10 エルヴィンとアナトール
え? 何が悪かったんだ!?
エルヴィンは混乱していた。
学園に来てから、この貴族独特の空気に慣れずにいたエルヴィンは、温室を見つけてから、温室内のベンチが定位置になっていた。
すると、扉がガラっと音を立てているのを聞いて、目が覚めた。気づくと、精霊が花に向かって祈りを捧げていた。
ストレートな綺麗な金髪に、愛らしい顔の美人。
夢かと思ったが、現実だった。
その精霊は、ドリス・アルベルツと名乗っていたから。
だが、なぜ怒ったのかさっぱり分からないし、彼女のこともよく知らない。
俺は急いで教室に戻り、教室に残っていた奴に情報通な奴を聞き出し、そいつを探し当てた。
情報通の男は、茶髪に碧眼の凛々しい顔を持つ男で、黙っていると取っ付きにくそうな印象だが、眼鏡をかけていて表情も豊かなせいか、割りと話しかけやすい男だった。
アナトール・ファルトマンというその男は、エルヴィンを見て、嫌そうな目を向ける。
まだ寮に帰っていなかったアナトールを見つけ、人気の無いところへ引きずって来て、エルヴィンは思わず、顔を近づけて聞いてしまった。
「ドリス・アルベルツについて、教えて欲しい!!」
「待て! ……近!……近い!! まず、普通にしろ!!」
フーっと息を漏らし、眼鏡を片手の指でクイッとあげて、エルヴィンを真っ直ぐ見た。
「乱暴な口調で話してしまい、申し訳ございません、エルヴィン卿。あまり、貴方と話しているところを見られたくないのです。手短に願います」
「……あぁ。わかった。アナトール卿。ドリス・アルベルツについて教えてくれないか? 彼女に関することなら何でも! それと敬語じゃなくて構わない」
「ドリス・アルベルツ子爵令嬢
・子爵家の三女。
・父親は騎士団で、師団長を勤めている。
・母親はこの学園で、総合一位をとった才女。
・彼女のお姉様で、養子になった、デリア・ブレンターノ伯爵令嬢も、この学園を総合一位の成績で卒業している。
・一番上のお姉様で、長女のカミラ・アルベルツ子爵令嬢は、ローレンツ・ベック男爵子息を婿にとり、現在二人の子持ち。
・ちなみに、カミラ様は当時、経済状況が良くなかった関係で、学園を卒業していない。
・また、カミラ様は現在社交界で『白薔薇の精霊』と呼ばれているが、昔、『魔女』と言われた過去がある。それは真っ赤な嘘ということは周知の事実なのに、過激派の連中は未だにそう言っているらしい」
「……それだ! 彼女にそう言ってしまったから……」
「彼女に『魔女』というのは禁句だぞ。カミラ様のことを敬愛している彼女に、そんなことを言ったら、すぐに嫌われる。……これだから、過激派は……」
「過激派? うちは、中立派だぞ?」
「はぁ!?」
少しの間、二人の間に沈黙が生まれた。
ロザリファの貴族の派閥は、現在大きく分けて三つある。
・過激派。他国に戦争を仕掛け、領土を広げようとする派閥。
・穏健派。戦争は一切望まず、自国の成長を促そうとする派閥。
・中立派。そのどちらにも属さず、王の判断に従う派閥。
大半が中立派に入っており、後の者は、過激派か穏健派のどちらかに入っている。
特に、過激派に入っている者の振る舞いが、以前から良くなく、子どもにも影響している。
「待て、お前の家は、歴とした、過激派じゃないか!」
「え? うちはずっと、中立派だったはずだが……」
「嘘付け! お前の母親は、常に過激派と一緒にいるぞ!! 結構前からだ」
「……そういえば、ここ最近、皆が冷たくなったと父が嘆いていたような……」
「……お前の父親も、気づいてないのか?」
「多分……父は研究気質で、研究のことしか、頭に無いんだ。社交のことは母にお任せ状態だったから……知らなかったのだと……」
「馬鹿か!? お前の家は馬鹿ばっかりなのか!!」
「社交には疎いんだよ。人間関係は、苦手分野なんだ」
「お前にはお祖母様が居たはずだ! 聞いていないのか?」
「……もしかしたら、祖母からの手紙は、父が放置しているのかも……」
それを聞いて、アナトールは、口が開いたまま固まっている。
「はぁ……お前のこと、ちょっとかわいそうに思えてきた。」
「もしかして、俺のことを避けてる奴が多いのは……」
「過激派の奴らと、一緒に居たくはないだろう。 穏健派はともかく、過激派は評判悪いからな」
「そうか……」
「なんか拍子抜けだな。そんな美形面してるのに、情けないな」
「苦手なのは社交面だけだ」
「面白そうだから、友人になってくれ。打算的な意味で」
「俺と仲良くしても、何も無いぞ?」
「いや、お前のお祖母様と縁をつなげるとしたら、有益だぞ?」
「そうなのか?」
「知らないか……」
エルヴィンの祖母、ヴィオラ・アピッツ前侯爵夫人は、有力貴族とも縁がある社交上手なご夫人。
社交界で、一番社交上手といわれる、ドリスの母方の祖母、ベッティ・ブレンターノ伯爵夫人とも友人であった。
「だから、その伝手で、ドリス嬢の誤解を解くと良い。俺にも有益だし、損も無い」
「なるほど……そういうことか」
「じゃ! 改めて、ファルトマン伯爵が三男、アナトール・ファルトマンだ。三男だから、爵位は継げないが、情報に関しては保証するよ。トールと呼んでくれ」
「アピッツ侯爵が嫡男、エルヴィン・アピッツだ。植物の研究しか頭に無いが、勉強くらいは教えてやれる。エルと呼んでくれ」
「お! 成績良いのか? ラッキー!!」
「研究に時間を割きたいから、学園の勉強はほぼ終っている。復習はしないといけないがな」
「そういうことか! こちらとしては、ありがたいな。 ……にしても、五大美女の一人に惚れるとは……お前も男だねぇ」
「五大美女?」
「あぁ」
たまたま、この学年には公爵から男爵まで、すべての爵位がいる学年だった。
しかも、その爵位ごとに必ず一人、とびきりの美人がいた。
「ドリス嬢は、その五大美女の子爵だよ。最近、同じ五大美女で、公爵位の令嬢と一緒にいることが多いかな」
「五大美女ね……そんなのがあるのか」
「五大美男もあるぞ。侯爵にはエルが入ってる」
「は!? 俺が美男? ありえないだろ」
「……お前とは仲良くできそうだよ」
トールはエルの肩にポンと手を乗せた。




