19 休み明け、王子様と出会いました
リーナの家に泊まった次の日。ドリスはリーナと一緒に、寮へ戻った。
「あっという間でしたわ。あ~……王城行きたくない」
「次の休みから?」
「しばらく大丈夫ではあるんだけれど。王族の心得を永遠に語られるのは、嫌気がさすでしょう?」
「よかった! 婚約者が王子じゃなくて!」
「いないくせに~!!」
「いない方が気楽じゃない?」
「そう言っているのは、ドリスだけですからね! 私なんて……はぁ」
「この場合、上位貴族じゃなくてよかった! かな?」
すると、リーナがドリスの方を向いて、淑女の微笑みを見せた。
「階段上るの頑張ってね! 下位貴族さん!」
「あぁ!? この後、最上階まで上るんだった!!」
ドリスが、初めて友人の家に泊まりに行き、楽しかった休みが終わった次の日。
事件が起こった。
放課後。ドリスはリーナと一緒に、寮に戻るために、階段を下っていた。
なぜか、一階から二階へ続く階段だけ、段の数が多かった。
そこを二人で、二階から一階へ降りようとした時だ。
ドン!
「え?」
ドリスは、誰かから背中を押され、真っ逆さまに落ちて行く。
後ろを向こうとした時、リーナが落ちている姿が見えた。
このままでは、二人とも大けがかもしくは……そう頭をよぎったその時……
「ジン!」
誰かがそう叫んだ瞬間。
フワッ
身体が見えない何かに持ち上げられながら、ゆっくりと地面に向かっていく。隣を見ると、リーナも同じだった。
お互い目を合わせると……「何で?」という表情になる。
2人の足が地面に着くと、誰かいることに気付いた。
「大丈夫?」
黒髪に緑の瞳、中性顔の美少年が、駆け寄って来た。
「あ……はい」
ドリスはなんとか答えることが出来た。
はっ! と階段の上を見ると、案の定誰もいなかった。
「……押したのは、男の方でしたわね」
そう言ったのは、リーナだ。
「見えたの?」
「顔は分かりませんが、後ろ姿ががっしりしているのが見えましたから……」
「私が来た時は誰もいなかったよ」
あ! と気付いて振り向くと、リーナは何かに気付き、淑女の礼をとった。
「お助け頂き、感謝致します。アンディ殿下」
「あ……ありがとうございました」
その美少年は、ワシュー国の第二王子、アンディ殿下だったのだ。
「驚いたよ。ジンが慌てるから、行ったら二人が落ちて来るんだもの」
「ジン?」
「あぁ! 私の精霊だよ。今の君らには視えないだろうね」
そう言って、アンディは何も無いところを見上げた。
そこに、憧れの精霊がいるんだ。
ドリスはつい、ついポーッとしてしまった。
恋愛ではない。
羨ましいと言う気持ちでアンディを見ていた。
「君らには上位の精霊が憑いているからね。ジンが気になっていたのだよ」
「え!? 私に? 精霊が!?」
ドリスは思わず、声を大にして言ってしまった。
「ドリス!」
「あ……申し訳ございません」
リーナに諌められると、それを見たアンディは、笑顔になった。
「いいよ。この国の人は視えないからね。仕方ないよ」
そう言った後、駆け足で、黒髪に琥珀色の瞳を持った、すらりと背が高めの男が到着した。
「アンディ様! 何ですかいきなり! 走り出すなんて……一体何があったのです?」
アンディの侍従と思われる男は、きょとんとした顔で立っていた。
「あぁ、リコか。彼女達が階段から降って来てね。ジンに助けてもらったんだ」
「そうでしたか……あ! 私は、リコと申します。アンディ殿下の侍従をやっております」
「ブローン公爵が次女、アンジェリーナ・ブローンと申します」
「アルベルツ子爵が三女、ドリス・アルベルツと申します」
「あぁ! 彼女達が例の……」
「例って……?」
「あ……」
リコが固まると、アンディが助け舟を出した。
「さっき、君らに上位の精霊が憑いてるっていったろ? 結構目立っていたから、リコと例の二人組って言っていたんだ。気分が悪かったらごめんね」
「いえ、全然」
「大丈夫です」
「それは良かった」
「あ! お嬢様方は、階段から落ちられたのでしたね!? 怪我はありませんか?」
「平気です」
「では、このことを教師に申し伝えねばなりません」
「そうだな。一緒に行こうか」
皆で職員室に行こうとしたその時……
「あの!」
ドリスがそれを止めた。そして……
「不躾で大変申し訳無いのですが……私に、精霊を視る方法を教えて頂けませんか?」
「え?」
その場の誰もが固まった。
「ん~……それは、どうして?」
「あの……私、小さな頃から精霊に憧れていて、もし視えたら友人になりたいと思っていました。それで精霊を視るには、祈ることが必要と言うことを知り、小さな頃から続けておりますが、一向に視える気配がないのです。なので、教えを請いたいのです!」
ドリスは、思いの丈をアンディにぶつけた。
「……なるほど。けれど、本当にそれだけなのかな? 精霊が視えるってことは、その精霊が使える魔法を君も使えるということでもある。それは君が武器を手に入れるのと、同じことなんだよ。それでも?」
アンディは、威圧を込めた瞳でドリスを見た。
ドリスは、少し戸惑いながら答えた。
「……友人になることしか、考えていませんでした」
すると、少し斜め上を視て、アンディは笑みを浮かべた。
「……それは、本当のようだね」
「分かるのですか?」
「ジンに教えてもらったんだ。彼は風の精霊だから、人の噂話や、その人の人となりを知ることが出来る」
「へぇ……」
「それに、君の精霊も本当だって言っているし、君と友人になりたいみたいだ」
風の精霊ってそんなことも出来るんだぁ……と知ると同時に、ドリスの精霊も同じ思いなことに感激する。
「少なくとも、私の一存では出来ない。それに、王子の私に学ぼうだなんて、図々しいと思わない?」
「それは……思います」
「思うんだ。……てっきりそんなことも分からない馬鹿かと思ったよ」
「うっ」
「じゃぁ条件を出そう。もうすぐ、中間試験があるよね? そこで私よりも上の成績を取ったら、父に進言しよう。……まぁそれには、君の保護者の了解と、ロザリファ王の了解が必要だけどね」
「殿下より、上の成績であればいいのですね?」
「そうだよ」
「受けます」
「……君、世間知らずとか言われない?」
「たまに言われます」
「まぁいいや。とにかく、職員室に行こう」
そしてドリスとリーナが階段から誰かに落とされ、アンディ王子に救われた件は、瞬く間に噂となって広がった。




