49 三人組の事情
昼食はドリス達だけだったので、さっきの手紙が話の話題に上がった。
「ドリスは体調不良で欠席という事は出来ないのか?」
エルは社交をこの歳までサボっていたため、理由をつけて逃げるという選択肢しか頭になかった。
「そうすると、ドリスの悪口合戦が始まるし、本当に体調不良で休んでいたとしても、『私達からお逃げになったのね』と噂をバラまく可能性がありますわ」
「私は出席するよ。ひどい事言われるのは分かってるけれど、逃げたって言われるのは嫌」
「こういう事は、良くある事だからな。出て、経験を積むといい。今は出来なくても、この先相手をやり返すくらいの事は、アルベルツなら十分可能だ」
「そうそう! こういう時、情報って必要なんだよね」
トールは手帳を皆に見せるように持った。
「その手帳に何が書いてありますの?」
「色々。ただ、女子の情報はどうしても俺のところに入って来づらいから、役に立たないかも知れないけど……」
そういえば、トールが男子と話しているところしか見たことがない。
「お! あった。んー……皆、生活に困っているな」
「「え!?」」
女子二人が驚くと、トールは困った顔をする。
「ごめん、これしか情報がなかった。三人のご令嬢達の家は今、金策に必死だ。他の過激派の一部も、金策に追われているところがあるな」
過激派は、古くからある名門貴族と呼ばれるところが多い。
だからこそ、領地経営が鍵となる。
過激派のほとんどは、商会を経営をしていないので、それ次第で収入が決まるといってもいい。
現在、領地経営がうまく行っているのは、気候が良く、農地経営が主な領地。
昔と変わらず、野菜の収穫がうまく行っているところだ。
このところ、大きな環境被害を受けておらず、安定的に供給することが出来ている。
一方、主に漁業や貿易に力を入れている領地は、現在苦境が続いていた。漁業もイマイチだが、特に貿易はこのところ景気が良くない。
きっかけとなったのは、四年前に起こった、ミーシェ王国の元王女による貴族令嬢暴行・監禁事件。
この事件の当事者はドリスの姉、カミラ・アルベルツ子爵令嬢である。
当時婚約者だったローレンツを、ミーシェ王国に連れて行きたいという元王女の我儘によって事件は計画・実行された。
この事件をきっかけに、ロザリファでは、当面ミーシェ王国との貿易を縮小する事が発表された。
貿易業の痛手として、一定期間、税を徴収しない救済措置が取られたが、その間に新規開拓出来なかった領地は衰退の一途を辿ったのである。
「その三人のご令嬢の領地は南で、海に近く貿易業が盛んだったところだ。輸出ではなく、ミーシェからの輸入業がメインだったらしい」
「なるほど、輸入だと痛いな」
「彼女達は休みの間、領地には行かず、王都に滞在している。ここまでなら、使用人に言えば馬車を出してもらえるだろうからね。結局、ブローン領に遊びに行くきっかけが欲しいのさ」
「トール。もしかして、王都にいた時に調べたのか?」
この三領巡りに行く前に、皆、王都にある家に滞在していた。
その間にトールは、三人組の動向を確認していたのだ。
「一応、この旅行を邪魔する存在だと思ったからね。動向くらいは確認をと思ってさ。もうちょっと情報があったと思ったんだけれど、勘違いだったみたいだ」
「流石ですわね! にしても……何としてもこの領に来たいという執念を感じますわ。私が領主なら、立ち入り禁止にしてやりますのに!!」
リーナはムスッとした顔で、来て欲しくないとアピールする。
「そういえば……夕食は、ご家族の方と一緒?」
「予定ではそうですわ。当主である父と、一番目の兄がこの領地に来ているはずですから」
リーナのお祖母様アナスタージアは、体調も考慮して、王都でお留守番。
二番目のお兄様であるギーゼルヘールは、騎士のため、休みの時期は学園の休みとはあまり被らないそうだ。
「夕食の時にその手紙の事を聞いてみると良いんじゃない? ちょっとくらい返事を出すのが遅れても、この領にいつ着くかは相手には言っていないのだし」
本来、手紙を受け取ったら、長くとも二~三日以内に返すのがマナーだ。
ただし手紙の主人がいつ戻るか分からない場合もあるので、執事が主人がいつ戻るか分からない旨を一筆書いて伝える。そのため、緊急の場合を除いて、相手に返事をいつ出しても良いということが暗黙の了解となっている。
「そうね。そうしてみるわ」
リーナは、少しだけ口角を上げた。
夕食に呼ばれて食堂へ足を運ぶと、ブローン公爵マクシミリアンと、リーナの一番目の兄、カールハインツが、すでに席に着いていた。
「ブローン領へようこそ、皆様!」
カールハインツは席を立ち上がり、みんなを歓迎した。
「私達が少し早かったようだね。とりあえず、皆疲れているだろう。さぁ、席に着いて」
ブローン公爵も立ち上がって、ドリス達を気遣ってくれた。
「皆様、よく来てくださいました。私がブローン公爵マクシミリアンです」
「リーナの兄のカールハインツです。よろしく」
皆も一通り挨拶して、食事をすることを優先してくれた。
「苦手なものがあったら言ってくれれば、取り替えることも出来るからね」
公爵のもてなしは、本当に至れり尽くせりだった。
食事が一通り終わったところで、話題はあの羽の話になった。
「使用人から聞いたのだが、何やら周りにいる者の気分が優れなくなるものを持ち込んだ、とか……」
「あぁ……それは」
「ドリス、私から伝える」
アンディは公爵に、あの羽が大精霊の羽であることを伝えると、カールハインツと共に驚いた。
「それって、伝説級のお宝じゃないか!?」
「わ……私もぜひ見て見たい!!」
「ただ、普通の人は気持ち悪くなって近寄れないのですよ」
「ではなぜ、殿下達は平気なのですか?」
「魔力が強く、上位の精霊がついていますから。ちなみにお嬢様も上位の精霊がついていますよ」
ブローン家の二人はそれを聞いて、クルッと首をリーナに向けた。
「リーナは見たのかい!? 大精霊の羽を?」
「はい。とても綺麗でしたわ。エメラルドグリーンのとても綺麗な羽ですの」
「殿下! 私達は見られないので?」
「……お二人とも残念ながら、魔力が足りません。もう少し上位の精霊がついていれば良かったのですが……それでは、ご気分が悪くなって、羽どころではないでしょう」
二人についていたのは、下位の精霊だった。ちなみに二人共、風の精霊。
精霊達は、主人に対してなのか、済まなそうな顔をしていた。
「リーナは、奥方の力を受け継いだのでしょう」
それを聞いた公爵は、懐かしむように娘を見た。
「そうだな。リーナは子ども達の中で誰よりも妻に似ている」
「兄弟の中で、唯一母上の髪と瞳を継いでいるからなぁ。特に私は父上に似ているから、兄弟の誰かしらが母上の容姿を持っていて、少し嫉妬したな」
「まぁ! そうでしたの?」
「リーナは黒髪が浮くから嫌だったろうけど、私から見れば、とても綺麗で羨ましい」
「私はお兄様の髪が羨ましかったです」
カールハインツは、ストレートな淡い金髪。父親譲りの王族らしい色だった。
「知ってる。小さい頃散々『替えて替えて』って髪の毛引っ張られたからね」
「もう! お兄様!!」
リーナが慌てると、周りは温かい笑いに包まれた。




