16 誰かさんの謝罪
「え? 街へ一人で行ったの!?」
「うん……家族にめちゃめちゃ叱られた」
あの後ドリスは、馬車を動かしていた使用人にも叱られて、家族からも心配と怒りの手紙が大量に届いてしまった。
「怒られて、当然ね。ドリスは、街に行ったことがなかったの?」
「うん。ローレンツ兄様に、学生の頃は一人でふらついたみたいな話も聞いてて……いつか私も一人で……なんて思っていたの。リーナはそう思ったこと、ない?」
「ないわ。一人だと、何も出来ないことを分かっているから……かしら? 一人で何て、思ったことなかったから、正直びっくりしてるの。何も無くて良かったわね」
「街でスリとか、連れ去りとかが多発しているって、知らなかったよ~」
「え? それはさすがに私も知らないわよ!! ドリス~無事で良かったぁ」
リーナはドリスの手を両手で包むように掴んだ。
「いい? 二度とこんなことはしないで! わかった」
「わ……分かりました」
結局ドリスは、リーナにも叱られてしまった。
リーナと別れ、ドリスはある場所に向かっていた。そこは温室。あの、嫌な奴と出会った場所だ。
送られて来た手紙には、お叱りの手紙だけではなかった。
なんと、私に実家に帰って来るなって言われたその日、あいつと家族が会っていたらしい。
そこで謝罪を受けたと、当事者である姉、カミラの手紙に書いてあった。……が、それだけじゃなかった。
何と、カミラが、エルヴィンを気に入ってしまったのだ。
「割と素直で良い子だから、仲良くくらいはしなさい。 カミラ」
その手紙には、謝罪をするための待ち合わせ場所と時間まで、記載されていた。
そこまで気に入ってしまったの!? お姉様!!
なので渋々、ドリスは待ち合わせ場所に、来てやったのだ。
温室に行くと、すでにあいつは待っていた。
さっさと済ませようと、ドリスは顔を歪めながら、温室の戸を開ける。
「お待たせ致しました」
「いや……来てくれて感謝する」
先に、感謝されてしまった。なんだか気まずい。
「え……っと」
「話って何のことでしょう?」
「カミラ様のこと、済まなかった!!」
「本人に頭下げたのでしょう? 私に言われましても」
「貴方にも謝りたかった。家族を侮辱されて、良い気などしないだろう」
「まぁ……そうですね。貴方が詳しく調べようとしない、噂だけを信じるだけの間抜け……失礼、素直な方ってことは、分かりました」
「それについても、謝りたい。実は俺も俺の家族も、社交が大の苦手なんだ」
「は?」
それで、エルヴィン・アピッツは語り始めた。
元々父であるアピッツ侯爵は、研究一筋の人間で、社交は得意ではなかった。なので、妻に任せっきりだったのである。
それが今回の間違えの原因だった。
何と彼女はアピッツ侯爵の知らないうちに、家が中立派だったのを過激派になったとばかりに、行動するようになった。
そんなことを知らないアピッツ侯爵は、数年の間で周りの人間が離れて行くのを知っていたのに、理由がさっぱり分からないまま放置してしまったのだという。
「うちは、王城で働いていないから、領にこもって研究三昧だったんだ。なので社交界についての情報は、母からのものばかりで。君について、祖母に聞いたことで初めて知ったんだ」
「なぜ貴方のお祖母様が、私のことをご存知なのです?」
「君のお祖母様、ベッティ・ブレンターノ伯爵夫人と、うちの祖母、アピッツ前侯爵夫人は、友人だからだよ」
「じゃぁ、お祖母様に最初から聞けば良かったじゃないですか!!」
「父が、お祖母様を苦手にしていて、お祖母様からの手紙を長年放置していたんだ」
「馬鹿ばっかじゃない。貴方の家……」
ドリスは思わず、本音が出てしまった。
「うん。その通りだよ」
ドリスの家族と会った後、エルヴィンの父とブレンターノ伯爵が会う約束を取り付け、中立派に戻る算段をしたらしい。
また、エルヴィンの父は妻の所業を許せず、離縁をするという。
これには、ドリスも驚いた。
「そこまでしなくても……」
「いや、そうしないと、いつまでたっても中立派に戻れないんだ。母の実家はもう、過激派に入れ込んでいるから」
自分をきっかけに色んなことが起こっていて、しかも大事になっていることに、ドリスは動揺を隠せなかった。
「君には感謝しか無いよ。関わっていないとはいえ、きっかけをくれたから……知らないうちに、家が取り潰されることがなくなって、ホッとしているんだ。本当にありがとう」
「あ……えっと……よかった……ですね」
「それと……図々しいが、君と友人になりたい! 受け入れて、もらえないだろうか?」
エルヴィンは碧眼の瞳で、真っ直ぐドリスを見た。
「……言葉には気をつけること。それが条件です。貴方は、周りへの配慮がなさ過ぎます」
「努力する。出来れば、指摘もしてほしい」
「わかりました。改めて、アルベルツ子爵が三女、ドリス・アルベルツです。私は下位貴族だから、敬語を使うことがあるかもしれないけど、気にしないで」
「アピッツ侯爵が嫡男、エルヴィン・アピッツだ。エルと呼んで欲しい。これから、よろしく」
2人は手を出し、握手を交わした。




