11 アピッツ侯爵家の現状
トールと友人になったその日、エルは早速、お祖母様に手紙を書いた。
すると、すぐに手紙の返事が返ってきたので中を開くと、そこには命令文が書かれていた。
「今週末、お暇なら、ぜひ我が家にお越しくださいませ」
これを訳すと、「今週末、絶対家に来な。逃げるなよ」に変わる。
読んだ瞬間、背筋がゾクッとしたが、話を聞いてくれるだけマシだと思い、今週末に備えた。
約束の日になり、エルは馬車で祖母が住む、王都の一角へ向かった。
今日は王都に自宅を持つ生徒が、馬車で帰る人が多かったので、馬車乗り場は混み合っていた。
乗り場に行くと、既に祖母の使いの馬車が待っていたので、すぐに乗り込み出発させた。
窓を覗くと、ちょうどドリスが馬車を探して、キョロキョロしている。
ずっと見ていたい気持ちをこらえながら、馬車はその場を後にした。
もうそろそろかと、窓を覗くと、アピッツ家の王都での本家が見えて来た。こことは別に、王都には別邸があり、そちらには母親が住んでいる。
父親とエルと弟は、領にこもり、研究に没頭してきた。
母親は領の空気が合っていなかったのか、弟を産んで少し経つと、早々に王都へ移住した。なのであまり会っておらず、一年に一度、会うくらいなのだ。
一方祖母は、エルと弟の育ての親だ。弟も研究に関わるようになってから、祖母は王都に引っ越して行った。
老後は友人が多く居る、王都で暮らしたかったらしい。
久々に会う祖母に緊張しつつ、馬車を降りる。
すぐに執事が出て来て、エルをお祖母様の元へ連れて行ってくれた。
「お久しぶりです、お祖母様」
「随分久しいわね、エル。こんなに大きくなって……そんなことも私は知らなかったのね」
穏やかな口調の祖母、ヴィオラ・アピッツ前侯爵夫人の言葉に、エルはビクッと身体を強ばらせた。
今の祖母の言葉を訳すと、「今まで会いにも来ないなんて、どういうことだ? お前達は一体何をしていたんだ」となる。
「不出来の孫で申し訳ございません……お祖母様、楽に話してくださいませ」
「あらそう! じゃぁ、言わせてもらおうかしら?」
白髪混じりの金髪に、緑の瞳。女性にしては、高身長の身体をしゃんとし、優しそうな顔をしながら、真っ直ぐエルの目を見つめた。
「あんた達、馬鹿じゃないの」
それにはぐぅの音も出なかった。
「全く……あの嫁を娶った時から、私は気が進まなかったのよ。 あれから生まれたあんた達には、申し訳ないけど」
「そ……それは、なぜでしょうか?」
「あれは政略結婚ではなく、契約結婚だったからね」
「契約?」
「そうよ。『愛はない代わりに、お金は出す。研究に集中したいから、社交はお前に任せる』……私の馬鹿息子は、あの嫁にそんなことを言ったの」
エルは、思わず苦笑いをした。あの父親なら言い兼ねない。
「で、子作りは定期的に行い、あんたとその弟が生まれた時点で、あの嫁は王都の別邸でのびのびと暮らしているって訳。もともと領地に行きたくなくて、子どもが出来たら、王都に行って良いって条件を出したそうだから、子作りには必死だったのよ」
自分たちの生まれた経緯が、そんなだったとは……
「あの嫁も、かわいそうと言えばかわいそうなのだけど、散財しているから、かわいそうとは思わないわ」
「え……うちは、結構厳しい状況なのでしょうか?」
「今すぐとは言わないけど、このまま行けば、まずいわよ」
その言葉にエルは、自分の顔が青ざめるのがわかった。
「しかも、家が過激派になってることを、馬鹿息子は手紙を出しても聞きやしない。……あんたが来なかったら、終わってたかもね」
エルは、ここに来た理由を忘れそうになるほど、頭が混乱していた。
家は、知らないうちに、没落寸前になっていたらしい。
「まさかベッティの孫に惚れて、誤解を解いて欲しいなんて、そんな青臭い理由で家に来たとはね。運が良いんだか、馬鹿なんだか、分からないわ!」
それには、顔から湯気が出るのではと思うほど、顔が熱くなってしまった。
「私に会いに来たのは、兎にも角にも正解だったと言うことよ。誰かの入れ知恵でしょうけれど、悪くない判断だわ」
顔を覆いたくなるのを必死にこらえながら、友に感謝する。
ありがとう! トール!! 心から感謝する!! ってかもう、足向けて寝れない!!
「さて……動きましょうか。ベッティの孫と縁が出来るのは、大歓迎よ。まずは、お前の断罪から、始めましょうか?」
ヴィオラは、エルの顔を見ながら、にっこりと微笑んだ。
正直、ぶっ飛んだ話だなと思います。
本来、こんなお間抜けなことはないと思いますが、大目に見てやってくださいませ。




