61.有り余る、元気
「では……始めよ」
陛下の言葉が、始まりの合図。
打ち合わせ済みか、ダンがきっちり拡声して全生徒へ届けている。
途端野太い怒号があちらこちらから響く。
な、なになに!急に大きな声を出さないで!
「いけーっ!新入生をぶっ潰せー!!」
「今年はあっさり負けんな新入生ーーっ!!」
「フィリア殿下に良いとこ見せようって頑張り過ぎんなよーっ!!」
野次馬と化した生徒達の応援の声だった。
…応援にしては物騒な気もする!これが男子校なの⁈
こちらの世界で生を受けてから、半引きこもり、そして優しく見守ってくれる年上の男性ばかりに囲まれていた私。
こんな有り余る元気、感じたのは久しぶりだよ!
「へ、陛下…彼らは怪我をしないのですか?大事な学院の生徒達では?」
「うむ…医療班は万全の体制だ。なんだ、そなた肝が据わっているから平気かと思ったが、こういう賑やかなものは苦手か?」
「苦手とかそういう問題ではなくっ」
どうしよう、疑問や心配を感じている私がおかしいのかしら。
カザンから事前に聞いた情報にはこんなことなかったもの!!
「懐かしいな、余がカザンに目をつけたのもこれがきっかけだ。新入生のなかで最後まで立っていたのが、飛び級で留学してきた、少年のカザンでな。さすがに人数比に負けて、最後は他の新入生同様痛い目にあったようだが。…ああ、もしやカザンはこの話をそなたにしたくなかったのかもしれんな」
陛下はぽろりとこぼしたが、絶対確信犯である。
カザンも言ってくれて…いや待ちなさいフィリア。少年時代のカザンとか、どうしよう今よりももっと幼い顔つきで尻尾もフリフリして、もふもふ具合が柔らかいのよそうよ違いないわっ!
あの見事なふさふさ尻尾を持っているんだから、セベリア一族は罪な男ばかりなのよ!(アランパパ初め)
「見よ、そなたの幼馴染み達だ。なかなか優秀ではないか」
「ええっ?……アラン!ジャン!」
陛下に言われて、私は上級生と打ち合う彼らの姿を見つける。
初めて見る制服姿…黒の制服はジャンの白の毛並に似合うわ。そして制服だと!二人の!尻尾が!丸見えなの!!
どうしましょうどうしましょう!!やっぱりアランもセベリア一族ね!遠目からでも分かる尻尾のふさふさ具合!ぴーんと立ってて威嚇モードね!素敵だわ!
思わず扇で顔を隠す。だ、大丈夫よフィリア……
マイエンジェルズならともかく、二人の尻尾でいまさら…ああ!やっぱりだめ!ジャンの尻尾は楽しそうにくるくるしてる。そんな嬉しそうに上級生を倒しちゃって!
「大丈夫か…?」
「え、ええ……なんとか」
深呼吸をしながら息を整えていると、陛下はやはり女性には刺激が強い催しだったかとかなんとか呟いている。
そ、そうね刺激は強いと思います。
できるだけ二人を見ないように戦況を伺うと、上級生も闇雲に打ち合っているわけではないようだ。司令塔を立て、作戦を遂行しているようだ。
「今年の司令塔はユーリか。なかなか冷静だな」
さっきまで、私達を案内してくれていたユーリが、真っ只中にいた。
彼は長剣を振るいながら、味方に態勢の指示を出しているようだ。上級生の方が圧倒的に数は多いのだから、普通に考えれば新入生が負けるのは時間の問題だと思うが…ユーリはいくつも指示を出して味方を奮い立たせているようだ。
対して新入生の司令塔は…彼かな。焦った表情でいくつか指示を出しているようだけれど、実行するひとはいないようだ。いや、実行できないことばかり言っている…のかな?
新入生達は大体15,6歳〜、対して上級生は〜20歳ぐらいか。大の大人と少年では、体格からして新入生の不利だ。
このまま模擬戦の終わるのを待つのかな、と考える私は、ジャンが走り出したのを見つけた。
「あら…?」
ジャンは新入生の司令塔のところに走ると何かを叫ぶ。ついでに司令塔の頭を殴って気絶させた。
え?!何やってるのジャン!
驚いている間に、ジャンは両翼に走り、何事か同級生に言っている。
言われた新入生達は最初驚いていたが、徐々に動きが揃ってきた。
上級生の相手は2人一組でやり、新入生の数を極力減らさない。
バラバラだった列を整えて、おお、舞台から見るとよく分かります。両翼の新入生が一本列をなし、少しずつ後退しながら場所を移動している。
「アランといったか、ハサンに勝ったという話は本当らしいな」
陛下の声に、また目線を移して模擬戦の中心を見る。上級生が最も多く集まっていて、対峙する新入生は…アラン一人だ!
模擬槍で上級生をばったばったとなぎ倒すその姿は、新入生というよりプロの軍人だ。
模擬槍を何本も背中に用意して、折れればすぐさま持ち直している。
……ん⁈模擬槍ってそんなすぐ折れる代物ですっけ⁈
上級生のなかでも、最高学年の生徒達がアランに向かっているようだ。たった一人とはいえ、倒さない限り上級生の勝利はない。
ルールとしては、「参った」もあるようですが、使われたことは一度もないそう。
中心地のアランが一人で上級生を何人も相手にしている。円形で囲まれているが、アランは槍の特性を活かして来る者を寄せ付けない。
す、すごいよアラン!一騎当千という言葉があるけれど、まさに体現…いや動きがおかしいよ!
上級生の人数がアランに集中する。
この模擬戦は飛び道具が禁止されているらしいから、倒すには人を割かなきゃいけない。
人数が減らされる前に、先にアランだけでも倒しておこう。
ユーリがそう判断し、指示したようだ。
「まあ!陛下ご覧ください!陣形が変わりましたわ!」
「うむ、先ほどの白猫は、これを狙っていたのだな」
上級生が真ん中に集中した。
その動きにあわせて、横に後退していた新入生が一斉に前進した。
上級生の集団が、新入生に囲まれていく。
「ふむ……古典的な兵法だが、機は逃さなかったようだな」
陛下は感心して、顎に手をやり幾度か頷いた。
上級生の真正面にはアラン。その両側は2人一組の新入生に囲まれた。人数で勝ってはいても、囲まれたことで相対できる上級生の数が限られてしまったのだ。
ユーリは、陣形が変えられたことに気付いたようだ。
悔しそうだが、まだ数では勝っている。
続けて指示を出そうとユーリが手を振ったときだった。
カッと辺りが眩しくなって、私達のいる舞台が炎上した。




