5:もふもふにお酒を作ってみる
ジン風の酒に、レモンジュースと少量の砂糖を加えてシェイクする。
タンブラー風のグラスに注いで氷を入れ、炭酸水も投入。軽く混ぜれば完成。
「お待たせしました。ジン・フィズ(もどき)です!」
ジン・フィズは、レモンスカッシュにジンをプラスしたような、爽やかなカクテルだ。
さっぱりとしたのどごしで、甘すぎない。かといって、辛くもない。
フィズという名前は、ソーダの炭酸ガスがはじける「シュッ!」という音からつけられたそうだ。駄洒落ではないよ。
「わぁ! こんなの初めて見た! 人間って、変なことをするのね!」
隣の国同士だが、セレーニとアゼロックの交流はほとんどない。
人間と獣人の相互理解も進んでいないのが実情だ。
もっとも、この世界にはカクテル自体が存在しないのだが。
「おいしい! さっぱりしていて飲みやすい!」
レーナを見ていたアローが、少しソワソワし始めた。
「よければ、何か作ろうか?」
「……っ!」
アローの尻尾の先がピクピク動いている。レーナとアローは猫の獣人みたいだ。
「甘いやつにしてあげて。この子、子供舌なの」
「ほっとけ!」
甘めの飲み物をご所望ということで、私は今あるジュースを確認した。
レモンの他には、アップルとオレンジ。迷うなあ。
「では、シンプルに!」
今度は、ウォッカっぽいお酒とアップルジュースを使ってカクテルを作る。
グラスに氷を入れ、ウォッカを注ぎ、アップルジュースを加えてゆっくり混ぜる。
「どうぞ。ビッグ・アップルです」
カクテル初心者にも優しい飲み物だ。ウォッカ・アップルジュースとも呼ばれている。
ちなみに、アップルジュースをオレンジジュースに変えると、スクリュードライバーという有名なカクテルになる。
「たしかに、飲み物同士を混ぜるという発想はなかったな。まずかったら、クビだよ?」
ぷりぷり文句を言いながら、アローはビッグ・アップルに口をつけた。
「……おいしい。いや、なんでもない」
そっぽを向いてしまったアローだけれど、カクテルは気に入ってくれたみたいでホッとする。クビにならずに済んだようだ。
二人はゆっくり、お酒を楽しんでいる。
私も飲んでいいとのことなので、スクリュードライバーを作った。
もうすっかり元気なので、アルコールも平気だ。
ちなみに、魔法学園を卒業したエルシーは十八歳で、異世界では成人と見なされる。
このカクテルの名前は、油田で働く作業員たちが、マドラー代わりにドライバーを使ってウォッカとオレンジジュースを混ぜたことからついた。
ジュースのようでアルコールの強さがわかりにくいお酒なので、女性を酔わす「レディー・キラー」とも呼ばれる。飲み過ぎには、ご注意を。
「仕方がないから、明日からあんたをドリンク係に任命する。今店にある材料で作れる酒を全部教えて。メニューを作るから」
ツンツンした態度のアローが言った。とりあえず、認めてもらえて嬉しい。
「ありがとう!」
「明日は買い出しだから、追加して欲しいジュースがあれば教えて」
「いいの?」
「この国には、既存の飲み物同士を混ぜる習慣がない。あんたの作る酒で、かなり稼げそうだ」
というわけで、明日の朝は買い出しに行くことに決まった。
食堂は昼前に開くので、朝のうちに買い出しを済ませているのだそう。
使ったものを片付け、メニューを書き出して部屋に戻ると、何もしていないというのに疲れが押し寄せてきた。
「私、これからどうなるんだろう」
いや、どうなるのかではない。やるしかないのだ。
運良く掴んだ第二の人生を生きていくために。
だから、今日はさっさと寝て明日に備えよう。
窓の外を見れば、銀色の星が怖いほど近くて、今にも降ってきそうだった。
夜中に開いている店はなく、街灯もまばらで全体が暗い。
改めて、ここは異世界なのだと認識する。
「拾ってもらえて、職もすぐにもらえて……私はラッキーだ」
そのことを胸に刻んで目を閉じた。




