20 久々に、本気出しちゃおうかな!
階段を突き落とされかけた、次の日。
「アンジェリーナ様! 階段から落とされたとは本当ですか?」
「アンジェリーナ様! 正直に言ってくださいませ。ドリス・アルベルツのせいなのでしょう?」
「やはり、アンジェリーナ様を妬んで……」
「違うわ! 私と一緒に落とされたのよ。彼女も気遣うべきではなくて?」
リーナは蔑んだ目と低い声で、うるさいご令嬢達を黙らせた。
そしてドリスは、黙々と机に向かい、ノートと教科書を開いてペンを走らせていた。
昨日、階段から落とされたことは、あっと言う間に噂となって広がった。しかし、落とされた本人達は、ケロッとしている。
精霊に助けられたこともあってびっくりはしたが、フワッとした感覚が楽しかったのか、そんなに恐い思いをしたとはお互い思わなかった。
ドリスは、自分のことが噂になっているにも関わらず、昨日アンディと交わした約束を果たすため、勉強に勤しんでいた。
「ドリス! 階段から落とされたって……大丈夫か!?」
エルが慌てた様子で、ドリスのクラスに駆け込んで来た。
「大丈夫です。怪我一つしてないので、まずは安心してください」
「え? あ……そうか。よかった」
エルは、ドリスが敬語なのでショックなのと、怪我が無かった安心が入り交じる様な返事をした。
「それより、試験勉強はしているのですか? 私は負けられない戦いがあるので、勉強に集中したいのですが……」
「あぁ……邪魔して済まなかった」
もうすぐ次の授業の鐘が鳴ってしまう。
エルは急いで、教室に戻って行った。
すると、リーナがクスクスと笑いながら近づいて来た。
「彼、貴方のことがそんなに心配だったのね。なのに、その態度はあんまりじゃなくて?」
「心配してくれるのはありがたいですけど……それより、何が何でも一位を取らないと!」
「私も負けないわよ、ドリス」
「あら、残念ながら、勝つのは私ですわ」
二人で顔を合わせて、にっこりと笑い合った。
一方、ドリス達の周りは震えていた。
優秀なドリスが、あんな一生懸命勉強している。それだけ、今回の試験は難しいのではないかという噂が流れ、特にドリスのクラスの男子は、試験勉強に集中することにした。
同じ下位貴族の女子たちも、ドリスに習い黙々と勉強をしていた。
唯一、勉強に集中していなかったのは、上位貴族の女性達だったが……
「勉強するのは、上位貴族として、当然のことではありませんか?」 と、リーナが言ったことから、渋々、勉強を始めた。
「ここ。試験に出るから、チェックしとけよー」
そうボイスが言うと、みんな鬼気迫った表情になり、一斉にペンを走らせた。
「……どうした? お前ら」
たまたま、担任のクラスの授業をしていたボイスは、皆の変わり様に驚いていた。
よく見ると、普段授業に集中していない者まで、この日は声を聞き逃すまいと、ギラギラした眼でこちらを見ていた。
やる気になってくれたのはいいけど……やりづらいなぁ。
そんなことを思いながら、授業を進めた。
職員室でも、ボイスのクラスの変わり様が話題となっていた。
「ボイス先生のクラスの生徒、どうしたのですか? いつもとは雰囲気が違うのですが……」
「それが……私にもさっぱりでして……」
「どうやら、アルベルツが勉強に集中しているからみたいです」
「アルベルツが?」
「何でも、負けられないと言っているようで……」
「私は今回の試験が、アルベルツが集中して勉強しなくてはならないほど、難しいからと聞きましたよ」
「試験は……普通ですよね?」
「普段通りですよね」
「では、アルベルツが原因なんですね」
「にしても、集中して勉強するのは良いことだ」
「そうですね」
「近年稀に見る授業風景に、私は感動しました」
「試験が終われば、いつも通りですけどね」
「ボイス先生のクラスの成績が、今から楽しみですなぁ」
教師の方はのんびりと成り行きを見守っていた。
そして中間試験が終わり、結果、ボイスのクラスがぶっちぎりのトップの成績をたたき出したのだ。
「やりましたね! ボイス先生!! この成績は何十年ぶりじゃないですか!?」
「いえ! 初めてですよ!! こんな成績!」
「今、調べましたが、学園創設以来、初めてのことです」
「本当ですか!? 歴史に名を残しましたね! ボイス先生!!」
「いや~……ははは……」
うれしいけど……お前らなんてことをしてくれたんだ!!
その後、ボイス先生のクラスに入らせたい親が、増え……なかったとか。面倒臭がりのボイスは、この結果にホッとした。
アンディは、中間試験の上位入賞者が張り出されてある所へ向かった。
自分が一位だろうと、余裕の表情を見せていた。
そして、自分の名前を探すと……そこには、あり得ない順位が張り出されていた。
一位 ドリス・アルベルツ
二位 アンジェリーナ・ブローン
三位 アンディ
「さ……三位!?」
そう、アンディが思わず口にすると、周囲がざわつき始めた。
するとドリスとリーナも来て、発表を目にしてから、アンディに気付いた。
ドリスは、アンディに近づいてくると、にっこりと笑った。
「な……なんだ?」
「お約束通り、殿下より上の成績を取りました!」
とっても嬉しそうな表情だ。
「……仕方ないな。父に進言する前に、親の許可をもらっておけ。それを聞いたら、ロザリファ王はこちらで許可をもらう。その後、父に進言することになる。……ダメだとしても、こちらのせいにしないでくれよ」
「ありがとうございます! 父にはもう、許可をもらっています!」
ドリスは手紙を差し出した。
アンディが開くと、そこには「精霊指導に許可をする」と書かれた一文に、ベルンフリート・アルベルツ子爵とサインが入ったものだった。
「分かった。これはもらっておくよ」
「お願いしますね!」
「……あぁ」
人気の無いところまで来ると、アンディは何も無い方向に顔を向けて、話しかけた。
「ジン、このこと知っていたろ」
『当然だろ?』
「なんで教えなかった!」
『ドリスって娘の精霊が、話したそうにしていたからだよ。それに、アンディも鼻が高くなっていたからな。ここで、へし折ってやらないと』
「……確かに。俺はなめていた」
『それに、入学前の試験あったろ? あれ、一位あの娘だったんだよ』
「じゃあなんで、私が入学式の挨拶を?」
『この学園では、入学式の挨拶を上位貴族以上で、成績が良かった奴がやるんだと。あの娘は、下位貴族だから、選ばれなかっただけだよ』
「そうだったのか……」
『少しは俺を頼らずに、情報を仕入れるくらいしような?』
「……あぁ」
実は今まで、アンディの後ろにくっついていた侍従のリコは、主のがっくりと下がった肩を目の当たりにし、ひっそりと反省していた。
リコはアンディの精霊である、ジン以上に素晴らしい情報屋はいないと思い、自分で情報収集することを怠っていたのだ。
確かに自分の精霊は、情報収集には向いていない。しかし、そうではなく、自分がしないとという頭がなかったのだ。
リコは気を引き締め、情報収集が出来るよう、努力することをひっそりと誓った。
嬉しそうな顔をしているドリスに、リーナも思わず笑みを浮かべる。
「嬉しそうね、ドリス」
「まぁね! 本気を出したからには、一位くらい取らないと!」
「次は負けないわよ!」
「その前にアンディ殿下が、本気出しそう」
「そうかも。……そういえば、入学前も試験があったと思うけれど、その時本気は出したの?」
「出さなかったよ」
「……ドリスってこわーい」
「なんで!?」




