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1◆前世の乙女ゲーム思い出しました?

◆前世の乙女ゲーム思い出しました?


 実は、アルメニーの髪は元々は赤かった。普段は白髪だが、それは五歳の時に両親と共に盗賊に襲われ、命の危機に直面した衝撃による一時的な白髪化だった。


 アルメニーである私の属する国は、女性でも爵位継承が認められている国。


 アルメニーが5歳の時に前世の記憶を取り戻したのは、前述のように、賊に襲撃された事故の衝撃がきっかけだった。


 前世で死ぬ原因になったのは、酔っぱらい運転の暴走車により、さらに悲惨な玉突き事故。琴音と呼ばれていたはずだが、姓や年齢ははっきりしない。ただ馬車が襲われた状況が前世で亡くなった状況と似ていたせいだろう。


 実は……アルメニーが前世を思い出してから、この世界が乙女ゲーム・小説・アニメにまでなった世界にとてもよく酷似していることにも気付いた。


『薔薇は黄金の空を見るか』……略して『バラ金』


 ゲームでは、ヒロインは公爵令嬢の従妹である男爵家出身の少女。その中で、公爵令嬢アルメニーはどのルートでもヒロインを虐げ邪魔する悪役として登場する。小説とアニメでは王子ルート一択。そこで自分は思い切り酷い目に合わされる悪役令嬢ポジションであることを思い出した。


 原作通りなら……


 両親を失い公爵家当主だった母亡き後。父方の叔父であるバラブ・クロハラ男爵が、公爵令嬢であるアルメニーがとても幼く、公爵家の正式な後継手続きのこともわからないのをいいことに、幼いアルメニーでは切り盛りするのが大変だろうと勝手に王都にあるタウンハウスの公爵邸に我が物顔で入り込む。


 そうして、いつの間にか王都の公爵邸を乗っ取り、アルメニーは奴隷同然の扱いを受ける。気付けば名目上の公爵代理として叔父は国から正式に?……否、側妃の承諾だけで勝手に指名されているのだ。


 ここで、侯爵家以下の当主の交代や代理人や後見人の任命なら、寄り親の公爵家か、または王族や宰相などの誰かの承認があれば問題はなかった。王家に対しては報告書と新たな貴族名鑑への差し替えだけで済む。


 しかし、王族の縁戚でもある公爵家当主とか代理人とか後見人などの交代が行われるほどの出来事がある場合、任命に関しては、王家と宰相とこの国の全四公爵家を筆頭とする元老会と当主が交代する公爵家の全親族達とで、国を挙げての会議が必要なはずなのだ。が、側妃と手を結んだ叔父は裏から手を回していつの間にか名目上の公爵代理人を名乗るようになると言うわけだ。


 さらに原作通りなら、8歳の時に第二王子との政略婚約が結ばれるはず。


 侯爵家出身の正妃の息子の第一王子でなく、子爵家出身の側妃は、息子の第二王子の後ろ盾が欲しいために王命まで使って無理矢理婚約をねじ込んでくる。そのため公爵家側からの破棄も解消も許可されない。そのように頼み込んできたのは王家側からのはずなのに、婚約者の第二王子からは疎まれ、嫌われ、憎まれ……


 ……と言うのも、理由がないわけではない。何故か第二王子は私が我が儘で傲慢だから王妹だった祖母の権力や、公爵家の財力などを使って王家側に強引に頼み込んだ、と偏見と思い込みで……と言う設定だ。


 さらに親戚の従妹が男爵家出身の低位貴族だからと言う理由で、悪役令嬢である公爵令嬢は事あるごとに嫌味を言ったり、取り巻きを使ったり、時には自らの手で従妹の持ち物やドレスを破壊したり、奪ったり、大怪我を負わせたりして、余計に王子と側近達からも疎まれるのだっけ。


 アニメ通りなら、最後には断罪された上に婚約破棄されて、子供も観るアニメだったために国外追放かよくて修道院行き。ならまだいいほうで、ゲームや小説なら、破楽戸に襲われるか、二束三文で奴隷にされて娼館……というか安価で女を好き勝手出来る最低な娼婦宿に売られるか、最悪処刑だ。


「そんな未来はごめんだ」


アルメニーは思った。


 それに……実は転生の際に授かったらしい能力 ── 人の表層的な思考や心の声が聞こえる『ギフト』のおかげで、クロハラ男爵が早くも王都の公爵邸を狙っていることを察知したから。






     *****






 そのように原作通りに今後何年間も、親戚連中からも王家からも奴隷にされて虐待されるなんて冗談ではない。しかも王命での婚約だから、破棄するのは難しい。が、原作とあまりに大きくかけ離れた行動をした場合、どんな強制力があるかわからない。だからと言って奴隷虐待ドアマット生活だけは回避できる方法があるはず。


 それから髪色は生まれた時は赤髪だったが、先に説明したように、本当の父母達と一緒に公爵領の祖父母の下へ行くための旅行中、盗賊達に襲われて2人の家族を同時に失くした際の、命を脅かされた恐怖と我が身に起きた衝撃で白い髪に変わってしまった。


 なので、いやな親戚に捕まる前に、もともと両親と一緒に領地の祖父母の下に向かおうとしていたのだから、葬儀で駆け付けてくれた祖父母に保護を頼んだ。更に母の弟のシルバーパール伯爵家の叔父も葬儀に来てくれていたので、祖父母と四人で話し合い、王立学園に通えるようになる年齢までは、領地の祖父母の元で暮らすことに決まった。


『お祖父様。お祖母様。シルバーパールの叔父様。お三方だけにこっそり打ち明けますね。


 お父様もお母様もいなくなって私はとっても寂しいんです。それなのにこれから、たった一人で王都のタウンハウスで暮らすのが本当に不安なんです。


 それにね。クロハラ男爵の叔父様が、タウンハウスを手に入れたいって、さっき王家から来た弔問者の人とお話してるのが聞こえてしまったの。


 どうしましょう。私とても怖いの……』


 祖父母と伯爵を説得する時に、前世の記憶があるとか言うと、悪魔付きとか、下手すると頭がおかしいと療養所に幽閉されるか、神殿に監禁されるか、魔女として処刑されるかもしれない恐れがあった。


 それと、どうやら転生チートで授かっていたらしい? 人の表層面的な考えや心の声が聞こえる異能だか、神からの加護のギフトだかのおかげで、原作と同じにクロハラ男爵が王都の公爵邸を手に入れようと考えていることがわかった。


 しかし祖父母と伯爵に、前世とか乙女ゲームの強制力とか、スキルのことを教えるのは怖くて言えず、


『そんなことになってしまうなら、私、追い出されてしまうかもしまいません。いっそタウンハウスを売り払って、お祖父様とお祖母様と領地で暮らしたいわ……』


 それから子供らしく……いえ、実際に5歳の体と感情のせいで、さめざめと泣いて見せた。


 涙を見せたアルメニーに、祖父母と伯爵の心は動いた。


『ああ、可哀想に。母上。父上。どうでしょう。寮のある王立学園に入れる年齢になるまで、アルを領地で暮らさせては』


 シルバーパール伯爵叔父様は、私の頭を優しく軽くぽんぽん叩いて提案し、祖父母に向いた。


『うむ。安心おし、アル。儂らが可愛い孫娘のアルをきっと守って、領地に連れ帰ってやるからな』


 お祖父さまがアルメニーの肩を抱きながら言った。


『そうですよ。アル1人置いて、私達だけ領地に戻るわけないじゃないの。一緒に行きましょうね』


 お祖母様が私の涙を、ご自身のハンカチで拭いてくれます。


 アルメニーは胸の前で両手を組み、笑顔を見せた。


『あ……ありがとうございます。叔父様。お祖父様。お祖母様。大好き』


『ワタシも姉さんたちの忘れ形見のアルが大好きだよ。元気になるんだよ』


 伯爵叔父様が、優しく頭をなでなですると、祖父母の傍に押しやりました。


『儂等もアルが大好きだよ。さあ。子供がそんな遠慮した話し方をするものではない』


 言いながらお祖父さまは屈むと、さらに両腕で抱き寄せてくれました。


『そうですよ。もっと甘えて頂戴な』


 お祖母様も代わり番こに両手で抱きしめてくれました。


『はい。叔父様。お祖父様。お祖母様』


 私もお三人に抱き返しながら、頬にキスをしました。


 伯爵がもう1度優しく頭を撫でた。


 こうしてアルメニーは、王都の陰謀から一時的に逃れ、サファイアブルー公爵領で祖父母の保護のもと、成長していくことになった。


『母上、父上。ワタシは王宮の情報を探ってきます』


 そう言うと伯爵は、弔問客たちの方へ向かいました。


『半蔵。タウンハウスの後処理と、領地に一緒に来る使用人たちを厳選してくれ』


 しゃっきりと立ち上がったお祖父さまは、執事の半蔵に命じます。


『カゲロウ。私達は一足先にアルと領地へ戻るわ。必要最低限でもいいので、アルの荷物をまとめるのを手伝って頂戴』


 侍女長のカゲロウは邸の使用人たちに一足先に命じると、使用人たち総出でタウンハウスの私と両親の部屋の貴重品を手早くまとめてトランクに詰め、馬車に積み込んでくれます。


 こうして祖父母と私が公爵領へ移動する際、タウンハウスで働いてくれていた使用人で、王都にいる家族と離れたくないと言う半数くらいの者達には、紹介状と退職金を渡した。


 この時は未だメイドになりたてのキロウは、直ぐに自分の使用人部屋の荷物をまとめると、祖父母が領地から乗ってきた馬車で、私たちと一緒に領地までついてきてくれた。


 それ以外の他の使用人たちは、タウンハウス内に残った両親と私の思い出の品や私物をまとめてくれた。使用人たちの私物以外、邸内に残っている備え付けの家具や不用品などは、重用している不動産を呼んで売却するか管理を任せることなどを頼んだ。


 後から使用人たちも自分たちの荷物をまとめると、残った公爵家の馬車で領地まで来てくれた。






     *****





 領地に着くと、アルメニーは、祖父母から公爵家に代々仕える『影』の存在を教えられた。


 と言っても、その時直接紹介されたのは、頭領であり、完璧に家政を取り仕切る執事でもあるハンゾウ ── 半蔵だけ。


 そう。実は祖父母たちには黙っていたが、アルメニーの異能で、他の影の存在にも気付いたのだ。


 アルメニーが直に顔を合わせることがあるのは主に5人だけ。もちろん間接的に動く他の影たちがいるのも気付いている。


 黒髪黒目で影の頭領でもある執事の半蔵(影1)、灰髪黒目の上級神官の才蔵(影2)、紺髪黒目の宰相補佐の十蔵(影3)、茶髪黒目侍女長のカゲロウ(影4) ── そしてアルメニーの専属侍女となったアルビノで白髪赤目のキロウ(影5)。


 あ。影の番号は、年齢と彼ら独自のコミュニケーションのやりとりや態度で、その順番を勝手につけてみただけ。


 さらに彼らの下に、公爵領の影の予備となる才能の有りそうな孤児達ばかりを集めた孤児院から抜擢されて拾われた、不動産管理人と半蔵付きの見習いで藍髪藍目の小助、下級神官見習いで髪焦茶目の鎌之介、宰相室文官見習いと侍従で茶髪茶目の六郎、護衛騎士見習いとカゲロウの補佐で赤茶髪赤茶目の甚八。


 後のことになるが、見習いの中でも特によく表に出て顔を合わせることになるであろう4人にも、補佐に付けている先輩の4人の影たちから紹介された。


 彼らは単なる使用人ではなく、公爵家に絶対の忠誠を誓い、あらゆる暗部の仕事をこなす特殊な存在だった。






 その内の1人の侍女長のカゲロウが領地に着くと、祖父母の身辺の世話していた侍従や専属侍女と祖父母からの推薦で、公爵領の邸でも侍女長として働くことになった。


 勉強については、生前の母に公爵家当主としての知識と嗜みとして祖母自ら教えていたので、孫である私に対しても嬉々として同じ様に、時には優しく、時には厳しく、貴族としての嗜みなどを教えてくれた。マナーやダンスなどの所作も叩き込んでくれるのが真新しくて楽しく、無我夢中で学んだ。


 それが王太子妃教育の最低水準に匹敵するくらいの知識内容だと知ったのはかなり後のことだった。






 キロウはアルメニーの身の回りの世話をしながら、影としての訓練も続けていた。ある夕暮れ、アルメニーはキロウと共に領地の高い塔の上に立っていた。


「キロウ、あなたはなぜ影になることを決めたの?」


 キロウは一瞬、目を伏せた。


「私は飢えていた上に近所の他の子供たちに虐待されてるところを、お嬢様に助けられましたよね。命を救っていただいただけでなく、教育まで施していただきました。その恩に報いるため、半蔵様やカゲロウ様たちのことを知り、影となってお嬢様のために役に立ちたいと選びました」


 アルメニーは頷いた。前世の記憶と、人の心の声が聞こえるギフトを持つ彼女には、キロウの言葉の真実が痛いほど伝わってきた。そこには偽りも計算もなく、純粋な忠誠心だけがあった。


「私はあなたを家族……ううん。どころか姉のように慕って尊敬してさえいるわ」


 アルメニーはそっと呟いた。


 キロウの目がわずかに潤んだ。


「お嬢様……ありがとうございます」






     *****


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