17 ブローン邸のお泊まり会に誘われました(前)
今週末、実家に帰れなくなったドリスは、寮でじっとしていることにする……予定だった。
ところが朝、たまたま会ったアンジェリーナから、こんな提案をされた。
「ねぇ! 今週末暇なら、うちに来ない?」
「でも、公爵邸でしょ? 私、下位貴族。分かってる?」
「もちろんよ! 家族に手紙で話したら、いつでも来て良いですって」
「リーナの用事はないの?」
「うん、しばらくは大丈夫」
「……手紙で家族に聞いてからね。一応謹慎のつもりだからさ」
「そうね。罰にならないかもしれないものね」
ドリスは、勝手に一人で街に行ったことを咎められ、実家に帰れなくなったのだ。友人の家に泊まりに行くとなれば、罰にならない。
たぶん却下されるだろうと思いながら、ドリスは家族の許可を取った。
「どうだった?」
後日リーナが聞くと、ドリスは少し惚けた顔をしながらリーナに向いた。
「お許しが出た」
「本当!? よかったぁ」
「うん。リーナにも、いい気分転換になるんじゃないかって書いてあったのだけど……どういうことか分からなくて」
「……それについては、家に来た時に話すわ。それよりドリスのご家族って、王城勤めの方がいるのかしら?」
「父は騎士団長をしているよ」
「だからね。騎士の人なら、私のことを知っているから」
「そうなんだ」
その時ドリスには何のことか、分からなかった。
お泊まり会当日。ドリスはリーナと一緒に、ブローン家の馬車でブローン邸に向かうことになった。
「ブローン公爵邸っていうと、高級住宅街の中でも、王城に近い所にあるよね?」
「そうよ。お祖父様が王族だったから、出来るだけ近い所を探していたら、そこしかなかったの」
「私、そっち方面行くの初めてだから、緊張しちゃって……」
「まぁ……そうなの? ブレンターノ伯爵邸もこの並びじゃなかったかしら?」
「奥の方は初めてなの! 本当にお邪魔して良かったの?」
「私が良いって言っているのだから、良いに決まってるわ!」
そんなことを話しているうちに、公爵邸に着いた。馬車から降りると、お出迎えの執事や侍女が待っていた。
「お帰りなさいませ、アンジェリーナ様。そして、ようこそ、ドリス様」
そう言ったのは、真ん中に立っていた老執事だった。
老執事の案内で中に入ると、とても豪華な作りで、一瞬教会かと思ったほどだった。
天井には空と雲が描かれ、よく見ると所々に、天使が見え隠れしている。窓はステンドクラス。
全体的には、白い基調の石造りっぽくなっていた。よく見ると、木に白い塗料を塗ってあるところもある。
ドリスの部屋は、客室だったが、一番リーナの部屋から近い部屋だった。
「同室で寝るって言ったのだけれど、周りが許してくれなかったの」
「そんなに広いベッドなの?」
「大人三人くらい寝られるわ」
「え!? 豪華過ぎる」
その話を聞き、思った通り客室も豪華だった。広さは、実家のドリスの部屋の三倍はあるのではないかと思うほど。
「本当に私、ここに泊まっていいの?」
「もちろんよ! むしろ申し訳ないわ」
「どうして!? 充分過ぎるよ!!」
「だって、同室で寝たかったのだもの」
「こだわるねぇ。リーナは」
リーナの部屋に行くのは良いようで、快く招いてくれた。
「うわぁ……また天井が空だ」
「綺麗なのだけれど、たまには客室のような、シックな感じも良いと思っているの」
客室の天井はアイボリーと至って普通な色だ。
「さぁ、ソファーに座って。ドリスのお父様が、私のことを知っていた理由を説明するわ」
ドリスがリーナの対面に座ると、リーナは話し始めた。
リーナには、小さい頃から婚約者が決まっていた。それは、第二王子のバシリウスだった。
「ほぼ、強制的なものよ。同い年というのと、公爵家というのが良かったみたいなの。大人は」
「じゃぁ、王子は?」
「全く相性が合わないわ。あちらは私が好みではないと言っていたし……贈り物も一切もらったことがないの」
「え!? ……白紙には出来ないの?」
「進言してるのだけれど……難しいわね。それに婚約破棄したら、私の方にだけ傷がつくわ。だから、渋々今まで、王族の教育に付き合っているの。為になることもあるし」
父がリーナのことを知っていたのは、王族教育の為に、王城によく来ていたからだった。
「ん? 第二王子ってことは、貴族になるってことも……あるのではないの?」
「王族を離れたくないらしいの。……それに、あっちは堂々と浮気しているから、呆れちゃって」
第二王子は同じクラスになった、エミーリア・ボーム男爵令嬢に夢中だそうだ。
「第二王子と同じクラスだったら、色んな意味できつかったね」
「それは大丈夫よ。私が王に我が儘言って、あの人とは、別のクラスになるよう画策してもらったから」
「そうなの?」
「そうよ! 茶番に付き合ってあげるのだから、これくらいはしてくれないと……」
「茶番? それって……」
「いずれ分かるわ。……結局、私が損することになるかもしれないけど」
リーナは悔しそうな、悲しそうな、複雑な顔をしていた。上位貴族は、上位貴族で大変なんだということを、ドリスはこの時知った。




