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◆エピローグ

◆エピローグ


 画して、コトネ(アルメニー)の手腕と、そこで意欲的に学び働くようになった元娼婦たちの働き、裏で動いてくれた影たちにより、かつての娼館は世界中から認められる高級接待ホテルへと生まれ変わった。


 それだけでなく、このホテルで1度でも働いたことのある女性たちは、独立したり、結婚や妊娠や育児など、様々な事情で離職せざるを得なくなっても、ここで学んだ知識や技術や特技が、何処の職場で働いても遜色なく働ける人材として引く手多数となり、女性たちにとって一種のステータスとなった。


 おかげで離職で人手が減っても、駆け込み寺の如くすぐに別の女性が入ってくるし、学ぶ時間で差がついても、古参が直ぐにフォローに入り、従業員の人数の減少を感じさせないのだ。


 もはや周辺国や遠方の国の王族さえも足を運ぶほどの名声を獲得し、コトネオーナーの名は、元サファイアブルー公爵令嬢だと知らなくとも、商才と洗練されたもてなしの象徴として知れ渡ることとなったのだ。






 そんなある日、店長が困惑した面持ちでコトネの元へ駆け寄ってきた。


「オーナー、困ったことが…… 最上階の特別室に長期滞在されているお客様がおられまして……」


 最初は子爵位を持つ店長に対応を任せていた。ホテルの最上階の一部屋を長期間宿泊し続ける客がいると聞かされたが、店長に対応を任せればある程度の貴族でも、侯爵家の後ろ盾もある人物だから、大抵の貴族客は問題ないだろうと考えたからだ。


 しかし、店長の報告は想定外だった。


「自分では手に負えません。あのお客様はオーナーでないと無理です!」






     *****






 そんなに横暴な客なのだろうか? 心配しながら、コトネはその部屋の扉をノックした。


 入室許可の返事で中に入ると、そこにはゆったりとソファに腰かけ、書類を広げている、長い療養とリハビリで伸びてしまった空色の長髪を首の後ろで縛り、碧眼のブラント・ゴールデン第一王子 ―― いや、先月正式に王太子に指名されたばかりの彼の姿があった。


「……で? 王太子殿下。いつまでここを占有した上に、政務をさぼり続ける気ですか」


 コトネがため息混じりに言うと、殿下は書類から顔を上げ、いたずらっぽく笑った。


「ん-…… アルメニーがプロポーズを快諾してくれるまで?」


「冗談はよしてください。私はもう貴族ではありません。公爵家を除籍された身です」


「あー…… それなんだけどね」


 殿下はゆっくりと立ち上がり、コトネに近づいた。


「婚約破棄については確かに受領処理されたんだけどね……」


「! ま……まさか!」


 殿下は一言話す度に一歩づつコトネに近づいていく。


「サファイアブルー公爵家からの除籍処理の申請は…… 書類不備で差し戻され、無効になったんだ」


「そ……そんな……」


 ……馬鹿な……


「神殿と宰相宛てにきた公爵家の除籍処理について書類不備でね。


 現在の四公爵家の当主、君の祖父母、宰相、そしてサファイアブルー公爵家の親族たちの同意書が不足していたらしい。形式的な不備だと言えばそれまでだが…… 結果、君の貴族としての身分は保持されたままなんだ。あはは」


 コトネは息を呑んだ。半蔵たちがしくじるはずないのに……彼は知っていたのか。すべてを。


「うん。もちろん」


 殿下はまたもやアルメニーの心情を読んだように答える。


「アルメニーが表向きは行方不明になった後、何処かの誰かがご丁寧にそろえてくれた証拠や記録のおかげで、側妃だった継母や義弟だと思っていたランディたちが断罪された。おかげで彼らに関与した貴族や高官たちが炙り出されて、大勢ごっそり粛清したせいで政務が一時期混乱はしたけどね」


 市井には号外でもたらされた情報だけど、もちろん、そうなるように画策したのは私と影の働きのせいもあるので多少の責任は感じるけど……


「でだ。


 彼らがいなくなった後、父上である国王陛下が毒の副作用から完治して国政をこなせるようになったからすぐに騒動も治まったし、正妃の仕事も陛下と宰相が代行している。


 では、王太子や王太子妃の執務は誰が片付けてると思う?」


 殿下が近づく度に、コトネは壁際にじりじりと追い詰められているのだが、本人はそのことにまだ気付かない。

 

「う……それは、もちろん……?」


 ?……新王太子となった殿下しかいないではないか!


「そこで面白いことに気付いたんだよね。


 ワタシが王子として父上の執務を手伝っていた頃の記憶によれば、以前は上役が多忙だったり、堂々とさぼったりで、書類審査が滞ることが多かったはずなんだよね。


 それがさあ。書類の重要度によっては、補佐官や中級文官の承認だけでもスムーズに書類が回せるように改善されてたんだよ。いやあ。おかげで仕事が流れる様に捗る捗る」


 ……ああ……私は本当に大バカ者だわ。

 

「ねえ? その改革をしてくれたのは何処の誰だと思う?」


 だってそうしないと、しわ寄せで困るのは結局、下役や民たちだから。


「ああ、そうそう。おかげで宰相補佐官のジュウゾウや、厩番のコスケという人材にも出会えたし。いやあ~。彼らの働きはとても優秀だよね。おかげで大いに助けてもらってるよ。他にも有能な侍従や護衛騎士もいるよね?」


 半蔵~っ! 何勝手に殿下に部下たちを追随させてるのよ~! しかも私の直配下の影たちのことが完全に把握されてるじゃない~!


「しかもだ。公爵家に雇われてるかと思ったら、アルメニー本人にしか忠誠を誓わないって言うじゃないか。だからね。アルメニーを口説き落とせたら、彼等ももれなく一緒にワタシの配下としてついてきて貰えるのかな?」


 公爵家から私に何人かの影を譲渡されたことまでバレてる~!


「ハァ…… もしかして、知った上で私と半蔵たちを自由にさせてたのですか」


「さて。アルメニーには判ったと思うけど、ワタシの異能は心眼なんだよね。と言っても、アルメニーの異能ほど優秀でなく、ワタシに好意を寄せている人の感情ほど強く感じ取れる程度の能力だから。


 せめて悪意や嘘こそ見破れる能力だったら、故意の事故も防げたかもしれないのにね」


 ―― あの日。ブラント王子を落馬の事故に見せかけた暗殺未遂。父母である国王夫妻の毒殺。側妃や第二王子派閥の企て。殿下はすべてを感じ取りながら、それを防げなかった無力さを、悔やんでいるのだ。


 何しろ本来の原作通りなら、中盤で不遇の王子として落馬で首の骨を折って即死していたキャラだったのだ。だから第2王子以外王子がいない王家は、ランディ王子を王太子にするしかなかった。


 それら全てがコトネには耐えられなかった。両親の馬車の事故と正妃の毒殺には間に合わなかったが、殿下だけでも何とか助けたかった。


 最初は王城に入り込ませた使用人扮する影たちを使って進言させてみたが、返って殿下に不審がられた上に、疑惑を持たれて余計に乗馬に固執させてしまった。


 そこで次に打った手は、乗馬時に何とか事故から回避させるため、厩番や馬につける装具や餌や馬の状態など、色々手を尽くした。おかげで治療とリハビリによる回復に時間はかかるが、足の骨折と肩の打撲程度で済んだわけだ。


 ああ。そうか。殿下の言葉で確かに判って…… 知ってしまった。


 アルメニーが影を使って殿下を守ろうとしたこと。


 事故後の殿下の長い療養生活。怪我の治療とリハビリ中、リハビリを手伝おうと親身に接触していたせい? 私的には冗談でも求婚されるほどの仲じゃないと思うのに…… 否、前世の原作の推しだったけどさあ……


 私の感情を、殿下は微細に感じ取っていたのだ。好意というよりは、前世から知る『推し』への応援のような感情だったが…… 彼には純粋な『好意』として映ったのだろう。


 しかも、この人…… 何でそんな無邪気に微笑んでくるのよ!


「まあ他にも。


 君以外の新しい王太子妃候補を立てたとしても、今から王太子妃教育を施すには時間も手間も惜しい。それに君くらい優秀で追いつける能力のある令嬢がいるかどうかなんだよね。異能を抜きにしてもね」


 殿下は一歩、また一歩と近づく。アルメニーは知らず知らずのうちに壁際に追い詰められた。


「執務書類の問題を解決してスムーズに回せる画期的なシステムを作っただけでなく、このホテルという実績の結果まで出してるのだから」


 新たに王太子になった殿下は、笑顔でじっと私を見つめながら、私を完全に壁際に追い込むと両腕で私が身動きできないように囲い込んだ。


「国王陛下である父上も、宰相と神殿も、元老院も、まあ君の影くんたちにも協力してもらったけど。みんな諸手を上げて満場一致でワタシの婚約者として賛成してくれたよ。


 もちろん。除籍書類の不備を公爵家に確認した際、先代公……いや、君の祖父母の先々代公爵夫妻と、現公爵当主からも婚約の許可は貰ってるよ。影くんたちもワタシのことは認めてくれてる様子だし」


 不良学生にカツアゲされてる構図じゃ…… いやいや、これは違う。憧れの『壁ドン』ってやつか……


「そういうわけで…… 外堀は埋めたわけだけど……」


 殿下の真摯な眼差しを前に、もう誤魔化しはきかない。彼の感情は本物だった。政務を顧みずここに滞在し続けるほどに。


「で、返事は?」


 コトネ…… 否、未だアルメニーのままだと知った彼女は、深く息を吸い込み、ゆっくりと顔を上げた。


 殿下相手では、本当にもう誤魔化し切れそうにない……


「          」


 小声ではあったが、確かな言葉。


 殿下の顔に、太陽のように明るい笑顔が広がった。


「よかった」


 彼はそっとアルメニーの手を取ると、自身の胸の上にそっと当てた。そこには、温かく、力強い鼓動が感じられた。


「この心臓は、君のためにしか動かないって、ずっと前から誓っていたんだ」


 アルメニーの頬がほんのり赤らんだ。前世のファンとしての思いと、今この瞬間に芽生えた新しい感情が入り混じり、胸が熱くなる。


「でも、殿下…… 政務はどうするのですか? ここにずっといるわけには……」


「心配いらない。宰相たちには『最重要の外交交渉中』と伝えてある。君のホテルは、今や諸外国の王族や高官までもが集う最高の外交の場だ。ここにいることは、立派な公務なんだよ」


 そう言って、彼は悪戯っぽくウインクした。


 アルメニーは思わず笑みを零した。前世ゲームの設定通り? いえ、それ以上に現実で生きている彼は本当に抜け目がない人のようだ。


 窓の外では、新しく生まれ変わった街の夜景が輝いていた。かつての暗い過去を乗り越え、黄金のような光に満ちた薔薇色の未来が、今、二人の前にゆっくりと扉を開こうとしている。


 いや、これは間違いなく、二人にとっての始まりに違いなかった。






     ―― めでたくもありめでたくもなし?


     END


活動報告にも同じこと書きましたが、構想では短編予定で、

「今更後悔してももう遅いのフレーズを使いたかった」、

「1度も会っていない人間が、しかも逃亡前と逃亡後で印象が変化してたらそれは見つけられないわな」、

の2点のアイデアだけ。が、話が進むうち、あれよあれよとどんどん盛る盛る…なんで?

しかも想定していたラストと大幅に変わったのが、名前だけだったあの男キャラの勝手な主張。ほほお?そうくるか!と言う展開に。もはや開き直って(をい)紆余曲折ありましたが、何とか無事に終わりました(ほっ。

m(_ _)m 拙い架空話を最期までお読みいただき本当にありがとうございました。

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