3◆婚約?
◆婚約?
── 8歳になり、原作通りに王命による第二王子との婚約届と顔合わせのために王都に来たアルメニーだったが ──
そうして8歳の婚約のための顔合わせ。
また叔父と子爵家出身の側妃の欲望とが合致し、側妃の息子である第二王子の後見として優位に立たせて王太子にするため。と言う双方の思惑で無理矢理交わされた婚約も、顔合わせで面と向かって私と合う頃には白くなった髪の色しか知らないから尚の事、余計に都合がよかったのかもしれない。
叔父達のことは何しろうろ覚えで、5歳の時の葬儀の唯一度きりしか会ったことがなかったから。
『バラ金』の原作で、登場人物の挿絵やアニメのキャラクター映像の雰囲気や特徴のある人物を当てはめてみただけなのだが。
父とよく似た濃い紫髪に紫紺の瞳なのに、なぜかとても下品で肥え太っているのが叔父のバラブ・クロハラ男爵。橙髪に橙色の瞳で派手に着飾ったのが叔母のチネッタ・クロハラ男爵夫人ね。では、男爵夫人によく似た紫髪に橙色の瞳がヒロインで従妹のキヌゲ・クロハラだったのかな、という印象しか覚えていないのよね。
本来は会いに行くはずだった祖父母が、無理を押して逆に葬儀に駆け付けてくれて、私は黒いレースのベールで目元まで覆っていたから。余計に、直に私と長時間話をした祖父母やシルバーパール伯爵以外、私の顔など碌に見えなかったはずだ。
王妹の娘で、公爵家当主夫妻がなくなったということで、王家からも参列者が来ていたが。あれからさらに3年間領地にずっといる私の容姿など、ほとんど誰も覚えていないと思う。そのことはとても都合が良かった。
「ガイコツみたいにがりがりで、生っ白いお化けみたいだし、白髪の老婆みたいで気持ち悪い!
こんなのが婚約者なんて、冗談じゃない!
ああいい。何も言うな! 口を開くな! 喋るんじゃない!」
本来、使用人を王族の前に立たせるなんて失礼な話かもしれないが、あちらが先に何も言うなと言っていたそうだし、騙したうちに入らないよね? 王族相手だからと何かあった場合に、即対処できるように公爵家筆頭執事の半蔵が付き添ったけど、無駄だったみたいだし。
長い前髪と、王族の前だと言うので終始うつむいていたため、瞳の色は確認されなかったらしい。
こんな風に、キロウのおかげで、第二王子は悪い意味で評判通りの人格だった最悪の顔合わせが無事? に終わり、
「王子妃教育は元王妹である祖母が全て行うから文句あるまい」
と突っぱね、領地で過ごすことを許された。
おかげで、第二王子との婚約後の王太子妃教育については、もともと祖母に教えてもらった公爵家当主としての高水準の勉強自体が王太子妃教育と寸分違わなかったことと、シルバーパールの叔父から選りすぐって推薦してくれた教師を新たに領地に呼んでくれて、王太子妃教育に必要な知識や所作を追加で勉強するだけでよかった。
それから成人する16歳までの8年間、月に一度王都にあるはずのタウンハウスで行われるだろうお茶会だけど、第二王子からのドタキャンで、一度も会うことはなかった。従妹とお茶をする時間だけはあるはずなのに。
と言うより、私はずっと公爵領にいるというのに、クロハラの叔父たちは、いつまでも王都の元タウンハウスを未だに公爵邸だと思い、更に不動産の管理人が執事だと思っているらしく、先触れを渡されても……と毎回困惑しているらしい。
「全く。この俺様が婚約者にしてやったと言うのに。キヌゲの姉はいつ来てもいないのだな。
ああ、それとも……最初に言った言葉にいつまでも拗ねて、傷ついたふりでもして会いたくないと居留守を決め込み、嫉妬でもさせるつもりか」
「まあ。ランディ様。実はそうなんですのよ。
お姉様ったら、いつまでも拗ねて。ランディ様がせっかく来てくださっているのに、『会いたくない、顔も見たくない』と言っていたのはあちらなのに、って部屋に閉じこもってますのよ」
第二王子や従妹の態度によっては一度くらいは出席した方がいいのかしらと王都の離邸を用意しようかと考えていたけれど、王都にいる半蔵やキロウ達からその話を聞かされてから、馬鹿らしくなって公爵領での引きこもりを続けることに決めた。
それに、相手から誕生日に一度も贈り物一つ貰ったことないどころか、ご機嫌伺いの手紙すらないし。最も王都の男爵邸になったタウンハウス宛てに送ってるなら、従妹が勝手に自分の物として盗むか奪ってるだけかもしれないけど。
でも確か、キロウとの顔合わせの連絡を貰った後、手紙を一回だけ出した時に、公爵領宛てに返信してほしい旨を書き記したはずなのに。不慮の事故で届かないのか、届いても無視して読むことさえしていないか、捨てているのかしらね。
いずれにせよ、何かを送ってきたとしても、私自身に手渡されていないのだから、こちらからも贈る必要ないでしょう。何しろ、初めての顔合わせで公爵令嬢だと思われる相手に対して暴言を吐いた上に、最初から偏見と思い込みだけで嫌っている相手からの贈り物なんて、受け取るのもお嫌でしょうし。仮令私本人だと知らなくとも、公爵令嬢の代理人に対する礼儀と態度としても、失礼すぎたからね。
そうそう。事故の衝撃で真っ白になってしまった髪の色は、数年かけて徐々に元の赤毛に戻り始めていた。もちろん婚約候補としての初顔合わせ以外では、いつ親戚や婚約者の王子、知人に会うかわからないリスクを避けるため、密かに経営していた商会で開発した毛染め薬を使って、わざと白い髪に染め続けてたけどね。
*****
そんな風に王都でのお茶会も贈り物も手紙も無視し続け、公爵領で引きこもりと言うか、領民たちの様子や生活を見たり、要望を聞いたり、買い物をしたり、王太子妃教育にと充実した生活を送っていた。
歴史や、各貴族領地の特産や、周辺国の政や、哲学や帝王学、もちろん淑女のための詩集や刺繍を学ぶ中で、法律の授業の時に閃いた。
「へえー。この国では12歳になったら、自分で親を選べるんだ」
「あら。随分おかしな法律に興味をもったものね」
「ん-。だって気になったんだもの、お祖母様。これって、相手が成人してる大人なら、誰でも親になってもらっていいの?」
「そうねえ……
例えばアルみたいに両親を亡くした子。或いは様々な事情で片方の親だけになり経済上の理由で育てられない子。再婚した家族との仲が上手くいかない子。両親揃っていても離婚や虐待などで両親が子供を疎ましくなって捨てたり、奴隷みたいに売られるかもしれない環境に落とされそうな子。
そんな子供たちは、この法律ができる前は成人するまで我慢し、耐え忍び続けなければならなかったわ。
それで、ある時代の王族や一部の貴族たちがあまりにもの惨状に、そういう子供達を救済するために作ってくれた法律なの。
貴方は週一回、孤児院に熱心に行っているから知っているかもしれないけど。貴族家でも、子供に恵まれない夫婦や、跡取りがどうしてもいなくて平民や孤児でもいいから優秀な子供が欲しい人が、子供たちをひきとるのは知っているわよね。
他にも、職人や技術者が後をついでほしいけど他人には知識も技術も伝えたくない。でも親子になれば伝えれるから。そのためにこの法律が使われたりすることもあるわね。
大抵の貴族なら、とてもよく世話になった恩人。仲の良かった知人。遠戚で血がどこかで繋がっているなど。保護者として子供が相手を説得できればと言う意味でなら、誰にでも親になってもらえることは確かよ。
もちろん、元の保護者に問題がある場合が多く、子供自らが他の大人に新たな親になってほしいと助けを求めて縋りつく法律なのですから。契約の際に元親や元保護者のサインは全然必要ないわ。
新たな親か、神殿か、あるいは宰相や元老会などの一部特権を持っている人の誰か一人からでも同意のサインと、子供本人のサインか母印さえあればいいのよ」
「母印?」
「酷い虐待をされた子供の中には、文字を知らない子供もいますからね」
「あ……そう言えば。孤児院の子供たちも、私が本を読んだりした時に文字を教えて欲しいって……12歳だからと言って文字を知らない子がいてもおかしくないわよね……
……私はちゃんとお祖母様や家庭教師たちから学ばせてもらって恵まれていたのね……
それに特権階級ってことは……王家の許可はいいのかしら?」
「王に着くものが必ずしも優秀とは限りませんからね……
うふふ。不敬罪だと思わなくて大丈夫よ。私自身も王族として常に一挙手一投足を見張られ、失敗を許されない立場にあったことがありましたからね。
王族がそういう色眼鏡で常に貴族派たちから睨まれているのと同時に、神殿側も権力を持ち過ぎないように注視されていますけどね。
あら、話が脱線しまったけど。王族だけ、神殿だけ、どちらか一方の権力では許可を得られない場合もあるでしょう? そのために、新たな親や良識的だろう貴族がいるはずの元老会の誰かの承認だけで問題ないという形式にしたのよ」
「ああ……だからなのですね。新たな親になる人か、元老会の人か、一部特権を持った人の誰か一人から許可を貰えるなら、すぐに子供を救済できるから。
……じゃあ、もしかしてお祖母様とお祖父様を説得出来て、お祖母様の知り合いの元老会の誰かの同意を貰えたら、私の両親になってもらってもいいのね」
「おやまあ。確かにね……ふむ……
とりあえず、老い先短い私達を頼ってくれたのは嬉しい限りだけれど、12歳になったら、相応しい保護者を見つけてあげますからね」
「んー……そいうことなら私も相応しい養い親を考えているの。きっとお祖父様も、お祖母様も、納得してくれる人だと思うわ」
そうして12歳になる前の4年間で王太子妃教育の基礎を駆け足で終わらせた私は、新しい保護者兼父親として祖父母も納得する人に養父になってもらい、外交官でもある養父の仕事について、自国の王立学園でなく、隣国の王立学園に留学生と言う形で通うことになった。
王太子妃教育を基礎だけで終わらせたのは、あまり深く王家の秘密に近いことまで学ぶと、いざという時に何かあった場合、機密を守るために毒杯か処刑される恐れがあるし、先に祖父母や養父に主張した通り、婚約をいずれ解消か破棄し、婚姻までしないつもりだから。
*****
15歳の春、私は隣国の王立学園を最年少で卒業した。16歳まで通うはずの自国の王立学園には一度も通わずに済んだ。隣国の王立学園の卒業証明書と、論文の提出するだけで自国の卒業資格が得られることを知ったから。
その代わりに、私は15歳から16歳までの1年間。王宮の離宮で『王太子妃教育の仕上げ』と称した日々を送る破目になった。
国王は、正妃を病気? で亡くしてから覇気を失い、病気で寝込むことが増えていた。
正妃の息子である第一王子も落馬の事故で臥せって療養中。
表向きは国王代理として側妃や王太子が執務を行うようになっていたが、王太子は学園での生徒活動を優先したいと願い、私に『国王代理』と『王太子代理』の権限を託すよう王命が下った。
離宮の一室に寝泊まりさせられ、使用人を一人も付けられずに執務室に通う日々。しかし、それは王太子教育というのは名ばかりのものだった。
女官長は意味もなく、水をたっぱり入れたバケツを両手に一つづつ下げてただ立たせ続け、微動だにしないのに、
「今、動いたわね!」
と難癖付けて、掌やふくらはぎに鞭を振るった。辞書や歴代の王族の名前や歴史書などを丸写ししろだの。私が微動だにせず、速攻で書き写しを終えても、何か気に入らないと些細なことで鞭を使い罰を与えるのが好きな女官長。
メイドたちは故意に食べ物を粗末に扱い、お茶や掃除の水をかけてきた。
女性を転ばせたり身体にやたらベタベタ接触する侍従たちから、身を守り回避する不便な生活を強いられた。
「キロウ……いつも本当にごめんなさいね」
唯一の味方である侍女のキロウに、私はいつも申し訳なく思っていた。
「食料の確保や湯あみの用意はわたしの仕事として当然のことです。
むしろお嬢様付きの人間と知って、私に対しても同じようにわざと虐めを行っているのなら、後で色々お返しする証拠として充分でしょう。お嬢様」
キロウは冷静にそう答える。彼女は私達が虐待されている様子を細かく記録していた。
こうして私は、王太子の仕事だけでなく、国王代理である側妃の執務まで代行することになった。書類の山と向き合い、政策決定に携わり、国の重要事項に判を押す。15歳の少女が、影から王国を支えていた。
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子供が親を選べる権利は、作者ルールのなーろっぱ国だけの法律なので、現実にもあったらいいなと思うけど、変な法律しか弄ってくれない、まつりごとし、達には期待できないよな……
一応日本では、15歳以上の子どもであれば、裁判所で親権者を決定する際、子どもの意見を必ず考慮して、子どもの意思を尊重する権利みたいものがあるようです。他にも孤児院での保護とか里親などでは18歳の成人までしか保護できないとか、色々制約があるみたいです。保護者や親に捨てられたり虐待された子どもたちのために優しい制度を、もっと多くの人が知ってくれれば苦しむ子どもが1人でも減らせるのに。とは作者意見で蛇足でした(汗。




