14.風とともに
目を覚ました私はまず思いました。
ごめんなさいごめんなさいもうしません!!
ママさんの涙には、一生敵いません。
パパさんとママさんがベッド脇の椅子に座っていました。
ママさんは私の手をぎゅうっと握っています。その目には涙がほろほろと。
私が目を覚ましたことに気がついて、ママさんとパパさんが抱き合って喜んでいます。
「フィリア、心配したのよ。まったく、とんでもないことをする子なんだから」
ママさんは、私の頭をそっと撫でました。
私はまだ少し、ぼうっとする頭で考えます。
あれ、どうやって助かったんだろう。
「ダンくんに、後できちんと御礼を言いなさい」
パパさんが、水の入ったコップを渡してくれます。
寝ていた体を起こすと、全身がずきずきと痛みます。筋肉痛のような打ち身のような。
でも動けない傷ではありません。あの高さから落ちたら、普通ならもっと……
「ダン!ダンはどこ⁈」
まさか!
私は思わず叫ぶと、パパさんとママさんを置いて部屋から飛び出ました。ダンの部屋は、私の部屋から少し離れたところにある、小さめの客室です。
「ダン!」
ノックもせず部屋の扉を開けてしまいました。
飛び込んだ部屋のなかでは、ベッドに寝るダンと、付き添うじいやの姿があります。
「ほっほ、フィリア様。目を覚まされましたか、よかったよかった」
じいやは、白髭をふさふさ揺らしながら笑いました。
「じいや!ダンは大丈夫?私、もしかして、ダン……」
「全治一ヶ月というところですかのう。いやいや、よくやったと言うべきか、我が弟子ながらと言いますか、まあ頑張ったようですな」
「一ヶ月……」
私は慌ててダンの枕元にすがりました。
目元が黒い毛色なので遠目からはわかりませんでしたが、起きていたようです。
「ダン、ダンが助けてくれたの?ごめんね?痛いよね、ごめんね…」
痛いのは私じゃないのに、涙がじわりと浮かんできました。
私の好奇心からひとに迷惑をかけてしまったことに、ただただ申し訳ない気持ちがいっぱいで、涙が止まりません。
そよ、と風が頬に当たりました。
「…フィリアのお転婆」
「…ダン?」
少し掠れた声は、ダンのものでしょうか。
「フィリアのお転婆娘。お師さまから教えてもらっているところなのに、なに考えてたの。僕がいなかったらどうなると思ってたの」
開いた窓から強風が吹き込んできます。
痛っ、砂が目に、涙が止まらないよ!
「砂ぐらい我慢して。ねえ、僕怒ってるんだよ。修行の身で無茶しないでよ。そんなちっちゃい体で、精霊に遊ばれたら、どんな目に遭うと思ってるの」
「ダン!ごめん、ごめんなさい……」
「口が笑ってる。だめ、許さないんだから」
だって、初めてダンの声が聞けたことと、ダンが私の身を心配して怒ってることが嬉しくて、おかしな表情になっていたのでしょう。
「ごめんなさい、ダン。もうしないわ」
私はダンの目をじっと見つめた。少しでも気持ちが伝わるように。
ダンは、ちらりと私の目を見返すと、軽くため息をついた。
「…僕のいないところで、無茶しないこと。フィリアのお転婆は直らないから、それで許してあげる」
「ダン……優しすぎるよ」
「フィリアだけだから。…フィリアは僕の妹みたいなものだから。分かったら、今回の罰として部屋のなか掃き掃除していって。砂がひどいから。僕は寝てるけど」
ダンはそう言って、目を閉じた。もうこれでお喋りはおしまい、ということらしい。
「うん、わかったわ!箒を持ってくるから!…ありがとう、ダン、大好き!」
私はダンのもふもふの頭に、軽くぎゅっと抱きつくと、階下に掃除道具を取りにいった。
いた、痛いよ身体中……
でも私は動けるから、ちゃんとお詫びしなくちゃ。
「ほっほ、ダンや、顔が真っ赤じゃぞ」
「………毛があるからわかんないでしょ。適当なこと言わないで」
「ほっほ、フィリア様は奥様に似てらっしゃるのう。大事にしたいのなら、側で見てあげなさい。うかうかしてるとどこかに行ってしまうぞ」
「だからフィリアは妹みたいなものだって」
そこで言葉を切ると、ダンはずっと気になっていたことをつぶやいた。
「………ねえ、お師さま。今日、フィリアを受け止めたのは僕だけど、精霊達が助けてくれたよ。あの子、すごいよ」
ダンは師匠の目をじっと見た。
好々爺とした表情で、何を考えているのか読み取れない。
師匠も旦那さまも、フィリアが精霊の申し子として特異なことを教えていない。
まだ小さいから?
「あの子、そんなに子どもじゃないよ。しっかりしてる。教えてあげられること、教えた方がいいんじゃないの?」
「ほっほ、ダンは心配性じゃのう。そんなにフィリア様が大事か。よいことじゃ。心配せずとも、旦那さまも私もよおく考えているから、安心しなさい」
また師匠にあしらわれた。
ダンは拗ねたように顔をしかめたが、白黒の毛並のせいであまり違いが出ない。
「…ダンや、しっかりし過ぎてるからこそ、知識は制限しておかねば。幼い時間を、守ってさしあげねばのう」
「……それって!」
ぶおっ
叫んだ途端、ますますの強風が吹き込んできた。ああ、また砂が運ばれてきた……
「…フィリア様のためにも、今日はここまでとしようか」
こくこく、とダンは黙って頷いた。
もうじき、フィリアが掃除道具を持ってくるだろう。怒りのあまり、罰なんて言っちゃったけど、旦那さまはよかったのかな。
……もういいや、寝よう。
ダンは、師匠に目配せすると、そのまま目を閉じて、眠りに入った。
風とともに、砂が。
ダンくんは、自分の洗濯したズボンが見当たらなくて探していたところ、フィリアの悲鳴を聞いて駆けつけました。




