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11:公爵令嬢と獣人の事情

「帰りたくないの? 公爵令嬢に会いたくない?」

「帰る必要がないだろ。俺は他の取り巻き連中とは違う」

「えっ……」

 

 意外な答えが返ってきた。

 

「確かに、お前と公爵令嬢なら、公爵令嬢の方が百倍マシだ」

「へいへい、そうでしょうとも」

 

 前の魂のしたことを思い起こせば、彼の反応は至極真っ当だ。

 

「だが、俺は公爵令嬢を盲目的に信仰しているわけじゃない」


 美人で賢くて善人で権力者。非の打ち所のない相手だと感じるのだけれど。

 

「公爵令嬢は幼かったにもかかわらず、国を挙げて奴隷を解放したでしょう? 獣人の味方だし、彼女を好意的に見ているんじゃ……」

 

 メイダンは冷静に質問に答える。

 

「どうだかな。本当のところは、誰にもわからない。俺を含めた獣人側は、『公爵令嬢には別の目的があった』と考えている。あのとき、多くの獣人は鉱山奴隷だった」

 

 セレーニ国の南側には貴重な宝石の採れる大きな鉱山が存在する。

 ただし、宝石を掘り当てる作業は危険なものだった。鉱山労働では土砂崩れに巻き込まれたり、有害な物質で体を壊したりする。

 

 現場作業は過酷で賃金も安く、進んでやりたがる人間はいない。

 そこで、奴隷の出番だ。

 

 捕まえた獣人奴隷を安くで買った鉱山の持ち主は、彼らを無給かつ無休で死と隣り合わせの坑道に送り込んだ。

 そして、鉱山の持ち主たち……南側の領地を持つ貴族たちは巨万の富を得た。

 

 一方、中央の貴族や王族はそれをよく思わなかった。

 自分たちの権力の基盤を崩す恐れがあったからだ。 

 だから、北側の貴族も巻き込んで、南側の貴族に攻撃を開始した。

 

「結局、『奴隷解放』というのは、体のいい偽善的なスローガン」

 

 南側の貴族の力をそぐには、彼らの資金の元を絶つのが一番。

 彼らが裕福なのは、奴隷労働によって得た宝石で儲けているから。

 奴隷がいなければ、彼らの商売は成り立たない。

 だから、「正義の名の下に、彼らが奴隷を使えないようにしてしまえばいい」と、考えたのだ。


「つまり、そういう流れ」

「だとしても、奴隷から解放されたんだから、獣人にとって公爵令嬢は恩人ではないの?」

「そう考える奴もいる。俺の親父は鉱山奴隷じゃなかったが、『一家で公爵家にお仕えします』とか言い出して、俺らを巻き込みセレーニへ移住した。で、今も公爵家で働いている」

「あなたもでしょ?」

「…………」

 

「奴隷から解放されただけで、獣人の扱い自体はさほど変わっていない。セレーニ国の獣人は社会的に地位が低く賃金の安い職にしか就けず、生活も貧しいまま。僅かな賃金をもらい、奴隷労働を続けているようなものだ。公爵家で働く親父は他の獣人よりは多く稼いでいるが、あの中では末端の護衛職。俺も同じ」

 

 メイダンは、彼の父親を恨んでいるかのような口ぶりだ。

 

「俺はアゼロックで気楽に暮らせる方がいい。だから、お前をここまで運んだ」

「私をだしにして、シュルツの街で暮らそうという魂胆……?」

 

 にやりと悪い笑みを浮かべるメイダン。


「あんな成績を取っていたのに、案外賢いじゃないか。くれぐれも逃げようなんて考えるなよ。俺のアゼロック・ライフを邪魔したら、身ぐるみ剥いで荒れ地に放り出すからな」

 

 なんて奴だ!

 けれど、獣人側の言い分も理解できるし、経緯はどうであれ私は彼に助けられている。

 ここでの生活を手放したくない私と、利害は一致している。


「わかってる。私も、ここを放り出されたら行く当てがないもの。何度も言うけれど、逃げる気はないから」

 

 優良寄生先を失うわけにはいかない。


「外に出るときも、レーナやアローが一緒だから大丈夫」

「以前とは別人みたいだ。さすがに、懲りたか」

「……ええと、そんなところ」

 

 正直に話しても、きっと信用してもらえない。

 私が別の魂だなんて。

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