15.そうだ、どこか行こう
ダンの怪我が治るまで、私は毎日掃除に行った。
箒のほうが背が高くて苦労したけれど、砂を掃くぐらいはできた。
ダンが動けるようになった後は、じいやの授業を一緒に受けたり、私の遊びに付き合ってくれた。
精霊達とのお付き合いも、だいぶわかってきた、そんな感じです。
え、結局空は飛べたのかって?
……ダンをはじめ、皆が「まだ早い」というので、実験はあの一回限りです……
いつか、空を飛んでみせるんだから!
「フィリア、お出かけしようか」
ある日、お茶の時間が終わったあと、パパさんがそう声をかけてきました。
「お父さま、私お出かけしてもいいの?どこに行くの?」
私はびっくりして聞き返してしまった。1歳のあの日から、ほとんどお出かけなんてしていない。
お医者さんも仕立屋さんも、家にきてくれるのだから、外に出る用事すらなかった。
本当に久しぶりの外出だ!
「ちょっと遠いんだけれど、ヴァーレの丘に行こうと思うんだ。明日出発しようと思うから、どうしても持っていきたいものがあれば用意しておいてね」
「ヴァーレ?初めて聞くところだわ!楽しみ!」
「フィリアならそう言ってくれると思ったよ。明日、準備が整ったらすぐに出かけるから、用意は今晩の内にね」
「はあい」
お出かけだって、お出かけだって!
しかも遠出だなんて、例のピクニックの時以来じゃないかしら?
楽しみ!でも用意だなんて、何をすれば…
「お父さま、じいややダンは一緒なの?」
「うん、一緒に来てもらうよ。楽しみだねえ」
パパさんはにこっと笑って答えてくれた。ダンも一緒!ますます楽しみ!
「まあ、あなた、明日お出かけなのね。私も用意しなくっちゃ」
ママさんも、にこにこと話している。私がずっと引きこもりしてたから、ママさんも遠出は久しぶりじゃないのかな?ママさんも明日楽しみなのかな!
「お母さま、フィリアは何を用意すればいいの?」
「そうねえ、ほとんどの荷物は私が用意するわ。フィリアはどうしても持って歩きたいものだけ、用意しなさい」
「わかったわ!お部屋、戻ってます!」
お出かけだって!
何持っていこう?でもこれといって持つものはない。前世なら携帯と財布と鍵…って言うところだけど、パパさんとママさんと一緒にいれば何も問題ないもの。
せっかくだし、何かないかなあ、と引き出しを探した私は、ころん、と出てきたものを見て驚いた。
これ、きらきらだ!
アランがピクニックのときに、私にくれたきらきらだ!誘拐の騒動でなくしてしまったとばかり思ってた。
「アラン……元気かなあ」
私は自分のことが原因だし、パパさんもよくよく説明してくれたけれど、1歳のアランは理解できなかったと思う。あんなに懐いてくれたアランに、酷なことをしてしまったよね。
いつか会えたら、きちんと謝って、また友達になってもらおう。
私は自分の小さなかばんに、きらきらをそっと入れた。
翌朝、パパさんは朝食を食べてすぐ、出かけるよ、と言った。
「さあ、フィリア。上着を着て、荷物を持って。抱っこしてあげるから、一緒に乗ろうね」
せわしないぐらいに、パパさんは身支度して、ママさんをエスコートしながら玄関に向かった。
おお…この乗り物!ピクニックでも乗った生き物に似てる!
「あらあら、あなた、どこから調達してきたの?」
ママさんも、パパさんがこの生き物を連れてくるとは知らなかったようだ。
おっとりと喋りながらも、パパさんにエスコートされるまま輿に乗り込む。
私もパパさんに抱っこされたまま乗り込むと、じいやとダンが既に待っていた。
「ダン!お出かけだよ!楽しみだね!」
今日は白いシャツに紺のズボンを着ているダン。一瞬裸かと思っ……てなんかいないからね!
私はダンの横に腰を降ろした。ダンはなにか言いたげにこちらを見たけれど、結局何も言わない。
「じゃあ皆、出発するよ」
パパさんは御者席に座ったようだ。え、パパさんが手綱を握るの?
「そおれっ」
パパさんはのんびりとしたかけ声をかけた。そしてラクダもどきの輿はゆっくりと進み出す。
(ーーーーてっ!どうーーー待てっ!)
「あれ?」
私は声が聞こえた気がして、輿のカーテンを少しめくった。
意外と足が早いなこのラクダもどき。もうお家があんなに遠くに見えるーー
そしてセベリア邸から駆けてくる人の姿が……ってアランパパだよ!
ああ!
数年ぶりにお見かけしても変わらぬ姿!
やっぱり格好良い!!
「待てっ!どういうつもりだっ!オーヴェ!貴様っ!」
アランパパもラクダもどきに騎乗し、私達と併走していた。そして相変わらずの渋低い声で、パパさんを怒鳴りつけている……ん?怒鳴ってる?
「オーヴェ!貴様!逃げる気か!」
「やだなあ、ハサン。見ての通り、家族の時間を過ごしにお出かけするだけだよ。ちゃんと戻ってくるから、留守の間になにかあったらよろしくねえ」
「留守にするのに変わりないではないか!どこに行くつもりだ!輿から降りろ!」
「ハサン、そんな怖い顔しても止まらないよー」
二人の会話が頭のなかを通り過ぎていく。
え、どういうこと?ただのお出かけだよね?それとも、私が家を出るのがそんなに大ごとなの?
おっとりと二人の会話を聞いていたママさんが、カーテンの隙間から顔を出した。
「セベリア様ー、うちの主人が、いつも、ご迷惑おかけしておりますー。久しぶりのお出かけで、フィリアも楽しみにしておりますの。行ってきますねー」
「奥方殿!そういう問題ではない!その馬鹿を止めてください!」
パパさん達が会話していながらも、ラクダもどきは進む進む。併走している間に、町の外に出そうだ。
「やっぱりハサンはしつこいなあ。先生、すみませんが、お願いします」
「ほっほ、旦那様がお声かけくださるから、もしやと思っておりましたよ」
じいやは、白い髭をふっさふさと揺らして笑うと、ママさんとは反対側のカーテンを開けて外を見た。
「……ほおっ」
気の抜けるかけ声をひとつ。
私は、地の精霊達が反応したのがわかった。
ぶももももも、と不気味な音を立てて、地面が大きく盛り上がる。
ぼごっ、とアランパパの騎乗するラクダもどきの前に壁を作った。
じいや!すごい!!
「…っ!足止めする気か!オーヴェ!貴様!覚えておけ!」
「ごめん、最近物覚えが悪くて。年かもしれない。じゃあ留守の間はよろしくー」
じいやの精霊術に感動するも、パパさん達の会話が気になってしかたない!
え!パパさんとアランパパってそんな仲良しの関係だったの⁈
領主と特使の間柄じゃなかったの⁈
「お、お父さま…!よかったのですか⁈」
「ああ、フィリアは優しいねえ。セベリア殿のことなら心配いらないよ。そうそう、これから長い旅路になるから、休めるときはしっかり休むんだよ」
旅路⁈
聞いてないよパパさん!!
「さあ、ヴァーレの丘に、出発進行ー」
フィリア=ユーメル、久しぶりのお出かけは衝撃が大きすぎました。
フィリア は ひきこもり から たびびと へ しんかした!




