43.主張
春の祝賀も滞りなく終わった、ある昼すぎのこと。
「フィリアの、デビューをいつにしようかと思ってね。来週はどう?」
フィリアです。パパさんが無茶ぶりしてきたんですが、どうしましょう。
***
「…お父さま?デビューというのは、もしかして」
「うん、社交界デビュー。年齢的にはいつデビューしてもおかしくないよ。あとはフィリアに相応しい舞台を整えるだけで」
「来週って、確か…」
「うん、陛下の誕生日。もう国中から色んな人が集まって、派手にお祝いするよ」
パパさんは、にこっと笑った。
これは、実はもう決めてましたーってことなんじゃないかしら。
「フィリア、デビューにぴったりのドレスは用意してあるからねえ」
ママさんも、にっこにこだ。
まあ、いつデビューしてもいいと思ってたのは私も一緒だし。
当日までに肌や髪のコンディションを整えて、マナーをおさらいしておこう。
そんなことを黙々と考えていたらカザンが会話に加わってきた。
「おや?もしかして、私の護衛役はじきにお役御免ということですかね」
「うーん、そうかもしれないね。カザンには色々と世話になってばかりだから、寂しいんだけど」
「そんな、私こそオーヴェ殿下にはご迷惑ばかりおかけして」
「……え、カザン、お別れになっちゃうの?」
思わずパパさんとカザンの会話を遮ってしまった。
パパさんとカザンで、なにか決めていたのでしょうか。
「フィリアにそう言ってもらえると、騎士役も冥利に尽きるね。私もいつか国に帰らないといけない身だから。大丈夫、この国にいる限りはフィリアのことは私が守るよ」
カザンは、私達家族にはよく見せてくれる、柔和な笑みを浮かべて、答えてくれた。
ようやくの帰国が嬉しいのか、ぴくぴくと耳が横揺れしている。
カザンは私の護衛となってからは、外では感情を見せないよう表情も動作も戒めた。
その代わり、私達家族だけの前ではたがを外しているようだ。
豊かなふさふさとした尻尾が静かに揺れているのを私は見逃さなかった。
ああ…!
お別れになる前に一度その尻尾を堪能させてもらわないと…!
セベリア領からこのリーヴェル国に来て、カザンは何年経つのでしょう。
少年の頃留学生としてこの国に来て、それ以来ずっとだったと思います。でも、カザンにとってセベリア領が"帰る"場所なら、寂しくてもお別れを我慢しなきゃ。
「ありがとう、カザン。お世話になりっぱなしだから、寂しくて。どう恩返ししたらいいのか。…セベリア領に帰ったら、皆様によろしく伝えてね」
「恩返しだなんて、フィリア。君が僕の妹になってくれ
「カザン、調子に乗ると痛い目をみるよ」
すぱんっ、と風を切る音がして、カザンのふさふさの耳の毛が舞った。
ダ、ダン……!!
人類の宝、ふさふさの犬耳になんてことを!
カザンもいつも以上に短気なダンにびっくりしたようだ。
「…ダン、男の嫉妬はみっともないとあれほど教えたじゃないか」
「嫉妬じゃない、断じて嫉妬じゃない。僕は当然のことを言ったまでで」
「嫉妬じゃないなら何だっていうんだよ…」
カザンの呆れ声に、ダンはふんっと鼻で返事して返した。
「ま、あとどれくらい滞在できるかは父上次第かな。私はそれまで精一杯護衛に勤めるから、よろしくね、フィリア」
「ええ、こちらこそよろしくね、カザン」
****
「ということが、ございまして」
「フィリア、寂しいの?大丈夫、僕がいるよ」
「まあ、お優しい殿下。ありがとうございます」
「カザンは故郷に帰るのかな。フィリアが昔住んでいたところだったかな?」
「ええ、6歳まで住んでおりました。幼馴染みもいて、懐かしいですわ」
話しながら人の膝にのぼってくる殿下を見て、私は小さくため息をついた。
小さい頃から可愛くて可愛くて、甘やかした結果がまさかこうなるなんて……
今日も、殿下の『突撃☆城下のユーメル邸』である。
王城から抜け出してきた殿下は、我が家でお茶の時間と称して私に会いにいらっしゃる。
乳母も護衛も続き部屋で控えているとはいえ、こんなに頻繁に王都に出てもいいんでしょうか……
「フィリア、幼馴染みってだあれ?」
殿下は私の膝に座ると、ぎゅうっと抱きついてきた。
可愛らしく、上目遣いでこちらを見上げてくる。
ふわふわとした金髪の猫毛が、鼻をくすぐって、思わず頭を撫でてしまった。
「そうですね、セベリア領では2人いまして、」
そのとき、ペタペタペタと、跳ねるような足音が聞こえた。
バンッ、と乱暴に扉を開けて入ってきたのは2人。
「あーーーっ!やっぱりデンカ!またフィーリお姉ちゃんの膝に座ったりして!退いてよ!!」
「………デンカ、退け」
「レイアちゃん!テオくん!」
エンジェルが!歩いて!いらっしゃった!!
器用に二本肢でヒレを跳ねあげるように、地面を蹴って歩く。
2人の登場に跳ね上がる鼓動。
ああ…もしこれが恋ならば、私はなんて罪深い女!
天使に懸想するだなんて!!
殿下から手を離し、鼻の辺りを押さえて情熱が溢れていないか確かめる。
だ、大丈夫……まだ大丈夫………
どこからか、小さな舌打ちが聞こえた気がした。
咄嗟に殿下を見るが、殿下は「ん?」と愛らしい笑顔を私に向けていらっしゃった。
「レイアにテオ。久しぶり?元気だった?」
殿下は、私に抱きついていた手を離して、2人に振り向いた。
レイアちゃんとテオくん、亜人である2人のことは、陛下には報告していないのだけれど、度々訪れる殿下には存在がばれてしまった。
「久しぶり、じゃないわよ。3日ぶりなんだからっ。さ、フィーリお姉ちゃんの膝から降りなさい。そこは私の場所なんだから」
レイアちゃんはえっへんと胸を張って、殿下に主張した。
「デンカ、9歳にもなって、ずるい」
最近は誘っても膝抱っこさせてくれない、テオくんが小声で呟いた。
乗りたいの⁈テオくんならいつでも大歓迎だよ!
天使達に主張されて、殿下はしぶしぶ、私の膝から降りられた。
「11歳にもなって、膝に乗るレイアはずるくないの?」
「私はいいの。だって女の子だもん」
再び、えっへんと主張するレイアちゃん。
身分感覚のない2人は、相手が殿下であろうと、あまり気にしていない。
ユーメル邸限りであるし、殿下にも気さくに話せる年の近い友人は必要であろうと、パパさんもあえて止めることはしなかった。
「ふん、11歳にもなって、子供のレイアには分からないか。いいよ、僕もう帰る。……フィリア、またね?来週お城に来るんでしょ?僕にも会いに来てね」
殿下はくるり、と私に体を向けると、小首を傾げておねだりされた。
か、可愛い。金髪蒼眼、見目麗しい殿下はどんな格好をしても可愛い。
「ええ、陛下のお誕生日ですから。王城にあがりますわ、お時間いただければ、ご挨拶させていただきます」
会いに来てね、と殿下は言うけれど、きっと当日は殿下にもたくさんの来客があるのだろう。
まだ9歳とはいえ、お忙しそうだ。
「…絶対だからね、フィリア!」
殿下はレイアちゃんとテオくんにも別れの挨拶をすると、護衛達を引き連れて王城へ帰られた。
うーん、やっぱり王子様業は大変なんだろうなあ。
従姉妹にこんなに甘えたがるなんて、よっぽど寂しい思いをしていらっしゃるに違いない。
まあ、まだ子供でいらっしゃるから、私でよければ慰めて差し上げますが…
え?なあに、レイアちゃん。どうしてそんなに怒ってるの?
殿下を簡単に膝に乗せちゃダメって?レイアちゃんしかダメって?
お姉さんそんなこと言われたら嬉しくて鼻から…あ、熱い。
ダンーーー!!!
助けてーーーー!!!!
「テオだって、ダメだからね!フィーリお姉ちゃんのお膝に乗っちゃダメ!」
フィーリお姉ちゃん、可愛ければ誰だって乗せちゃうんだから、キキカンリがなってないわ!
「うん、レイアは偉いね。ご褒美にお菓子を買ってきたよ」
「わあ、ダン!ありがとう!このお菓子食べたかったのー!」




