15 街へ行ったら、オールバックの男に出会いました。
今回ちょっと長めです。
「つり目」から読んでくださっている方なら、誰が出てくるかわかるかと思います。
今週末、ドリスはまた実家に戻ろうと思ったところで、手紙が届いた。
何でも皆、用事があるそうで、実家には帰って来て欲しくないとのこと。なので私は、一人で王都に行く計画を立てた。
当日、ドリスは歩いて街に向かっていた。
この学園は貴族の学校なのに、なぜか緩いところがあった。
いちいち、外出届けを出す必要も無い。
帰りたい人は、必ず家から馬車がくるので、先生も常にチェックなんてしていない。
なので、馬車乗り場からそっと抜け出すことも可能なのだ。
これを教えてもらったのは、義兄のローレンツからだ。よく、男友達と徒歩で街に出て遊んでいたという。そこには、王太子殿下もいらっしゃったというから、驚きだ。
寮は王都から少し離れたところにあるのだが、街には歩いて行けない距離ではない。ただ、あまり長距離を歩くという経験がない貴族にとっては、辛いものだった。
一方、ドリスは歩くのを苦にしたことが無かったため、ズンズン街へと歩いて行った。
ちなみに、ドリスが今着ている服は、庶民の服に限りなく近いワンピース姿だ。
そして無事、目的地に着いた。
そこはドリスの家にパンを卸している店だった。以前馬車で通った時に、店でパンが食べられるのに気付き、ついに実行に移したのだ。
ドアを開けると、カランカランという音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
にこやかに、男性のシェフ姿の男性が接客してくれた。
「あの……中で、食べたいのですが……」
「あぁ……あいにく満席でして……相席になりますが、宜しいでしょうか、お嬢様?」
「えぇ。お願いします」
引き返してなるものか!! という意気込みで、シェフの後を着いて行った。
案内されたその席は、ドリスは極力座りたくないところだった。
場所が……という訳じゃない。相席の人物が苦手なタイプだったからだ。
座っていたのは茶の髪をオールバックにし、がっちりした身体に上等そうなスーツを着崩した、碧眼の美丈夫だった。野性的だが、色気を漂わせている。
周りの席に居る女性はチラチラと彼を見ている。
その当事者は、黙々とサンドウィッチと菓子パンを摘んで、コーヒーを飲んでいた。
「ブルーノ。悪い! 相席良いか?」
シェフは知り合いなのか、気軽に男に話しかけた。
「あぁ? ……しょうがねぇな」
「助かった! 今度おごる」
「おぉ」
シェフはにこやかに、ドリスをブルーノの対面の席へ案内した。
「申し訳ございません。この席にどうぞ、お嬢様」
「ありがとうございます」
ドリスはお礼を言い席に着くと、対面の相手に礼を言った。
「相席を承諾してくださり、ありがとうございます」
「お前、貴族学園の生徒だろ? いいのか? 一人でこんなところにいて」
なぜか、ドリスの身分がバレていた。
「な……何のことでしょう?」
「庶民とは思えない言葉遣いに、所作。商人の娘にもそういう奴はいるが、お前のは洗練されていて、比べものにならない。明らかに浮いているぞ、お前」
その言葉を聞き、ドリスはショックを受けた。
せっかく三十分もかけて歩いて来たのに~!!
「寮からじゃ、疲れたんじゃねぇか? どうせ馬車じゃなくて、歩いて来たんだろ?」
「……なぜ分かるのです?」
「バレバレだからだよ、お嬢様。なぜ、お付きも連れてこないで一人で来たんだ?」
「え? 街に行くのに、お付きの者などと一緒に行くのですか?」
「は? ……とんだ世間知らずだな。男はともかく、女は一人じゃ行動しない。せめて、侍女一人とだな」
「そ……そういうものなのですか」
ショックを受けていたところで、先ほどとは違う店員がやって来た。
「注文はお決まりですか?」
「あ……サンドウィッチと、本日の菓子パンのクリームパンを一つ」
「お飲物は?」
「紅茶を」
「サンドウィッチを一つ、本日の菓子パンのクリームパンを一つ、お飲物は紅茶ですね。少々お待ちくださいませ」
店員が離れると、ドリスは目の前のオールバックの男に向き直った。
「今日は食い終わったら、すぐに寮に帰るんだな」
「なぜ貴方に言われなければならないのです?」
「大人だからな。……最近物騒なことが起きてるって知らないのか?」
「物騒なこと?」
「例えばスリだ。それに、女性の腕をつかみ、無理矢理どこかへ連れて行くという事件も発生している。……まずは自分の金を確認した方がいいんじゃねぇの?」
そう言われ、すぐにドリスは財布があるか確認した。ちゃんとあるのを確認し、ホッとする。
「良かったな。あって」
にやりと笑う男に、ドリスはムッとした表情で男を見た。
「ご親切にどうも」
「失礼します。サンドウィッチとクリームパンと紅茶でございます」
「あ……ありがとうございます」
「ご注文は以上で宜しいでしょうか?」
「はい」
「紅茶のおかわりは無料でございますから、何なりと申してくださいませ。それでは、ごゆっくり」
そう言って、店員は席を離れて行った。
ドリスは、目の前の男を無視して、食事に集中することにした。サンドウィッチは三種類。トメトとレタシィーが挟んであるもの、卵と何かが混ざったもの、ベーコンが挟んであるものの三つだ。
ドリスは特に卵のが気に入った。けれど、卵と何が入っているのか分からなかった。
サンドウィッチとクリームパンを食べ終わり、紅茶を飲み干すと、まだ目の前に男が座っているのが見えた。男はすでに食べ終えているのに。
「うまそうに食ってたな」
「悪いですか?」
「良い表情だった。無自覚って恐いな」
「何のことです?」
「気付かないなら良い。……少しお嬢様と話がしたい。俺はこういう者だ」
男は、ドリスに厚手の小さめの紙を渡した。それは、最近流行っている名刺というものだった。
黒地の紙には、白い文字で情報屋としか書かれていない。
「すぐそこにある建物が、知り合いの商会でね。そこで、学園のことを教えてほしいんだ。俺のこと、怪しいっていうなら、さっきいた店長に聞いてくれ。腐れ縁だ」
なんと、さっきのシェフは店長さんだった。会計の時にまた会い、そこで男のことを尋ねると「安心して良いですよ。あいつは信用できますから」と答えた。
なので、その男について行くと、その知り合いの商会の裏から入った。
ドリスは、ここで気づくべきだった。
「おい、居るか~?」
男が、一つのドアを開ける。そこは、会頭室と書かれた部屋だった。
「お前のところのお嬢様を連れて来たんだけど?」
男がにやついた声で言うと、何とそこにいたのは義兄だった。
「……どういうことか、説明してくれるかな?……ドリス」
義兄ローレンツは、凶悪なオーラを放ちながら、笑顔でドリスに尋ねた。
男は、ローレンツの知り合いだったのだ。
「そう、一人でここまで……確かに俺が、一人で街へって話もしたからなぁ」
「……ごめんなさい」
「いいかい? 君は、家格は下でも貴族なんだ。そんな女性が一人で行動するなんて、とても危ないことなんだよ。しかも人目を忍ばず、堂々としていて無事だったことは、もう……奇跡だよ」
「はぁ……」とローレンツはため息を着いた。
「ディモの奴が気づいて、俺のところに寄越したんだよ」
「そうだったのか……あぁ、ディモっていうのは、パン屋の店長だよ。こいつは、平民時代の腐れ縁で、ブルーノっていうんだ」
「どうも、ドリス・アルベルツ子爵令嬢」
最初から、バレバレだったのかと、ドリスは肩を落とした。
「じゃぁ……情報屋っていうのは……?」
「それは、本当だよ」
「ローレンツ。このお嬢様に、情報屋と明かした上で話を聞きたいと、ここまで連れて来たんだ」
それをブルーノが言ったとたん、ピキッという音がした。
「ドリス?」
「は……はい」
「知らない人について行っちゃダメって、子どもでも知っていることだよね? しかも情報屋に?」
「あ……!? で……でも、ディモさんが信用できるって……」
「もし、悪い奴らとグルだったら?」
「……すみません」
「それにしても、この嬢ちゃんは無自覚だな。周りの男が皆狙っていたのに、全く気づいていなかった」
「え!?」
さっきの無自覚って……そういうこと!?
「あぁ……この姉妹は皆、周りがそんな目で見ていることに、全く気づいていないんだよ。……頭が痛くなる」
「え……っと」
「ドリス」
「はい」
「この後、学園に強制送還。来週は帰って来ないで、寮で過ごしなさい」
「街で見かけたら、すぐに俺や、街の奴らがローレンツにチクリにいくからな」
「……はい」
「まぁ……脅しはこのくらいで。改めて、俺は情報屋をやってるブルーノってもんだ。学園の情報はいつでも大歓迎だ」
「何か困った調査をしたい時は、頼ると良い。ドリスからはお金をとらない。そうだろう? ブルーノ」
「まぁ……ドリス嬢以外からは取るかもな」
「よろしくお願いします。ブルーノさん!」
「もう、一人で行動するなよ」
ブルーノは、ドリスに悪戯な笑顔を向けた。
ドリスは大人しく、ローレンツが手配してくれたアルベルツ家の馬車に乗り、寮に戻った。
ブルーノはこの後も登場します。




