10:深夜のランニングと不思議な監視役
ジンは、大麦やライ麦など穀類が原料の蒸留酒。ジュニパーベリーというハーブで香りづけされている。さっぱりしていて、カクテルによく用いられる酒だ。
ジンにも色々あるけれど、私が使っているのは、ドライ・ジンという種類。
今日作るカクテルは、辛さの順で行くと、ジンの他にソーダを注いだジン・リッキーが一番すっきりしている。
次にトニックウォーターを入れたジン・トニック。
レモンジュースとジンジャーエールを使ったジン・バック。
オレンジジュース、レモンジュース、砂糖、ソーダで作るオレンジ・フィズは一番甘い。
それぞれ、カットしたライムを入れて出す。
ちなみに、メイダンのカクテルに利用したトニックウォーターは、ソーダに柑橘類の皮から抽出されたエキス、砂糖を加えたものだ。
前世と完全に同じとはいかないけれど、それらしい飲み物を朝に発見して買った。
材料さえあれば、自分で作ることも可能だ。
全員でお酒を飲み始める。
変なものを入れていないのは、わかってもらえたはずだ。
「うん、おいしいわ。変わったところはないけれど」
「だよね、昨日と同じ。効果が出るまで時間がかかるのかな」
双子は首を傾げながら言った。
少しして、メイダンが立ち上がって店の外に出る。
人が歩いていないことを確認すると、埃っぽい深夜の道を走り始めた。
何をする気なのだろう。
観察していると、遠くまで行っていたであろう彼が戻ってくる。
「……いくら走っても息切れしない。全然疲れなくなっている」
「そんな馬鹿な!?」
レーナやアローまで走りに出かけてしまった。私も気になるので、メイダンを伴って走りに行く。
その結果、いくら走っても全く疲れない効果があるのは本当だとわかった。
いかにも運動音痴そうな私まで、スイスイ走れたのだから疑いようがない
今日のレーナが体調がいいと言っていたのは、このせいだったのだ。
「だとすれば、魔力で効果を付与しているのか。魔法を使った形跡はないから生まれつきの加護か? いや、まさかな。加護持ちなんて幻の生き物だし」
メイダンは、ブツブツとつぶやいている。
その横で、アローは言った。
「今朝の僕の感じとは違うな。もっとこう、力が出たんだ」
「日中の俺は今より早く動けた。だが、今回は疲れないだけで早さは通常に戻っている。酒の種類やアルコールの有無が問題なのか? 持続時間も決まっているかもしれないな」
昨日、アローの酒にはウォッカを使った。
そして、メイダンに渡したのはレモネードだった。
入れる酒によって効果が異なるかもしれない。
「どうしよう。お酒、提供しない方がいい?」
恐る恐る尋ねると、レーナとアローが大きく首を振った。
「その逆! 売り出しましょう!」
「まずは検証だね! きっと酒によって効果が変わるんだよ。どんな効果があるかわからないから、出すときに注意が必要だけどね。今のところ、マイナスの効果はないみたいだ」
引き続き検証するという。
ちなみに、明日は休みなので、酒の効果を見るために利き酒大会をすることが決まった。
ようやく仕事を終え、私は部屋に戻る。
自分の作った酒のおかげで、今は疲れが取れたけれど。慣れない場所での暮らしは神経を使う。
風呂へ行った帰り、廊下でメイダンとすれ違った。
向こうも私を見て足を止める。
「ねえ、私をこのままにしていていいの?」
「逃げなければ問題ない」
「公爵令嬢のところへ帰らなくていいの?」
「構わない。報告だけ送っときゃな」
私はメイダンの態度に違和感を覚えた。
前の魂の記憶によれば、公爵令嬢の味方は彼女に心酔する者が多い。
幼い貴族令嬢の偉業に、その類い希な知識や商才に、まっすぐな行動力に。
完全にアウェイな状況から、国を味方につけ、王太子すら追放してしまった手腕に。
取り巻きたちが公爵令嬢に持つ感情は、信仰に近い。
けれど、メイダンにはそれがない。
彼は確かに公爵令嬢の取り巻きで、彼女の護衛だったのに。
本来なら、すぐにでも帰りたいと思うのではないだろうか。
戻って、公爵令嬢に手柄を報告して褒められたい。そう考えるものではないのか?




