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ロックはジンの課題の話を、一旦置いておいて、先程の来客の事を聞いた。
「なぁミド……さっきのタキシード野郎は何者だ?」
ミドは苦笑いして言った。
「師匠を勧誘しようとしている方です」
「ジンを……」
「はい……何でも交易会社の方らしく……優秀な技術屋である師匠を雇いたいそうです」
ロックは腕組みをした。
「まぁ……アイツの技術力は誰でも欲しいだろからなぁ……。軍を辞めた今なら引く手あまたか……」
「でも師匠は聞く耳を持たなかったようです……」
ロックは笑った。
「ハハッ……そりゃそうだ。アイツがサラリーマンってガラかよっ……。そんでオメェの所に来て、ジンを説得してくれってか?」
ミドは苦笑いした。
「はい……。でも師匠は、僕の声にも耳を貸しませんから……」
ロックはジンの話に戻した。
「で……その師匠からの課題に、ほんとに心当たりはないのか?」
「無いことはないんですが……」
ロックは目を見開いた。
「あんのか?」
ミドは煮え切らない表情で言った。
「多分あれだと思います。ついてきて下さい……」
ミドはロックを連れて、工場の奥に向かった。工場の奥にはミドの机らしき物があり、机の上は図面やらなんやらで、とっ散らかっていた。
ミドは机の引き出しを開けて、一枚のディスクを取り出した。
ロックはそれを見て言った。
「何だそりゃ?」
「飛空挺のシステムプログラムです……」
ロックは難しそうな表情をした。
「何だそりゃ?」
「簡単に言えば、これがないと飛空挺は飛ばないんです」
「大事なもんじゃねぇか……。それが課題で……未完成なのか?」
ミドは首を横に振った。
「完成しています……」
ロックは再び目を丸くした。
「じゃあクリアじゃんか……」
ミドは渋い表情をしている。
ロックは言った。
「何か問題があるのか?」
「怖いんです……」
「何が?」
「このディスクに……人の命を預けるのが……」
ミドは暗い表情だ。
ロックは怪訝な表情をした。
「人の命を?どういう意味だ?」
「このディスクで飛空挺を起動させて……もし墜ちたら……。そう思うと、怖いんです」
ミドの自信の無さそうな様子に、ロックは言った。
「ジンが俺をここによこした理由が……わかったぜ……」
ロックはミドに言った。
「あそこにある船……俺は専門家じゃねぇけど、凄ぇってのはわかる……」
いきなりのロックの言葉に、ミドはキョトンとした。
ロックは言った。
「オメェがジンの教えを受けて……そしてそれを再現するのに、凄ぇ努力したってのが……あの造りかけの船から伝わってくるよ」
そう言うとロックは、ミドの手にあるディスクを、奪い取った。
ミドは驚いた様子で言った。
「なっ、何をっ!?」
ロックはニヤリとした。
「俺の命を……お前の技術力に預けてやるよ」
ロックは自分の命をミドに預けると、確かに言った。ミドは理解できないと言った様子で、ロックを見た。
ロックは言った。
「オメェを信じて言ってんだ……。だからよぉ、自信を持ちな……」
ミドは目を見開いた。
(この人は何を言っているんだ?会ったばかりの、この僕を信じて……命を預けるなんて……)
ミドはロックの目をじっくり見た。ロックの目は何かを見据えるような……迷いのない目だ。
(師匠と同じ目……。そうか師匠を信じているから……こんな僕でも信じれるんだ……)
そう思いながらミドは軽く笑った。
「ハハッ……凄いですね……あの時代を生きた人達は……」
笑ったミドを見て、ロックも軽く笑った。
「へっ……その表情だ……。それじゃあ、御師匠様に卒業証書でも、貰いに行くか……」
「はいっ!」
ミドの返事には力がこもっていた。
……夕刻…ジンの研究所……
エリスとジンは休憩を予て、コテージでお茶をしていた。
外は日が落ちかけていて、薄暗くなってきた。
そんな外の様子を、窓から確認したエリスは、苦笑いした。
「はは……ヤッパ待っててよかった……」
ジンが言った。
「この様子だと……戻って来るのは今晩か、明日の朝だな……」
「でも別に焦る必要はないでしょ?」
エリスがそう言うと、ジンは感慨深い表情をした。
「それはどうだろうか……」
エリスはキョトンとした。
「えっ?」
するとその時だった。玄関の鐘の音がコテージに響いた。
カランカラン……カランカラン……。
エリスは自然と玄関に視線を送った。
「誰?お客さん?……わたし出てくる」
そう言うとエリスは玄関に行き、入口の扉をゆっくり開けた。
ドアを開けると、そこには漆黒のスーツを身に纏った、一人の男が立っていた。
エリスはその男の顔を見た。
男はエリスに冷たい視線を送った。
エリスは瞬時に反応した。
(ヤバイっ!!)
エリスはそう思ったと同時に、大きく後ろへ二歩、三歩、四歩と跳んで離れた。
玄関に立っていたのは、アデルの軍人ガゼルだった。
ジンはガゼルを確認すると、うすら笑みを浮かべた。
「これはまた……珍しい客人だ……」
ガゼルはジンを見ると、ニヤリとした。
「久しぶりだな……ジン……」
ガゼルの悪どい面構えに、エリスの背筋は凍りついた。
「なっ、何?ジン博士……知り合い?」
ガゼルはエリスを見て言った。
「何だその女は?関係者か?」
ジンはガゼルに言った。
「元『アデル十傑』のガゼル殿が……こんな辺鄙な所に、何用かな?」
エリスはジンを見た。
(アデル十傑?)
ジンは言った。
「まどろっこしいのは嫌いでな……。単刀直入に言う。ジン・マクベス……国家転覆の嫌疑により、アデルの名の元……貴様を拘束する」
エリスは目を見開いた。
「こっ、国家転覆っ!?ジン博士が?」
ガゼルは怪訝な表情をした。
「何だ……知らねぇのか?まぁいい……女、お前も一緒に来てもらう……」
エリス絶句した……。今日知り合ったばかりのジンと、一緒にいたために、国家転覆の疑いがかけられたのだ。
しかしジンは動じることなく言った。
「濡れ衣だ……と、言っても無駄か……」
ガゼルはニヤリとした。
「よくわかってるじゃねぇか……。まぁ抵抗してもいいんだぜ……」
ガゼルは懐から、黒光りしたトンファーを二本取りだし、二人に向けた。
ジンは言った。
「まさか……一騎当千の力を持つと言われている貴殿と、真っ向からやり合うほど、私は愚かではないよ」
ジンの言うことはごもっともで、このガゼルという男のただならぬ雰囲気を、エリスも直感で感じていた。
(かといって……このまま拘束されるわけには……)
エリスがそうこう考えている間に、ガゼルは二人に一歩……また一歩と詰め寄ってくる。
そしてガゼルが、二人までの距離、数メールに近づいた時だった。
ヒュンッ……。
ガゼルの後頭部に目掛けて、何かが飛んできた。
ガゼルはトンファーでなんなくそれを弾くと、飛んできた物は、勢いよく壁に当たった。
エリスはそれを見て呟いた。
「石?……あっ……」
ガゼルに石を投げたのはロックだった。
エリスは思わずロックに叫んだ。
「ロックーッ!」
ガゼルの表情はピクリとなった。
「ロック……だとぉ……」
ロックの隣にはミドもいて、研究所のただならぬ雰囲気に、ミドはオドオドしている。
ロックはエリスの様子に、呆れた様子で言った。
「ほんとにトラブルが多いな……お前は……」
エリスはムッとした表情で言った。
「何でわたしのせいなのよっ!」
ロックの登場にガゼルは、不気味に笑い出した。
「ククククッ……アーハハハハッ……」
ガゼルの様子に、エリスもミドも不気味がっている。
ガゼルはロックの方を振り向いて言った。
「ハーネスト……。この任務は……アタリだぜ」
ロックはガゼルを睨んだ。
「ガゼル……」
二人の対峙に、研究所はただならぬ雰囲気に包まれた。




