8:ダンジョンの門番
「食べていくなら、さっさと注文してよね。そこの新人は、持ち場につくように」
「了解!」
私は慌ててカウンターの奥に回る。
「その子に相手してもらいたかったら、飲み物の一つでも頼みなよ。うちのドリンク係だから」
なにげに、商売上手なアロー。彼に言われて二人は私を凝視する。
「じゃあ、酒だ! 今日は夜まで仕事がないからな!! 濃くて強いやつを頼む!」
「俺もお酒。でも、そこまで強くないのがいいな。そこのアルコール中毒者とは違うから」
「誰がアル中だ!!」
軽口をたたき合っている二人は、とても仲がよさそうに見える。
「甘さはどうしますか? 嫌いな味などあります?」
尋ねると、二人は少し驚いた様子で答える。
この世界には、飲み物同士を混ぜる概念がないから、戸惑っているのだろう。
昨日のレーナやアロー、メイダンのように。
「俺は甘すぎなければ、なんでもいいが。景気づけに、グイッといけそうなやつを頼む。とりあえず、強い酒だ!」
「お任せした方が楽しそう。俺は辛すぎなければなんでも」
二人のタイプは、まったく正反対だ。今ある材料でできるメニューを考える。
今朝買い足したお酒を使ってみよう。
まずは、鹿の獣人のお酒から造り始める。
アルコール度数高めで、濃くて、甘すぎないカクテル。
手早く、ブランデー風のお酒を用意する。
ブランデー、ラム、グレナデンシロップ、レモンジュース、氷を臨時シェイカーで混ぜ合わせる。
ラムには透明で軽い味わいのものや、茶色で深い味わい、その中間の味わいのものがある。
酒の製法の違いで変わるのだが、今回は無色透明の軽い味わいのラムを使った。
前世のグレナデンシロップは、ザクロの果汁と砂糖を混ぜたシロップだ。
シュルツの街で、それっぽいものを見つけて買ってみた。
こうして作るのは、スリー・ミラーズという大人っぽい雰囲気のカクテルだ。
ブランデーとラムを用いているので、当然アルコール度数は高い。
道具と材料が微妙に違うので、前世とまったく同じ飲み物はできない。
けれど、似たカクテルにはなっていると思う。
「どうぞ」
「うおっ、なんだこりゃ……酒を混ぜたのか?」
面白そうにカクテルを見た鹿の獣人は、さっそくグラスに口をつけた。
「なんだ、これ、初めての感覚だ。だが、うまい!! 癖がなくて飲みやすい酒だ」
兎の獣人が耳をピクピクさせながら、彼を眺めている。
「ねえ、僕のも早く欲しいな。こんな光景を見せられちゃあね」
「今作りますね」
今度はアルコール度数低めで、辛すぎないものを準備する。
せっかくなので、こちらも今朝入手したお酒を使ってみよう。
氷を入れたタンブラーに、苦めの薬草系リキュール、グレナデンシロップ、ソーダを注ぎ、軽く混ぜて作る。
こちらの世界にもソーダはあるけれど、人々は単体で飲むのだそう。飲み物をソーダで割る発想がないらしい。
できあがったのは、ほんのり甘い、アメール・ピコン・ハイボールと呼ばれるお酒。
苦い薬草リキュールは、ソーダと混ぜることで飲みやすくなる。
「お待たせしました」
差し出されたカクテルを、嬉しそうに口に含む兎の獣人。
勢いよくお酒が減っていくので、気に入ってもらえたようだ。
「すごい子を雇ったな、レーナ」
食事を運んできたレーナに、友人たちが話しかけた。
「まあね。まったく、昼から酒を頼むなんて、あんたたちくらいよ。どうせなら、夜も来なさい」
「非番の日なら行くよ。今日は夜勤だからね」
わけがわかっていない私に、レーナが説明してくれた。
「そっちの鹿がディヤ、兎がバニ。シュルツのダンジョンの門番で、魔物が街に飛び出さないように見張る仕事をしているの」
ダンジョンには階層があり、深ければ深いほど強い魔物が出るという。
門の近くには弱い魔物しか出ないけれど、街で悪さをしたら大変なので門番が監視し、街に飛び出しそうなものを退治するそうだ。
門番の仕事に就く者は大勢いて、交代でダンジョンの門を見張る。
ディヤさんとバニさんは、今日の夜に門番の仕事があるということだった。
けれど、またしても酒を頼もうと動く二人。
カクテルは、意外とアルコール度数が高めだけれど、大丈夫だろうか。
「あんたたち、今日は二杯だけにしておきなさい。夜は魔物が活発になる時間よ。しっかり仕事して」
レーナは若いのに、まるでお母さんのようだ。
獣人二人組は彼女と仲がいいようで、怒られても嬉しそうだ。
いや、怒られるのが好きで喜ぶ人たちか?
世の中には、いろいろな趣味嗜好を持つ人がいる。
私は、何も言わないことにした。




