前編『家族とよく会う日』
特別編7
7月13日、木曜日。
俺・長瀬和真が通っている私立常盤学院大学付属高等学校は、前日に球技大会が実施され、今日から再び半日期間である。
今日の授業までに先週実施された期末試験の全科目の答案が返却され、どの科目も高得点だった。100点満点の科目もいくつもあるので、中間試験に続いて期末試験でも3年生の文系クラスでの上位者一覧に載ることができるだろう。
俺の妻の長瀬優奈は全科目で100点満点だった。優奈は本当に凄いな。1年生の1学期の中間試験から続く連続1位確定だ。
俺達の友人の西山颯太、井上萌音さん、佐伯千尋さんもまずまずの結果。赤点科目は1つもなかったので、そのことに3人ともほっとした様子だった。
俺も優奈達も赤点なく無事に期末試験を終えられて何よりだ。
放課後。
今日は午後2時からバイトだ。なので、優奈と井上さんと一緒に学校の食堂でお昼ご飯を食べてから、俺はバイト先のマスタードーナッツというドーナッツ屋さんに向かった。
男性用の更衣室で、俺は学校の制服からお店の制服に着替える。飲食物を取り扱うので、優奈との結婚指輪を外して。毎度、このタイミングで「今日もバイトを頑張るか」という気持ちになれる。……午後6時までのバイトを頑張ろう。
俺は更衣室を出てカウンターに向かい、今日の仕事を始める。
平日のお昼過ぎなので、いつもバイトをする平日の夕方や休日よりはお客様の数は少ない。ただ、カウンター席やテーブル席はそれなりに埋まっているし、お客様が時折来店される。なので、なかなかの賑わいだ。
あと、この時間帯だけど、うちの高校を含め制服姿のお客様もそこそこいる。うちの高校のように、お昼で学校が終わる学校が多いのだろう。
いつもバイトするときとは少し違った店内の雰囲気を感じながら、俺はカウンターでの接客を中心に仕事をしていく。
バイトを始めてから1時間ほど経ったとき、
「お疲れ様、和真」
俺の母・梨子が来店してきた。大きめの買い物袋を持っているので買い物の帰りだろうか。俺と目が合うと、母さんはニコッと笑って小さく手を振ってくる。
「いらっしゃいませ。……母さん、買い物帰りか?」
「ええ。お店の前を通ったら和真の姿が見えたから立ち寄ったわ。あと、お土産にドーナッツを買おうかなと思って」
「そうか」
俺が小さい頃から、母さんはたまにお土産でマスタードーナッツのドーナッツを買ってきてくれる。また、高校生になって俺がこのお店でバイトを始めてからは、こうして俺が接客するときもある。
「そういえば、先週に期末試験があったのよね。もう答案は返されたの?」
母さんは俺を見つめながらそう訊いてきた。親として期末試験がどうだったか知っておきたいよな。もしかしたら、俺に直接訊くのもここに立ち寄った理由かもしれない。
「ああ、今日までに全科目返却されたよ。どの科目も良かった。現代文とかコミュニケーション英語とか満点の科目もあったし」
「そうなのね。いい結果で良かったわ。まあ、和真なら大丈夫だと思ったけどね」
穏やかな笑顔でそう言う母さん。入学した頃から定期試験である程度の点数を取り続けているので、信頼してくれているのだろう。
「この調子で勉強を頑張りなさい。……あと、優奈ちゃんはどうだった? 姑として気になってね。和真と一緒に暮らしているし」
「今回も全科目100点満点だったよ」
「それは凄いわね。さすがは優奈ちゃん」
「俺も同感だ。あと、優奈と一緒に勉強して、分からないところを教えてもらったおかげで俺もいい結果になったと思ってる」
「そうなのね。夫婦共にいい結果で良かったわ」
母さんはニコッと笑いながらそう言った。ただ、安堵の笑みにも見えた。姑として、優奈が俺と結婚して一緒に住んでも成績を維持できていることに安心しているのかもしれない。
「いつまでもここでお話ししちゃいけないわね。持ち帰りでドーナッツを購入するわ」
「かしこまりました」
その後、母さんは父・拓也と真央姉さんへのお土産と、自分が食べる分のドーナッツをお持ち帰りで購入した。3人ともうちのお店のドーナッツが大好きだから、3人が美味しそうに食べる姿が目に浮かぶよ。
俺も今日のバイトが終わったら、優奈へのお土産にドーナッツを買おうかな。優奈もここのドーナッツが大好きだから。
数が多いので、母さんから注文されたドーナッツをお持ち帰り用の手提げの箱に詰めた。
「お待たせしました。商品になります」
「ありがとう」
ドーナッツが入った手提げの箱を母さんに渡した。
「和真。この後もバイト頑張ってね」
「ああ、ありがとう。またのご来店をお待ちしております」
息子としてお礼を言って、店員として感謝の言葉を伝えると母さんは俺に小さく手を振ってお店を後にした。
母さんに接客したらこれまでのバイトの疲れが少し取れたな。ちょっと元気も出た。こういう風に思えるのはバイトを始めて2年以上経ったことでの慣れと、実家を離れて普段から顔を見ることが当たり前ではなくなったからかもしれない。バイトを始めた直後の頃にお店に来られたときは気恥ずかしく思ったのにな。
その後、15分ほどの休憩を一度挟んで、仕事を続けていく。
そして、午後4時を過ぎた頃、
「あっ、カズ君いた!」
真央姉さんがやってきた。大きめのトートバッグを持っているし、夕方の時間帯になっているので大学からの帰りかな。
真央姉さんはニッコリとした笑顔で俺に手を振りながら、俺が担当するカウンターにやってきた。
「カズ君、ここまでバイトお疲れ様!」
「ありがとう、真央姉さん。姉さんは大学からの帰りか?」
「うんっ! 講義が終わってスマホを見たら、お母さんとお父さんと私がメンバーのグループトークにお母さんから『お土産でドーナッツ買ったよ。和真に接客してもらった』ってメッセージが来てて。それで、カズ君に会いたくて来たの」
「なるほど。そういうことだったのか」
「うんっ! カズ君に会えて嬉しいよ!」
真央姉さんは言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言った。この笑顔で俺と会えて嬉しいと言えるのは姉さんらしいし、ブラコンって感じだ。
ちなみに、これまでも真央姉さんは大学の帰りにこうしてマスタードーナッツに立ち寄ったことが何度もある。
「そりゃどうも。母さんだけじゃなくて姉さんにも会えて嬉しいよ」
「カズ君にそう言ってもらえてお姉ちゃん幸せだよっ。カズ君がバイト中じゃなかったら抱きしめてた」
えへへっ、と真央姉さんは声に出して笑う。そんな姉さんの笑顔が幸せそうなものに変わって。この反応もまたブラコンの姉さんらしさを感じるよ。
「あと、昨日メッセージを送ったけど、球技大会でサッカー第3位おめでとう!」
「ありがとう」
昨日の夜、真央姉さんから『そういえば今日は球技大会だったよね。結果はどうだった?』とメッセージが来たので、俺と西山が出場したサッカーも、優奈と井上さんと佐伯さんが出場したバスケットボールも3位だったことを伝えた。そうしたらすぐに『おめでとう!』と返信をくれて。お祝いの言葉は何度言われても嬉しいし、どんな形で言われても嬉しいものだ。
「ドーナッツはお母さんがお土産で買ってくれたから、ドーナッツに合う飲み物をお持ち帰りで買うよ」
「かしこまりました。どの飲み物にしますか?」
「そうだね……アイスコーヒーにするよ。Sサイズで」
「アイスコーヒーのSサイズですね。ガムシロップとミルクはお付けしますか?」
「どちらもいりません」
「どちらもなしですね」
「はい。以上で」
「250円になります」
その後、真央姉さんはキャッシュレス決済で代金を支払った。
お持ち帰り用のSサイズのカップにアイスコーヒーを入れ、ストローと一緒に真央姉さんに渡した。
「アイスコーヒーのSサイズになります」
「ありがとう。家に帰ったら、このコーヒーを飲みながらドーナッツをいただくよ。カズ君、この後もバイトを頑張ってね!」
「ああ、ありがとう。またのご来店をお待ちしております」
「うんっ、またね!」
真央姉さんは笑顔で手を振ると、お店を後にした。
母さんだけでなく真央姉さんも来てくれるとは。まさか、父さんが来るなんてことがあるだろうか。ただ、俺のシフトは午後6時までだし、父さんも仕事の定時は午後6時だから、バイト中に父さんと会う可能性はほとんどなさそうだな。
午後4時を過ぎて夕方の時間帯になったのもあり、バイトに入った直後よりも来店されるお客様が多くなってきた。ただ、いつも平日にバイトをするときの時間帯だし、お客様の数もこのくらいなので特別に大変だとは思わない。
カウンターでの接客を中心に仕事をしていき……あと30分ほどでバイトが終わる午後5時半過ぎのことだった。
「おっ、和真」
父さんが来店してきたのだ。クールビズのスーツ姿だし、ビジネスバッグを持っているから仕事帰り……かな?
俺と目が合うと、父さんは穏やかに微笑みながら俺が担当するカウンターまでやってきた。
「いらっしゃいませ。……今は5時半過ぎだけど、仕事帰りか?」
「ああ、そうだよ。今日は夕方に取引先で会議があってね。思ったよりも早く終わったんだ。直帰することになっていたから、そのまま取引先から帰ってきたんだ」
「そういうことだったのか」
だから、この時間にマスタードーナッツに来ることができたんだな。
「父さん、仕事お疲れ様」
「ありがとう。和真もここまでバイトお疲れ様」
「ありがとう」
「……せっかく早く仕事が終わったし、母さんからお土産でドーナッツを買って和真に接客してもらったってグループトークにメッセージがあったから、バイトをしている和真に会おうと思ってここに来たんだ。それに、ドーナッツを食べるときに飲むアイスティーを買いたくてね」
「なるほどな。……まさか、バイト中に父さんに会うとは思わなかった。今日のシフトは午後6時までだし」
「ははっ、そうか。定時で終わるのは6時だもんな」
「だよな。……ちなみに、真央姉さんも来たんだ。アイスコーヒーを買ってった。父さんが来たから、これで実家の家族はみんな来たことになるよ」
「そうか。……真央も来ていたか。まあ、母さんのあのメッセージを見たら真央も来るか」
父さんは穏やかな笑顔のままそう言った。真央姉さんのブラコンぶりを父さんはもちろん知っている。だから、こういう反応になるか。
「あと、母さんから個別トークで、期末試験の結果についてメッセージが来ていたよ。期末も高得点を取れて何よりだ。優奈さんも点数を維持できたそうだね」
「ああ。優奈も俺もいい結果になったよ」
「そうか。期末試験もお疲れ様。……いつまでもここで話していたら、他のお客さんに迷惑になりそうかな。注文していいかい?」
「ああ。……ご注文をお伺いします」
「アイスティーのSサイズをお持ち帰りで。あと、ミルクやガムシロップはいらないよ」
「お持ち帰りで、アイスティーのSサイズですね。ミルクとガムシロップはなしで」
「ああ。あと、アイスコーヒーのSサイズも。真央も僕も飲み物を買ったから、母さんにも飲み物を買おうと思ってね。それに、母さんはコーヒーが好きだし」
「そうか」
父さんらしい優しさだな。母さん、喜ぶんじゃないだろうか。
あと、バイトが終わったら優奈のお土産にドーナッツを買おうと思っているけど、父さんを見習って今日は飲み物も買おうかな。優奈、ここのお店の飲み物も好きだし。
「ガムシロップとミルクはどうしますか?」
「どっちもいらないな。母さんはブラックが好きだし。それに、甘いものを一緒に食べるときはブラックを飲むことがほとんどだから」
「どちらもなしですね。かしこまりました。500円になります」
その後、真央姉さんのときと同じく、父さんはキャッシュレス決済で代金を支払った。
父さんから注文されたドリンクを用意する。2人分あるので、手提げの袋にドリンクとストローを入れて父さんに手渡した。
「お待たせしました。アイスティーのSサイズとアイスコーヒーのSサイズになります」
「ありがとう。午後6時までってことは、あと30分くらいか。最後まで頑張って」
「ああ。ありがとう、父さん。またのご来店をお待ちしております」
「ああ」
父さんはそう返事して、お店を後にした。
さっき父さんにも言ったけど、これで実家に住んでいる家族全員と接客したな。これまで3人で一緒に来店した際に接客したことはあるけど、3人別々で来店して接客したのは今日が初めてだと思う。今日は家族とよく会う日だな。実家から離れて毎日当たり前に顔を見せる環境ではなくなったからそう思う。
その後も仕事をして、シフト通り午後6時に終わった。
バイトを上がり、更衣室で学校の制服に着替え、スタッフ用の出入口からお店を出た。ただ、優奈へのお土産のドーナッツと飲み物を買うため、お客様の出入口から再びお店に入った。
ショーケースに並ぶ商品を見て、どのドーナッツをお土産に買うか考える。これまでにドーナッツを食べた優奈を思い出し、特に喜びそうなものを選んだ。俺も優奈と一緒にドーナッツを食べたいので数種類選んだ。
飲み物は……優奈はコーヒーも紅茶も好きだからな。アイスコーヒーとアイスティーを1つずつ買おう。それで、好きな方を優奈に選んでもらおう。
ドーナッツと飲み物を購入してお店を後にする。そして、妻の優奈という大好きな家族がいる自宅へと帰る。
「ただいま、優奈」
「おかえりなさい、和真君」
優奈は笑顔で玄関まで出迎えてくれる。その流れでおかえりのキスをする。
優奈の笑顔を見て、優奈とキスをするおかげで、今日の学校やバイトの疲れが取れていく感じがした。
優奈から唇を離すと、目の前には優奈の可愛らしい笑顔があって。あぁ、幸せだ。
「優奈。今日はお土産にドーナッツと飲み物を買ってきたよ」
「わぁっ、嬉しいです! ありがとうございます!」
優奈はニコッとした嬉しい笑顔を見せる。まだ食べていないけど、さっそく買ってきて良かったなって思える。
「バイト中に母さんが来て、お土産にドーナッツを買っていったんだ。その後に真央姉さんと父さんも来て。2人とも飲み物を買ったんだけど、父さんは母さんにってコーヒーも買って。それもあって、優奈にお土産にドーナッツと飲み物を買おうって思ったんだ」
「そうだったんですね」
「ああ。ドーナッツを数種類買ってきた。飲み物はアイスコーヒーとアイスティーがあるよ。夕食後のデザートに一緒にいただこう」
「そうですねっ。デザートの時間が楽しみですっ!」
優奈は弾んだ声でそう言った。俺も夕食後のデザートの時間が楽しみだ。優奈がお土産のドーナッツや飲み物を楽しんで、笑顔になってくれたら嬉しいな。
新しい特別編です! この特別編は前後編構成になります。
後編は明日(1/29)公開する予定です。よろしくお願いします。




