67.お邪魔します
「………フィーリ?」
(アラン?!)
私は、思わず窓辺へ駆け寄った。
窓から部屋に入ってきたアランの胸に、飛び込んだ。
「フィ、フィ!」
「しっ、静かにして。…扉の外に兵士がいるの」
咄嗟に、アランの口を両手で塞いだ。
なぜアランがこんなところにいるのか、むしろどうやって入ってきたの?
よく分からないけれど、きっと、外の兵士に見つかってはまずいのは分かる。
「……落ち着いた?手を離すわね?」
そっと手を放すと、アランはその場で座り込んだ。
俯きで座り込むアランの背をそっと撫でると、アランの耳と尻尾がびくっと跳ね上がった。
紺色のシャツと黒いズボンに身を包んだアランだけれど、顔や尻尾が見えています。
……ええ、尻尾がバッサバッサと大きく横振りしています。
すみません、ちょっと触らせていただいていいですか?
「フィーリ?」
「あっ、ち、違うの。そうじゃないの」
指先にふわふわ尻尾が触れるか否か、のところでアランが振り返り、思わず私は言い訳してしまった。
い、一体何を言い訳してしまっているのかしらげふんごふん。
私とアランは窓辺から少し横にずれ、外から見られない場所に移動した。
「アラン?どうして、やってきたの?」
「どうしてって、その、あの、ダンが下で様子を見てくれていて、学院では、ジャンがアリバイ作ってくれていて」
「どうやって、じゃなくて、どうして!それも、ダン達も協力しているって、なんで?!」
「フィ、フィーリ。落ち着いて、声は小さく」
「そ、そうだったわね……」
私は改めて、声を潜めてアランに問いつめた。
「……どうして?」
「フィ、フィーリ!ち、近いよ…!」
「だって、こうでもしないと聞こえないかと」
「き、聞こえるから、あの、離れてくれないと、俺…」
「俺?」
「あ、ああっ…」
アランはまた、俯きに座り込んだ。びくぴくと、背中を震わせている。
大丈夫かしら?体調が優れないのに、無理して来たのかしら?
「アラン?無理しないで…」
「お、俺、無理しない。深呼吸する。父上、母上。兄上…はダメだ、俺を笑ってる」
ぶつぶつと、家族からご先祖様の名前を呟き出すアラン。
どうしたのかしら?
真っ暗ななかでは話しにくいわ。
私は、枕の下に隠したキラキラ石を取り出して、灯り代わりにアランのところへ持っていく。
「大丈夫?」
私はキラキラ石を手に乗せて、アランの向かいに座り込んだ。
ふかふかの絨毯だから、座っても寒くないし、少しくらいの音なら響かないの。
「…ふうっ…。ああ、大丈夫。あれ?フィーリ、もしかしてそれ」
「アランも覚えてた?あの時の、石よ」
「まだ、持ってくれていたんだ……」
アランは、呆然とキラキラ石を見つめた。
アランにとっても、思い出深いのかもしれない。
「俺、ずっと、謝りたかったんだ。あのとき、俺が森の奥に引っ張っていったから、誘拐される羽目になっただろう?」
「そんなの!私こそ、ずっとお礼を言いたかったわ。拐われたとき、私を庇ってくれたでしょう。泣いて、精霊たちを呼んでしまった私のせいで、アランにも危険な目に合わせてしまって…」
「俺は、フィーリを守ろうとしたこと、誇りに思っているよ。…結局、あのときは、俺の力が足りなくてフィーリを守れなかったけど」
「子供だったじゃない」
「子供であろうと、関係ないよ」
私の言葉に、アランは強く言い切った。
その瞳は、じっと私を捉えて、さらに何かを伝えようとしているようだった。
見つめられる力に負けたのは、先に目を逸らしたのは私だった。
「あ、あのとき、アランがくれたこの石。私、どこに行くにも持っていったの。そう!見て?これ。さっき突然光り出して」
なんだか黙ってしまってはいけない気がして、早口で言い募ると、私はキラキラ石をアランに押し付けて、距離を取った。
そして、先ほど起きた出来事も早口で説明する。
「それは…珍しいことなの?俺にはよく分からないけれど」
「たぶん、珍しいわ。お願い、ダンに説明してちょうだい。ダンならきっと、調べてくれるから」
「…フィーリは、ダンのことを信じているんだな」
ちょっと考えたあと、アランはキラキラ石を受け取り、懐にしまい込んだ。
ダンに預ければ大丈夫と、私はほっとひと息つく。
「もちろんよ。ダンだもの」
キラキラ石の光がなくなって、寝室内はまた真っ暗になる。窓から漏れるわずかな月光だけが室内を照らす。
お互いの表情はよく見えないけれど、私の言葉にアランが少しだけ顔を歪ませたようだった。
あら?アランはダンのことを信用できないのかしら?
「……フィーリは、今、どんな生活しているの?大丈夫?嫌なことをさせられていない?俺たち、それを心配して忍び込んできたんだ」
ダンには、さっと聞いてさっと帰ってこいって、言われていたんだけど、とアランは続けた。
ダン、ごめんなさい。悠長に喋ってしまっていたわ。今度、胃に優しいサーシャの葉を用意するわね。あるのか分からないけど。
「ありがとう、アラン。ヴァルダー侯爵に予定は全て管理されているけれど、嫌なことはさせられないわ。陛下からある程度は言い含められているのかもしれない。皆に会いたいけど、会えないのが不満ね。ヴァルダー侯爵が認めてくれないの」
「…俺たちが、獣人でなかったら、会えたかもしれないね」
「え?どういうこと?アラン」
「何でもない!フィーリが元気なら、よかった。もし、辛くなったり、やりたいことがあれば、オーヴェ殿下を通して教えて。フィーリの為なら、俺たち何でもやるから」
「ふふ、大袈裟ね」
「大袈裟じゃない、本気だ」
アランはそう言うと、さっと立ち上がって、窓辺に近づいた。
「おやすみなさい、フィーリ。風邪を引かないように。……あの、上着を着たほうがいいと思うよ」
私ははっと自分の恰好を見下ろした。マッサージを終え、薄い夜着を身に纏っただけの恰好だ。
とてもじゃないけれど、男性の前に出る恰好ではない。
かあっと、顔が熱くなるのがわかった。
「と、突然来た、アランが…!」
赤面する私に、アランは小さく笑ったようだった。窓辺に腰かけると、そのまま口元に人差し指を持っていく。
「しっ、静かに。じゃあね」
ひらり、と飛び降りたアラン。
驚いて窓の下を覗き込むと、ダンが風の膜を張って受け止めたようだった。
あ、ダンがアランの頭を殴っている。そして怒っているようね。
(ダンも、元気そうでよかった……)
私は窓を閉めると、そのまま布団に戻った。
耳をすますが、静寂が室内を覆っていた。
(兵士達に、気づかれませんように)
アランの無事の脱出を祈って、私はそっと目を閉じた。
こんなアランくんでもいいってひと、いらっしゃいますか?笑




