた。
船長の「とっておき」がなんなのかはわからないが、一匹一千万なら狙う相手としては悪くない。
さて。
「伝言、開けてみましょう」
甲板の真ん中に差し向かいで座ると、まずホテルで預かった伝言の確認をすることにした。
「あ、そうですね。――どうぞ、お嬢様」
どれどれ……ふむ。
ヴァンドルージュの貴族が二人と、軍の総大将殿と、冒険家組合の長と、商業組合の長と、ヴァンドルージュ支部の聖王教会と、有名な冒険家チームが三件と、孤児院か。
内容はどれも似たり寄ったりである。
会いたい、話が聞きたい、寄付しろ、の三通りだ。
一部「この時間に来い」という、こちらの都合も聞かず日時を指定してわざわざ来い、なんて我儘な伝言もあるが、付き合う理由はない。
私たちはアルトワール王国の民なので、この国の法に従う必要はあっても、この国の貴族階級や支配者特権に従う必要もない。
まあ、どうせあと二日三日でヴァンドルージュから去るのだから、無視でいいだろう。
「ほかはどうでもいいですが、孤児院がちょっと気になりますね」
「そうね」
要約すると、明日食う物にも困っているからいくらか寄付しろ、という内容である。
正直、よく知りもしない相手に金を出せなんて言う輩は、ろくなものじゃない。
が、貧困に窮する子供が本当にいるのであれば、捨て置けないという気持ちはなくはない。恥も外聞もなく誰かに金をせびらないといけないほどの状況にいるというなら、子供がかわいそうだ。
「セドーニ商会に調べてもらって、実情がわかったからいくらか出す、という方向でいいんじゃない?」
「そう、ですね。そうしましょうか」
――おっと。
「早速来た」
「お、早いですね。じゃあよろしくお願いします」
はいはい。
私は甲板の端に立ち、すぐそこにある海面を見下ろす。
……大きい方、だと思うけど、いくらくらいになるのかな?
ザバァァ ドン!!
海面を割り、大口を開けて襲い掛かってきた巨大な海蛇――火海蛇の真上を取り、思いっきり蹴り落とす。
派手な水しぶきを上げて出てきた火海蛇は、それ以上に高い水柱を上げて海に落ちた。
「はっ!」
そして命綱を結んだ薄着の冒険家リーノが、とどめを刺しに行ったかのように、海に飛び込む。
もちろん対外的なアレである。
実際はさっきの私の蹴りで頭蓋骨が砕けて死んでいるから。
――船長の「とっておき」は、低空で海面を飛んで、飛行船を襲いにきた火海蛇を返り討ちにする、というものだ。
つまり、飛行船をエサにしておびき寄せる策だ。
私たちは、今日も用意された二隻目の貨物船に移動し、甲板で待っているだけでいいのである。
冒険家リーノの強さがあれば大丈夫だろう、という乱暴で無茶なやり方である。まあそういう乱暴な無茶は嫌いじゃないが。
大変なのは、冬の海に飛び込むことになるリノキスだ。
寒空に大変だが、まあ、がんばってほしい。これもまた修行だ。それも荒行だ。荒行だと思えば私がやりたいくらいだが、リノキスに止められたから仕方ない。
「――ふぇぇぇさむいぃぃぃぃ……!」
仕留めた火海蛇を乗せるために、船が海面に降りると、びしょ濡れのリノキスが甲板によじ登ってきた。
防風に加えて気温を上げている飛行船は暖かいので、しっかり温まってほしい。
……早くも二匹目が来ているが。身体を拭く前にもう一度行ってくれ。
本日の戦果。
火海蛇、超特大三匹、大三匹。
突槍鮫、特大二匹。
鋸蛇、特大一匹。




