4:傾国のヒロインは魔法が使えない
「三人体制で、私を監視するの?」
メイダンが行ってしまったので、私はレーナとアローに問いかけた。
すると、肩をすくめたレーナがすまなそうに答える。
「ごめんね、あなたをだますようなこと言っちゃって。監視というより、ここでお世話をするつもりだったの」
「あんた、隣国で何やらかしたの。女一人、身一つで追放とか、よほどの罪を犯したんだろ」
二人の言葉を聞いて、私は首を傾げた。
「メイダンから私について、何も知らされていないの?」
「あんたの罪状は教えられていないよ」
「そっか。簡単に言うと、阿呆な愛憎劇によって国を傾けちゃったの」
「……なんだそれは」
アローはドン引いている。
「私(の前の魂)が、王太子やほか数名の貴族を誘惑してしまって。公爵令嬢の罪をでっち上げて糾弾したところ、返り討ちに遭ってしまって。仲良くなった王太子や貴族の皆さんと一緒に追放されたの。どうやら、彼らも国のお金を使って私に貢ぎ物をしていたみたいなんだよね」
記憶の中の公爵令嬢は、そんな内容を口にしていた。
あとは、この婚約は公爵令嬢が幼い頃に国が決めたことで、彼女は昔から王妃教育をウンタラカンタラ……
駄目だ。前の魂には難しすぎる話だったのか、単に興味がなかったのか(たぶん、両方だ)、公爵令嬢の生い立ちについては、記憶がふわふわしている。
「メイダンが、『男どもに見放された』と言っていたっけ」
「あー……自業自得なんだけどね。自分たちが罪を被ったのはお前のせいだと言われて、食料と有り金全部持って行かれた。丸一日、水と食料なしで荒野を彷徨って、倒れたところをメイダンが助けてくれたみたい」
「仮にも、元王太子や貴族が、全部の責任を一人の女になすりつけたの? それも、こんなヒョロヒョロして弱そうな奴に!?」
アローは信じられないという様子で、目を細める。
「私がやらかした事件、結構大ニュースだと思うけど。隣の国には届いていないんだね」
「時間差の問題か、あるいは……大醜聞だから隠しているのかも。あいつらのやりそうなことだ」
「セレーニ国に良い印象を持っていないの?」
「ほとんどの獣人は、あの国が嫌いだ。種族的に魔力を持たない僕らを『知性のない獣だ』と言って、馬鹿にしてくるからね。確かにレーナや僕は魔法を放てないけど、人間の放つ魔法を避けて、あいつらの喉元を爪で掻き切るくらいはできるよ?」
猫のような瞳に獰猛な笑みを浮かべ、アローはニッと笑ってみせる。
「ふぅん。私は人間だけど、魔法なんてろくに出せないよ?」
事実である。エルシーは学園で習う基本の基本、五大元素の初級魔法すら使えない。
体の浄化や簡単な治癒などの、生活関連魔法だって使えない。
勉強を、さぼりにさぼっていたからだ。
できるのは、魔力で動く魔法道具(元の世界の家電のようなもの)に魔力を送ることだけ。
「あんた、そんなのでよく国を傾けられたよね」
「そうよね。どちらかというと、鈍……ずる賢いタイプじゃないように思えるわ。仕事だって、できるか不安」
今、「鈍い」って言おうとした!? レーナまで、酷い!
「そ、そんなことないよ?」
言い訳すると、「じゃあ何ができるの?」と突っ込まれてしまった。
「簡単な料理はできるし、お酒を作るのが得意」
「酒造り?」
「ではなくて、お酒やジュースを混ぜ合わせて……カクテルを作ったり」
「カク? 何かの魔法?」
レーナやアローは、本気で不思議そうな顔をしている。
どうしよう、この世界、カクテルがないかもしれない!
前の魂の記憶の中にも、全くカクテルが出てきていないのだ。
単体の酒やワインや果実酒、リキュールやジュースはあるみたいだけれど。
「うーん、説明が難しい。この店、何か飲み物はある? 作ってみれば、わかってもらえると思うのだけれど」
「はあ? おかしな魔法をぶっ放すんじゃないだろうね?」
「しないよ。というか、できない。メイダンに聞けば、わかると思うけど、私、魔法方面は本当にポンコツだから」
話していると、レーナが私の手を引き、店のカウンターへ案内した。
「うちの店、飲み物の種類は豊富よ。せっかくだから、私に何か作ってくれる?」
「わかった、カウンターを借りるね」
魔法の使えない獣人たちは、「魔石」を使った道具を家電代わりに生活している。
前の魂にも、少しは獣人の知識があったようだ。
人間が魔力を流して道具を使う代わりに、獣人は魔力を出す石、魔石をセットして道具を動かす。
その魔石は、「ダンジョン」という自然発生する迷宮で魔物を倒せば得ることができるのだ。
魔物というのは、元の世界の動物に該当する生き物である。
ただし、ダンジョンに住む魔物は、どういう理屈かわからないが凶暴で攻撃的。
そのほとんどが、人間や獣人を襲ってくる。
だから、魔法に長けた人間や、力自慢の獣人がダンジョンに潜り、魔物を退治し魔石を手にして戻ってくる。
彼らは依頼された魔物を倒したり、魔石を売ったりして生計を立てていた。
ここのキッチンには、冷蔵庫や冷凍庫代わりの道具もある。
グラスも揃っているので、問題なくお酒を作れそうだ。
ただ、前世とは異なる種類のため、それぞれの酒を味見してから作る必要がある。
「さあ、どれでもじゃんじゃん使ってちょうだい」
「レーナ、酒の無駄遣いは止めさせてよね」
姉弟の会話を余所に、私は酒の味見を始めていた。
ふむ、これはジンっぽい。こっちはウォッカで、リキュールっぽいものも揃っている。
確かに、酒の種類は豊富なようだ。ジュース類や、ミントやレモンなどの食材もあった。
なんと、ソーダまである!
「どう? できるかしら?」
「大丈夫、作れるよ。どんなお酒が好み?」
「そうね。甘さ控えめの、スッキリしたものがいいわ。私たち二人とも成人しているから、お酒を飲んで大丈夫よ!」
「かしこまりました」
店員風に答え、酒を作り始める。
シェーカーがなかったので、似た形の水筒を借りた。
即席なので、元の世界のように完璧なカクテルはできないかもしれない。
というか、元の世界でも見習いの身。
けれど、生活がかかっているので必死だ。




