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6◆1度でも会っていれば…今更後悔してももう遅い?

◆1度でも会っていれば…今更後悔してももう遅い?


 ── コトネと改名したアルメニーは、最低な娼館を国一の高級ホテルに生まれ変わらせるため、従業員たちと奮闘していたが ──






 それから何日かして。


 神殿と宰相に婚約破棄と公爵家の除籍受領が正式に交わされるまでに、案の定、アルメニーを奴隷商人と娼館に売り払った元凶たちが、アルメニーが娼婦に落とされた様を見にやってきた。


 否。あわよくば、娼婦となった高嶺の花だった元公爵令嬢を好きに強姦できるかもしれないと私欲にまみれてだ。


 しかし、素顔を晒し、髪の色を本来の赤髪に戻した上に、髪の長さも庶民の様に肩までの長さに切りそろえ、経営者となり用心棒でもあるコトネとなったアルメニーが、すぐ近くに立っているにも関わらず、王子達の誰も気づかなかった。


「白髪の女を出せ!」


 と言われた、店長兼会計係になった元オーナーと、侍女長や女官長みたいにお店の女性たちをまとめるリーダーのマザーは、銀髪のパーダや白金髪のレディ、はては見習いの灰色髪のプリンまでも呼びつけて、娼館中の娼婦たちを連れてきて顔見せしたが、どれもアルメニーと年齢も顔も体形も声も違う。がっかりした一行はすごすごと帰って行った。


 彼等が帰った王城で、真の断罪劇が待っているとも知らずに。


 コトネは窓辺に立ち、遠くの王城を眺めた。赤い髪が夕日に照らされ、炎のように輝いていた。






     *****






 翌日、先々代ダルメシア・サファイアブルー公爵と、元王妹であり国王の叔母でもある先々代パール・サファイアブルー公爵夫人、そして正式に公爵位を継承したキャンベル・サファイアブルーの三名は、サファイアブルー公爵家の正装をまとい、王城へと向かった。


 彼らの瞳は冷静で、感情の一片も覗かせない。


 城門で衛兵に止められる。


「どちら様ですか?」


「サファイアブルー公爵です。宰相閣下に呼ばれて罷り越しました。お取り次ぎを願いたい」


 衛兵たちは顔を見合わせた。数週間前、婚約破棄され、娼館に売り飛ばされたはずの公爵令嬢の身内が?


「す、すぐに取り次ぎます!」


 慌てて城内へ駆け込む衛兵。


 しばらくして、キャンベルたちは謁見の間へ通された。


 玉座にはニュートン・ゴールデン国王の姿はなく、傍らの正妃の椅子にはタビー側妃、傍には侍従と称して側妃の公然の秘密の愛人の、金髪で緑の瞳のロボロフ。そして王太子の椅子にはランディ第二王子が座していた。さらに王太子妃の席には、まだ正式な婚約どころか、婚姻もしていないのにキヌゲ・クロハラ男爵令嬢が。


 周辺には宰相や各大臣も立っていたが、王太子の側近候補が立つ位置にはカンスー・トリトン公爵令息、オナガ・ジャンガリアン見習い騎士、ソコロフ・シャイニーズ辺境伯令息、平民でありながらも文官候補生見習いとしてタカネ・キンクマも立っていた。


「先代のサファイアブルー公爵家とおまけにシルバーパール伯爵までがそろって、なぜここに?」


 側妃が厳しい口調で尋ねる。


 正式に公爵となったキャンベルだったが、あえて側妃の勘違いを正さず、ただ優雅に礼をして静かに、しかしはっきりと告げた。


「側妃殿下。本日は二つのご報告に参りました。一つは、昨日行われた第二王子殿下による不当な婚約破棄と、公爵令嬢アルメニー対する名誉毀損、人身売買の罪についての告訴です」


 場が一瞬、水を打ったように静まり返る。


「二つ目は ──」


 キャンベル公の目がランディ王子を真っ直ぐに見据えた。


「サファイアブルー公爵家当主として、王家とのすべての同盟関係の見直しを要求するというご通告です」


 側妃が顔を上げ、王子も側近候補の4人も息を呑む。


「何を戯けたことを!」


 ランディ王子が叫んだ。そうだそうだと側近候補の4人もぼそりと抗議した。


「あの女はもう娼館に売られた身だ! 貴族である資格はもちろん、公爵令嬢を名乗る権利もない!」


 キャンベルは少しだけ、涼やかな笑みを浮かべた。


「ほお? 第二王子殿下には、公爵家当主や元老院、ひいては宰相閣下や神殿などの許可なく、勝手に一貴族の令嬢の身分を剥奪できる上に、高位貴族でもある公爵家から除籍できる権限までをもお持ちなのかね?


 卒業式上での日、一体、何処の誰を娼館に売り飛ばしたと言うのでしょうか? 確かに、我が公爵家の侍女の1人のキロウが行方不明になって心配しているのですが ──」


「侍女?」


 側妃が眉をひそめる。


「そうです、側妃殿下。先日、卒業式の途中で怪我人を助けていたため、侍女を代理として会場へ向かわせました。


 ところが、どうやら王子殿下はその侍女をアルメニーだと勘違いなさったようで、婚約破棄の上、娼館へ売り飛ばすという暴挙に出られたと聞きました」


 キャンベルはわざとらしくため息をつくふりをした。


「可哀想なキロウをすぐに保護しなければなりません。もし陛下のお許しがいただければ、即刻、捜索と救出の許可を ──」


「待て!」

 

 宰相がキャンベルの物言いに、さすがに声をかけた。


「それはおかしい。なぜ一階の侍女風情が、公爵令嬢の代理を務めるなどということがある? それに、もし本当に侍女だったなら、なぜその場で名乗らなかったのだ?」


 鋭い質問だが、キャンベルは動じない。


「宰相閣下。王立学園の卒業式は正式な儀式です。欠席するには正当な理由が必要です。怪我人を救助することは、貴族としての義務でもあります。侍女に伝言を頼むことは何ら問題ないでしょう」


 一息置いて、キャンベルは続けた。


「そして、なぜ名乗らなかったか?


 それは簡単です。


 王子殿下があまりにも激高していて、話を聞く耳を持たれなかったからです。侍女は主人であるアルメニーの指示通り、『確かにしっかりと承りました』とだけ答え、事態を穏便に収めようとしたのです」


「そ、それは……」


 ランディ王子も側近候補の4人も言葉に詰まる。


 キャンベルは王族たちに向き直った。


「側妃殿下。この度の一件は、単なる勘違いでは済まされません。


 第二王子殿下は、王家の一員として、また公爵令嬢であったアルメニーの婚約者として、確認もせずに婚約破棄を宣言し、無実の女性を奴隷同然に売り飛ばしました。これはゴールデン国の法にも、王家の名誉にも反する重大な犯罪です」


 声は穏やかだが、言葉の一つ一つが鋭い刃となる。


「さらに、クロハラ男爵が側妃殿下の後ろ盾を得て、サファイアブルー公爵家の代理を名乗り、王都の邸を占拠しているとの報告もあります。これも正式な手続きを経ていない違法な行為です」


 タビー側妃だけでなく、キヌゲの顔色も変わる。


「私はサファイアブルー公爵家の正当な当主として、これらの不法行為の是正を要求します。さもなければ ──」


 キャンベルの瞳が静かに輝いた。


「サファイアブルー公爵家は、王家とのすべての関係を断ち、独立した領邦としての権利を行使することを検討せざるを得ません」


 間が凍りつく。


 サファイアブルー公爵家の独立宣言 ── それはこの国にとって、内戦を意味する。


「キャンベル・シルバーパール伯爵……いえ、サファイアブルー公爵」


 クロハラ男爵がすっかり次代公爵だと信じ込まされてきた側妃は、ここで初めて自分の思い違いに気付いて言い直すと、ゆっくりと口を開いた。


「それは、脅しか?」


「いいえ、側妃殿下。これは単なる現実的な選択肢の提示です」


 キャンベルは深々と頭を下げた。


「私はただ、義兄と姉が守り、父と母が築き上げてきたサファイアブルー公爵家を、不法な横領者や軽率な王子殿下から守りたいだけです」


 立ち上がり、キャンベルがさらに言おうとしたその時 ──


「── 待たれよ!」


 謁見の間の扉が大きく開き、そこには元気な姿の国王陛下が立っていた。


 その背後には、影の者たちに捕らえられたクロハラ男爵夫妻がいた。夫妻は縄で縛られ、青ざめた顔をしていた。


 国王ニュートン・ゴールデンは、ゆっくりと王座へと歩み寄り、振り返って言った。


「キャンベル卿、よくぞ来てくれた。そして、報告してくれた内容は全て、我が耳にも届いている」


 側妃と第二王子、側近候補の4人、そして男爵一家の顔から血の気が引いていく。


 国王は冷たい目で彼らを見下ろした。


「タビー、ランディ。トリトン公爵令息、ジャンガリアン見習い騎士、シャイニーズ辺境伯令息、文官見習いのキンクマ子息までそろっておるな。そしてクロハラ男爵にキヌゲ令嬢 ── 君たちの罪状は、もう私の手元に揃っている。毒殺未遂、謀殺、詐称、横領、反逆、不貞に……挙げればきりがないな」


 側妃が震える声で言った。


「陛下、それは誤解です! 私は何も……」


「黙れ!


 それに正妃は確かに亡くなったが、その席になぜおまえが座っておる? 王太子と王太子妃の席もだ! お前たちは未だ正式に立太子も婚姻もしたわけでもあるまい?


 自分が寝込んでいる間に随分偉くなったようだなあ?」


 国王の一声に、側妃も第2王子もキヌゲも慌てて席から転げる様に降りた。


「アルメニー公爵令嬢が執務室に残した書類、そして神殿へ送られた正式な記録。全てが揃っている。君たちの悪事は、もう隠しようがない」


 国王はキャンベル公爵に向き直り、深く頷いた。


「サファイアブルー公爵よ、君の要求は正当だ。私はここに、第二王子ランディの王太子位剥奪。タビー側妃の廃位。側妃の実家の子爵家には追って沙汰を下す。


 ああ。ついでにそこの愛人と、お前たちの息子も一緒につれていってやれ。そしてクロハラ男爵家の爵位剥奪と領地の没収を宣言する。むろん、加担した貴族達にもそれ相応の処罰を行うからそのつもりで」


「……ロボロフ侍従の息子? ……まさか俺は……」


 場にいる全員が、ランディ第2王子の瞳の色と、国王陛下、側妃と侍従である愛人の男の瞳を見て息を飲んだ。


『……ま、まさかランディ殿下は……』


 公爵家乗っ取りどころの騒ぎではない。王族までもが身分の卑しい血筋に乗っ取られようとしていたのだと気付いた第2王子派閥の貴族たちは、さすがに血の気が引いた。


「そん……まさかバレて……違います! 違いますわ陛下!」


 側妃は顔色を青白くして叫んだが、国王の指示の下、近衛騎士達に囲まれた。


「黙れ! 余が何も気づいてないと思ったか。


 正妃の実家の後ろ盾を得れば、貴族派閥とのバランスが崩れるからと、其方の実家の子爵家の寄り親の侯爵家から、是非にと請われた婚姻であったが。余なりに其方にも便宜を図り、少なくない信頼を向けたつもりであったのになあ。残念だよ、タビー」


「陛下が……陛下がいつまでも、あの空色髪空色目のヒメ正妃のことをわたくしと比較するからです!


 わたくしは信頼なんかよりも、陛下の愛がほしかった……ただそれだけですのに……陛下がいつまでもあの女の事を……」


 泣き崩れる側妃を、国王は哀れと思いながらも


「ではなぜ、余自身をも毒殺しようとしたのだ? おかげで残っていた情すらもなくしてしまったよ……」


 と最早わあわあと泣き叫び支離滅裂に騒ぐだけの側妃を、近衛たちに容赦なく拘束させた。


 国王は顔色を悪くした一部の大臣たちを睨んだ。


「さらに、サファイアブルー公爵家に対する全ての不法行為を正式に謝罪し、彼らの私産を利用してでも全ての賠償を行おう。側妃達と男爵一家には返金し終わるまで鉱山で奉仕してもらう」


 キャンベル始め、トリトン公爵である宰相、ジャンガリアン騎士団長、シャイニーズ辺境伯外交大臣、キンクマ財務大臣補佐官も、深々と頭を下げた。


「陛下のご英断に、心より感謝申し上げます」


「我が愚息も、お手を煩わせて申しわけありません。こちらも速やかに次男をトリトン家の嫡子とし、長男にはそれ相応に相応しい処罰をいたします」


「我がジャンガリアン家も愚息を騎士候補からも見習いからも外し、鍛え直します」


「我がシャイニーズ辺境伯家も、神殿とも話し合い、神官の身分から見習いとしてやり直しをさせます」


「キンクマ家も、財務大臣付きの文官と言う過分な身分を頂きましたが、此度の騒動に罹った費用を捻出し、息子には下男からやり直しさせます」


 国王は微笑んだ。


「そして、もう一つ。アルメニー・サファイアブルーに対する不当な婚約破棄は無効とする。正式な手続きに基づき、婚約解消の申請を受理し、慰謝料の支払いを命じる」


 ランディ王子も側近候補の4人たちもキヌゲも崩れ落ち、側妃も、彼等の陰謀に加わった貴族たちも、既に拘束されている男爵夫妻共々、近衛兵や王宮騎士達によって拘束、貴族牢へと連行されていく。


「ああ、そうそう。ランディ第2王子殿下。一時期は可愛い姪の婚約者だったよしみで伝えておくがな。姪の髪は白でなく、それはそれはとても見事な赤髪なんだ」


 キャンベルは近衛や王宮騎士に挟まれたランディ元殿下に声をかけると、彼は一瞬吃驚して、


「そ……それでは! 本当に俺はただの思い込みとキヌゲの嘘に踊らされて……はははは! ……はぁっ。


 キャンベル卿。もし彼女に会ったら……侍女に申し訳ない事をしたと伝えてくれ。許されるとは思わないが、俺のせめてもの矜持だから……」


「受け堪りました。そのお言葉が聞きたかった。もし殿下が非を認めないような態度なら、ここまでする必要はなかったのですが……


 ……これはその可愛い姪からの餞別だそうだよ。借りを作ったままにしておくのが嫌みたいでね。庶民として生活していく分には十分な金額の筈だ。それを安いと取るかは殿下の今後の身の振り方次第でしょうと。


 衛兵、これくらいは持たせてもよかろう」


 最後にキャンベル公爵は、金貨1枚をランディ殿下の手のひらに乗せて渡した。


「! ……金貨1枚か……」


 息災でと言うのはおかしいので、キャンベルは何も言わずに略式の礼だけして彼らを見送った。


 ランディ第二王子も、最後は潔く背を伸ばして覚悟を決めた顔になると、衛兵や王宮騎士達に従った。


 全てが終わった ── 彼らの野望も、側妃の陰謀も、男爵家の欲望も、ここで完全に潰えた。


 悪役令嬢だと思い込んでいたアルメニーに、ランディ第2王子達が差別も偏見も思い込みもなくきちんと向き合い、1度でも会っていれば。このように断罪されることなく、少しでも穏やかな人生を過ごせたのだろうか?


 彼らはこの国の政を担う次世代として期待されていた。それが……しかし今更後悔してももうすでに遅かったようだ。


 キャンベルは先々代公爵のダルメシアとパールと視線を交わし、ほのかな安堵の表情を浮かべた。


 それと、行方不明でも娼館に売られてもいない影の任務についているキロウへも、男爵夫妻を連れてきた半蔵たちを通して目配せを送った。


 アルメニーの計画は、完璧に成功したようである。


 歯車は回り始め、やがて真実と正義がこの国を覆うだろう。







     *****


今更後悔してももう遅い、の使い方が他の人と間違ってるかもしれないが、金貨1枚がここにきて生かせて良かったよかった?

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