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巫女ねえちゃんは、ひまじゃない!  作者: 日々一陽
第8章 巫女姉ちゃんは押しかける
21/22

一話

 桜井家は築40年経つアパートにあった。

 

 ちょっと手狭なLDKと三つの部屋。

 昔、健太と健二は同じ部屋で寝ていたが、今、健太は両親の寝室だった部屋を使っている。決して広くはないけれどプライバシーが守られた快適な空間だ。

 学校から帰った健太は、誰もいないリビングで椅子にもたれて大きく息を吐いた。

 今日は健二と初穂はクッキーを作りに行ったはず。

 朝、材料代として健二に千円札二枚を握らせた。


「いいか、学校帰りに行ってもいいけど、材料代はちゃんと払うんだぞ」


 健二の話では一緒にスーパーで買い物するところから始めるのだという。

 なるほど、そうしないと次は自分で、と言うときに困る。やっぱり気が利く。健太は気付いている。自分の気持ちが目を瞑れないほどに大きくなっていることに。綺麗なのは昔から。でも、彼女のことを知れば知るほど、もっともっと惹かれてしまう。健二も初穂も懐いていて毎日とても嬉しそう。こんな日がずっと続けばいいのに。


 今日のご飯は美味しいカレー。

 一晩寝かせた美味しいカレー。

 付け添えはよく浸かったラッキョをいっぱい。

 健二も初穂もよく食べる。好き嫌いもあるけれど、常識の範囲内。

 たった三人の家族、子供ばかりの家族、仲良くやらなきゃ終わってしまう――

 いつもは賑やかなリビングで健太は壁時計を見るとお米を磨いで炊飯器にセットする。そうして食卓に教科書を広げると宿題に取りかかった。普段は夜、自分の部屋でするのだが、今日は誰もいないし早めに済まそうと思う。


 ピンポーン


 誰だろう、荷物が届く予定もないし、ご近所付き合いもほとんどないし、あいつらが帰ってくるには早すぎる。


「はーい」


 玄関を開けると健二がにへらと笑っていた。


「あのさあ兄ちゃん、家で作ることにした」

「……へ?」

「こんにちは。お邪魔します」

「え?」


 白いブラウスにベージュのキュロット、大きなボストンバックを手にした少女の長い黒髪がさらりと揺れた。


「俺ん家でクッキー作ることになった。上がるぞ」

「おいおいおいおい、ちょっと待て。散らかってるからちょっと……」

「そんなの気にしなくていいって巫女ねえちゃんが。さあさあどうぞ上がって上がって」

「おい健二、そんな勝手に……」

「あの、お邪魔しますね」


 健二に手を引っ張られ、美月子はパンプスを脱いだ。


「と言う訳だよ、健太お兄ちゃん。台所使うね」

「初穂までどういうことだ?」

「次から自分で作るためには、やっぱり家で焼かなきゃ、条件も変わっちゃうし」

「けどうちには粉ふるいとか器具が全く……」

「大丈夫です。全部持ってきました」

「えっ、あっ、でもっ」

「キッチンお借りしてもいいですか?」

「え、あ、はい」


 初穂に背中を押された美月子はリビングを抜けそのままキッチンへと入っていった。

 健太は慌てて部屋を見回す。床に散らかった健二のお絵かき道具やマンガを片付ける。ボストンバックから器具を取り出した美月子は材料をキッチンに並べ、健二と初穂にクッキーの作り方を教え始めた。一通りリビングを片付けた健太は、テーブルに広げたノートと教科書を仕舞う。

「お勉強のお邪魔をしたみたいでごめんなさい」

「大丈夫、丁度終わったとこだから」


 キッチンは美月子と小学生ふたりが立てば、もう満員。

 手伝えることがないかを確認した健太は、仕方なく少し離れて様子を見守る。

 三人は楽しそう。若い女性が家にいると雰囲気がこうも違うのだ。いつもの調理風景とは全然。そもそも、僕はふたりに色々ちゃんと教えきれているだろうか? 小学生のふたりにはやっぱり親がいた方が…… いやそれは考えても仕方のないこと――


「初穂もやってみる~っ!」

「あ、俺が先だぞ」

「じゃあ初穂ちゃんからね。お兄ちゃんは待ってようね」

「ちぇっ。巫女ねえちゃん不平等だ」


 不平を言いつつも健二は美月子にべったりだ。


「あの、ご一緒にどうですか?」

「いいですいいです。こいつらにビシッと教えてやってください」

「はい――」


 それから暫くして。

 生地が出来るとラップをして暫く寝かせる。あとは好きな形を作って焼くだけ。

 一段落付いた美月子は丁寧に手を洗うと、テーブルで本を読んでいた健太の前に立った。


「お線香、あげてもいいですか?」


 小さな仏壇をチラリと見つめた美月子、一瞬驚いた健太はすぐに穏やかに。


「ありがとうございます」


 立てられたふたりの写真は幸せそうで、美月子は神妙に手を合わせる。線香の芳香が微かに漂い、ゆっくり時間が流れる。


「ありがと、巫女ねえちゃん」


 立ち上がると両手に生地をいっぱい付けて健二と初穂が見つめていた。


「みんなのご両親にご挨拶させていただきました」

「えっと、それはちょっと違うな。俺と初穂の両親と、兄ちゃんのお母さんだ」

「え?」

「健二兄ちゃん一言多い!」

「でも、兄ちゃんのお父さんはどこかにいるんだぞ」

「二言多い!」

「だって事実だぞ!」

「三言多いっ!」


 騒ぐふたりから視線を外した美月子は、チラリと横目で健太を伺った。



 二話へ続く

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