1:ざまぁ後ヒロインのライフはゼロよ!
かつての私は大学生で、小さなバーの見習いアルバイトだった。
趣味は小説や漫画を読むことと、お酒を作って飲むこと。一応、成人している。
老年の店主が体調を崩して入院し、店が畳まれてしまったある日、私はうっかり事故に遭って創世神様の元へ召された。
そこで、麗しい美少年姿の創世神様はおっしゃった。
「新しい人生を生きたいかい?」
本来ならば死後の魂は他の魂と混じり合って、自我が消えてしまうそうだ。
ただ、彼が管理している世界は地球のほかにも存在するらしく、そちらで魂の欠員が出た。
正確に言うと、前に転生させた魂が「もう消えたい」と訴えており、代わりになる魂を探していたのだとか。
穴埋めで第二の人生を生きられるなんて、こんなおいしい話があるだろうか。
私はだまされない、とことん疑ってかかるぞ!
……と思っていたのだが、気づけばまんまと丸め込まれ、転生手続きをされていた。
「いってらっしゃい~♪ 加護をつけてあげるから、僕を楽しませてね~♪」
小憎たらしく手を振る彼の姿を見たのを最後に、私は転生してしまったのだ。「もう消えたい」などと口に出すような状況の女性に。
くそ、創世神様め、今度会ったら文句を言ってやる!
このときの私は知らなかった。文句を言うくらいでは済まない状況に陥っていることを。
※
気づけば私は、見るからに荒れ、赤土に覆われた大地に転がっていた。
申し訳程度に短い草が生えるほかは、何もない。どういう状況なのだ、これは!
そういえば、創世神様は前の魂の記憶を残しておくなんて話していた。
それを辿れば、今の状況がわかるに違いない。
手間取るかと思ったが、過去を思い出そうとすればあっさりと、記憶を覗くことができた。そして、私はその記憶を見たことを後悔した。
私の転生先は、セレーニ国の元男爵令嬢、エルシー・ヒルベル。
お金持ちの成り上がり貴族、ヒルベル男爵家の養子らしい。
ただ、「もう消えたい」と願っていた前の魂は、はっきり言って酷い性格をしていた。
私のものは私のもの、お前のものも私のもの……を地で行く女子。
十五歳で父に引き取られ、貴族の学園に入ったのをいいことに、やりたい放題し始めるエルシー。
勉強も魔法も(この世界には魔法がある)おろそかな彼女は、将来玉の輿に乗るために、イケメンあさりに余念がなかった!
婚約者のいるイケメンに次々手を出し、陥落させていくその手際は、他人ながら見事の一言に尽きる。
だが、公爵令嬢の婚約者である王太子に懸想したあたりから、雲行きが怪しくなる。
嘘の罪を公爵令嬢に着せ、彼女の悪い噂(もちろん作り話)を王太子に囁き始めるエルシー。
すでに彼女に心酔している取り巻きたちを操り、エルシーはついに王太子と相思相愛になる。なお、エルシーは取り巻きたちとも相思相愛の仲だった。
結婚相手は王太子に決めていたが、他のメンバーとの逢瀬をする気満々だったようだ。
そして、卒業式に悲劇は起こる。
エルシーに陥落している王太子が、公爵令嬢に「貴様との婚約を破棄する!」と宣言してしまったのだ。取り巻き連中も一緒に公爵令嬢を糾弾。
エルシーはここでも、架空の罪をでっち上げていた。公爵令嬢に殺されそうになったと訴えている。
だが、この日の公爵令嬢は言われっぱなしではなく、証拠を固めて自らの無実を立証した。
さらに、彼女のサイドには優秀と名高い第二王子、第三王子や、公爵家の兄や弟や執事や護衛や、その他の優秀な貴族の皆様がついていた。
公爵令嬢はエルシーと愉快な仲間たちの罪を読み上げ、逆にざまぁしてきたのである。
ついでに、エルシーの八股もばれた。
結果、エルシーと愉快な仲間たちは大敗を喫し、王太子は廃嫡後に王族から籍を抜かれて国外追放、他の貴族たちも廃嫡あるいは幽閉や追放。
甘い汁を吸っていた実家の男爵家は、取り潰しの憂き目に遭った。
エルシーも諸悪の根源として、身一つで王太子や一部の取り巻きと一緒に追放されている。
国境まで見張りがついてきたし、二度と国内に戻ることは許されない。
これが一ヶ月前。
さらに、有り金や貴重品を全部持って、元王太子や取り巻きたちが逃げたのが一日前。
ざまぁ後の彼らは、こうなった元凶のエルシーを恨んでおり、無一文で荒野に置き去りにしたのだ。八股がばれたのだから、仕方がない。
現在、エルシーは一人寂しく、隣国へと続く荒野を歩いている。
そして、ついに力尽きた(今ここ)。
そりゃあ、元の魂も消えたくなるわな……
「それにしても」
この荒野、かなり暑くて蜃気楼が見える。
(食べ物も水も持って行かれたから、放っておいても元の魂は消えてしまったのじゃないかな。意識も朦朧としているし)
そんなことを考えていると、上から大量の水が降ってきた。
気付けのために、水を浴びせられたようだ。
続いて、うつ伏せに倒れている私の目の前に誰かの靴が飛び込んできた。
「おい、起きろ」
この状況下で、無茶を言う。
(というか、誰!? いきなり他人に水をぶっかけるなんて、酷いわね!)
無視していると、足でごろんと転がされ、仰向けにされた。
きれいな銀髪の青年が、汚物を見るような目で私を睨んでいる。
(あんたに水をかけられたせいで、全身泥まみれなんですけど!)
クレームを言う元気がないのが残念だ。
「人間とは、脆弱なものだ。仕方がない……」
何がどう仕方がないのか。
見知らぬ他人に水をぶっかけられるいわれはないと思うのだが!?
しかし、脆弱らしい私の体は限界を迎えたようで、都合よく気絶してしまった。




