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巫女ねえちゃんは、ひまじゃない!  作者: 日々一陽
第6章 神様からの美味しい返礼品
16/22

二話

 月曜日。

 美月子は社務所で図形問題とにらめっこ。

 あさってからは中間試験。

 もちろんここで試験勉強するのはいけないかもって思うけど、でもひまだし、タダ働きなのだから神様だって大目に見てくれるだろう。うちの神様は大らかなのだ、と美月子は勝手に決めつけている。

 ちなみに、昨日は勉強がはかどった。健二くんたちが来なかったから。


「三人で親戚の家に行くから日曜は来れないんだ。ごめんな。次は月曜日にな」


とは健二くんの言葉。まるでカラオケ喫茶常連さんのセリフだ。だんだんサロン化する神社の社務所で、美月子は疲れた脳の栄養補給にバターたっぷりのクッキーを頬張る。そうして背伸びをするとまた次の問題へと向き合った。


「巫女ねえちゃん、ひっさしぶり~っ!」


 常連さんの登場だ。

 額に絆創膏の健二くん、一日空いただけなのに久しぶりとは少し嬉しい美月子。もはやカラオケ喫茶の若ママ気分である。


「あ~ら健二くんじゃな~い。待ってたわよ~っ」

「あれっ? 今日はノリが違うぞ」

「あ、おじいちゃん行きつけのカラオケ喫茶のノリで、つい」

「カラオケ喫茶? カラオケボックスとは違うのか?」

「ええ、違うわよ。気合いが違うの。あれは人生道ね。マイク持って一礼して―― って、まあそんなことはいいじゃない、昨日はどうだった?」

「親戚の家に行ったことか? つまらなかったぞ」

「どうして?」


 健二は腕を組んで、いかにも考えるポーズを取る。


「親戚んちは大人ばっかりだし、ゲームもないんだ。でも、電車にいっぱい乗れたのは良かったかな。あと、食べ物は断然旨かった。あれが料理ってもんだ。あ、兄ちゃんには内緒だぞ」

「分かってる。怒られるんだね」

「ううん、それくらいじゃ兄ちゃん怒らない。怖いのは、出来もしないのに対抗して謎な料理を大量生産することだ」

「へえ~っ、頑張るんだ」

「だな。だから俺も初穂も兄ちゃんは好きだ。でもな、やっぱり不味いもんは不味いぞ」

「お兄さん可哀想」

「だって不味いんだぞ。ハンバーグのミンチに栄養付くようにってニラとかハチミツとか混ぜるし、ビーフシチューも材料最高なのに謎の香辛料を入れまくるんだ。オリエンタルな香り満載になるぞ。普通のシチューの素だけで作りゃ絶対旨いのに。あ~あ。料理教室が歩いてこないかな~っ」


 がっくりと肩を落とした健二に美月子はちょっとテンションを上げて。


「そうだ。これ、食べる?」

「あ、クッキーだ。いただきっ!」

「…… どう?」

「うまっ! めっちゃ旨い。バターとかいっぱいの贅沢な味がするな!」

「そう、それは良かった」


 ニコニコ笑顔の健二くん。その背景で参拝客が手水を行っていた。中年の男性がひとり。美月子の視線を追って後ろを向いた健二は驚きを隠さない。


「へえ~っ、お客さんだ。何年ぶりだ?」

「酷い言われようね」


 軽装の男性は参拝を行うと、社務所の方へと向かってくる。健二は黙って脇へ移動した。


「ようこそお参りくださいました」


 巫女ねえちゃんの声はハッキリと明瞭で、健二は改めてプロだなと感心してしまう。


御朱印ごしゅいんいただけますか?」


 ごしゅいんって何だ、そんなの売ってたっけ、と健二は中年男性を見る。中年と言うにはまだ若いかも知れない、ちょっと太っちょで腰にバッグを巻き付けている。


「御朱印帳はお持ちですか?」

「はい、ここに」

「では、300円のお納めになります」


 健二は空気を読んで離れて見る。

 巫女ねえちゃんはノートみたいなのに筆でゆっくり丁寧に何かを書いている。キリリと真剣な巫女ねえちゃんの顔、なんかカッコイイ。やがて大きな判子をじっくり押すと、ノートをおじさんに返した。

 チラリと見えたノートには神社の名前が大きく綺麗に大人の字で書かれていた。赤くでっかい判子が押されて、他にも筆で色々なことが、大人の字で書かれている。

 何かカッコイイ!

 健二は美月子を頼もしく感じた。


「すごいな巫女ねえちゃん、習字が得意なんだな!」

「頑張れば健二くんだって出来るわよ」

「俺も習字は得意だけど、巫女ねえちゃんの字は断然格好いいぞ!」

「ありがとうございます」

「ところでさっきのは何だ? 巫女ねえちゃんのファンがサインを貰いに来たのか?」

「違うわよ。あれは御朱印と言ってね、神社を参拝いただいて、ご縁があった記録としてお渡ししているの。神社のスタンプラリーみたいなものかな」

「へえ~っ。格好いいスタンプだな」

「ありがとうございます。最近流行ってるらしいのよ」


 誉められてまんざらでもない美月子。


「巫女ねえちゃん、ボロ儲けだな」

「滅多に来ませんし、神様へのお納めですから」

「神様かあ。兄ちゃんは「人の世には人しかいない」って言うけどな」

「……」

「鬼もいないけど神もいないって…… あ、ごめん」

「ううん、いいよ。お兄さんは無神論者なんだ」

「だな。お守りも自分のは買わないし、おみくじも引かない。でも、前からじゃないぞ」

「前からじゃない?」

「あ、そうだ。さっきの習字、俺も書いてみたい」

「―― いいわよ。じゃあ、こっちにいらっしゃい」


 健二を社務所に招き入れた美月子。背の低い棚を机代わりに、練習用の半紙を置いた。


「神社の名前を書いてみるな」


 筆を持ち、墨汁を満々と付けて健二は半紙に向かう、が一向に動かない。


「どうしたの?」

「お手本が欲しい」

「ああ、それは重要ね。分かりました」


 美月子は神社の名前を御朱印用の少しデフォルメした字体ではない、普通の楷書で書いた。


「綺麗な字だな」

「ありがとうございます。じゃあ、これを下に敷いて、なぞってみようか」

「うんっ!」


 集中して半紙に向かう健二くん。美月子は定位置に戻り社務所の外に目をやると、ぐるりと境内を見回した。


 今日も見事に誰もいない。

 掃除も済ませたし、また試験勉強に戻ろうか――

 美月子は教科書を開く。そう言えば、りっこねえちゃんもいつも勉強していた。ひまだって分かっていて私を誘ったのだ。タダ働きなのはりっこねえちゃんも一緒だったらしい。でも私は感謝している。だって、ここには面白いことがいっぱいあるから。書道もりっこねえちゃんに習った。神社では書道が出来ると重宝されるのだ。御朱印だけじゃなくって御札とか祝詞のりととか、張り紙なんかも筆で書く。宮司の祖父にも頼られる程度には書けるようになった。ほぼタダ働きだけど――


「どうかな、巫女ねえちゃん?」


 健二くんが書いた書を見せてくる。美月子の字をなぞってはいるけど男の子らしいちょっと豪快な感じ。


「うん、すごく上手よ」

「巫女ねえちゃんはおだてるの上手いからな」

「ホントホント。あとはね、こことここ、しっかり止めてゆっくり払うともっといいかも」

「うん、わかった」


 額の絆創膏を指で触ると、また筆を持つ健二くん。


「ねえねえ健二くん。おでこ、怪我してるの?」

「ぜ~んぜん」

「じゃあ、どうしていつも絆創膏貼ってるの?」

「だってさ、カッコイイだろ? 傷は男の勲章って言うし。これもう一週間貼ってるしな」


 はあ~っ。っと、美月子は大きくため息をつくと、社務所の奥から絆創膏を持ってくる。


「はいこれ。衛生上良くないから替えなさい」

「ありがと」

「でもね、男の勲章は、勇気を振り絞って頑張った結果に付いた傷を言うのよ」

「あ、なるほど。でもこれ、カッコよくないか?」

「目印にはなるわね」

「目印かあ…… って何この絆創膏、うさぎマークじゃん」

「かわいいいでしょ? 健二くんにぴったり」

「しかもピンク」

「かわいい」

「…… まあ、巫女ねえちゃんがくれたんだし」

「似合うわよ」

「なんか俺の、男の大事な何かが捨てられていく気がする――」


 クスクスと笑う美月子を恨めしげに睨んだ健二は、また筆を持つ。

 美月子も教科書に集中すると、午後の時間はゆっくりと流れていった。



三話へ続く


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