136話 消された存在
休暇を貰ったアリスは実家に帰っていた。
敷地に足を踏み入れると、気心の知れたメイドや使用人の姿が目に入り自然と笑みが浮かんでくる。
そして実家に帰ってきたという安心感がアリスを包み込んでいた。
「アリス様、お帰りなさいませ」
「ただいま! みんなも元気だった?」
使用人達も笑顔でアリスを迎えてくれた。
アリスも笑顔で挨拶を返していく。
家に入ってみると父親と母親の姿が見えなかったので、アリスは執事長に確認を取る。
「お父様やお母様は、まだギルドホームから帰ってきてないのかな?」
「そうですね。最近の帰宅時間から言いますと、後二、三時間後にはお戻りになるとは思います」
「そうなんだ。じゃあ私は部屋にいるから、帰ってきたら声を掛けて貰えるかな?」
「承りました」
執事長に声を掛けた後、アリスは自室に向かう。
その途中、食堂に寄るとコック長を見つけて声を掛けた。
「ポールさん」
「これはアリス様、お帰りなさいませ」
「ただいま。実はお願いがあって……」
アリスは少し恥ずかしそうにしていた。
「何なりとお申し付け下さい」
「えへへ、ありがとう。今回は数日間こっちにいるつもりなんだけど、その間にまた新しい料理を幾つか教えて欲しくて」
「承りました。それでどんな料理を希望しておられますか?」
「う~ん、家で食べられるお手軽料理と、お弁当に入れても美味しい料理とかかな?」
「わかりました。今日中に材料を揃えておきますので、料理を教えるのは明日からという事で」
「うん、お願い!」
コック長のポールはアリスの料理の先生だ。
ラベルに料理を褒められ、アリスは料理を作る楽しさを知った。
その日以降、アリスは実家に帰るたびに新しいレシピをポールから教えて貰っている。
食堂を後にしたアリスは自室で寛いでいたのだが、すぐに暇になってしまう。
なのでカイン達が帰って来るまでの間、アリスは本を読んで時間を潰そうと考えた。
自宅には大きな書斎があり、大量の書物や資料などが保管されている。
アリスが書斎に入ると、本が並べられた棚へと歩いていく。
棚には本が種類ごとに分けられており、見やすく整理されている。
この書斎にある書物の殆どは母親のマリーが集めたものだ。
マリーは読書が好きで、世界中から本を集めている。
残りの一部はオールグランドに関わる資料だった。
カインは仕事を家に持ち帰る事があり、ギルドから持ち帰った資料は全部書斎に保管される。
アリスは書斎の中を適当に歩き回り、今から読む書物を捜し始めた。
すると一冊の本を見つける。
「あっ、これ…… お父様達の冒険の記録? へぇ~、こんな本があったんだ」
アリスが手に取ったのは、【SS級冒険者パーティー誕生記】と書かれた豪華な装飾を施されている本だった。
そのタイトルに惹かれて、数ページほど流し見してみると、どうやらカイン達がSS級ダンジョンを攻略した時の記録の様だ。
「王家の刻印が押されているし、お父様達がSS級ダンジョンを攻略した時に王家が記念として製作したものかな?」
一度も読んだ事の無い本だったので、少し興味が湧いてきた。
文体も物語調に書かれているので、読みやすいのもいい。
「お父様達が帰って来るまで、これを読んで待っていようかな」
アリスは備え付けのソファーに腰掛け、その本を読み始める。
◇ ◇ ◇
本の内容は世界を滅ぼしかねないSS級ダンジョンに挑むカインパーティーの冒険譚。
「うふふ、何これ! お父様が別人になっている。確かにお父様は強くて格好いいけど、本当はだらしない所もあるんだけどな」
本に書かれていたカインは、容姿端麗で沈着冷静の最強冒険者として書かれていた。
確かに最強は合っているのだが、容姿端麗や沈着冷静って言うのは脚色し過ぎだ。
「それにお母様も…… 誰もが見惚れる絶世の美女だって」
自分が知っている人物だけに、本人とのギャップが逆に楽しかった。
本に出てくるのはSS級冒険者パーティーのメンバー達。
アリスは全員と何度か会っているので、本人との違いを捜しながら読み進めた。
しかし途中から違和感を感じる。
「あれ…… ラベルさんが一度も出てこない……」
この冒険譚には、実際にカイン達とSS級ダンジョンに潜っていたラベルの事が、どこにも書かれていなかったのだ。
アリスはラベルが出てこない事に憤りを感じる。
本の中ではラベルの存在自体、無かった事にされていたのだ。
「お父様やスクワードのおじ様が言っていた冷遇って、ここまで酷いの!?」
カインがポーターの地位向上を願っているのはアリスも知っている。
その考えは素晴らしく、アリスも応援していた。
ポーターの現状は自分でもわかってはいたのだが、まさかここまでとは思ってもいなかった。
ポーターの不遇な扱いに、アリスの胸は締め付けられた。
何処かのページにラベルの事が少しでも書かれていないかと、アリスはそのままページをめくり続けた。
しかしラベルが一度も登場しないまま、ダンジョンは攻略されてしまう。
「酷い…… こんなの酷過ぎるよぉぉぉ」
アリスは堪え切れずに大声を上げ、涙を流す。
ラベルの功績は、この世界から完全に消されていた。
それはポーターだから。
戦う事も出来ずに、ただ荷物を運ぶだけの道具だから。
何の価値もない存在だと言われている様に感じた。
「違う!違う!違うんだから!!」
アリスは何度も否定する。
ポーターという職業が、どれほどダンジョン攻略の力になっているかを知っているから。
けれど今ここで否定を繰り返しても、現状は何も変わらない。
アリスは力なく最後のページを開く。
そこにはエピローグとして、カインパーティーの名前と職業が書かれていた。
そのページを見て、アリスは心臓が止まりそうになる程の大きな衝撃を受ける。
【重戦士】カイン・ルノワール
【魔法使い】マリー・シャルマン
【剣士】ガリバー・コットン
【弓使い】アクセル・マリウス
【聖騎士】ロベルト・ヨーゼフ
【荷物持ち】ラベル・オーランド←こいつがいなけりゃ、絶対にSS級ダンジョンは攻略できなかった!!
カインパーティーのメンバーの名前の最後に、手書きでラベルの名前と職業が記載されていたのだ。
その文字は間違いなくカインの字であり、一番目立つように大きな文字で書かれていた。
カインはハッキリとラベルをSS級冒険者だと認めているのだ。
「お父様!!」
アリスは本を抱きしめ、もう一度泣いた。
カインがいつも口にしていた言葉は嘘ではなかった。
ラベル達、【荷物持ち】を大切に想う気持ちは嘘ではないと知る。
その時、執事長がやってきた。
「アリス様、ここにいらっしゃいましたか。旦那様と奥様がお帰りになりました。今はリビングでお待ちです」
アリスは本を持ったまま、書斎から飛び出した。
そして二人がいるリビングに向かう。
「お~アリス! 元気にしてるか? どうやらA級ダンジョンが出現したらしいな……」
「お父様!!」
アリスは手を上げていたカインの胸に飛び込み、抱きしめた。
「おいおい、どうして泣いているんだ? 何かあったのか?」
「ううん。何でも無い」
「じゃあ、俺達に会えて嬉しかったって訳だな! 大人の様でまだまだ子供だなお前は」
カインの傍にいたマリーは、アリスの足元に転がっている本に気付く。
「そういう事、アリスはあの本を読んでしまったのね」
あの本の事はマリーも知っている。
アリスの涙に合点がいったマリーは納得した表情を浮かべた。
自分の愛する人が無かった事にされた本。
その最後に刻まれた父親の想い。
二人の信頼関係にアリスは感動して涙を流したのだ。
しかしカインは娘の気持ちも分からずに、娘がまだ親離れ出来ていないと勘違いして、だらしなくニヤけているだけだった。
マリーは娘の気持ちを全く理解出来ていない父親に対して、大きなため息を吐く。
(これは後で絞めておかないと駄目ね!)
カインの死亡がこの時点で決定した。
しばらくして落ち着いたアリスは両親に最近の話をしたり、オールグランドの現状などを聞いたりした。
話によればオールグランドも少しずつ、落ち着きを取り戻してきているとの事だ。
その後、新しい料理のレシピも幾つか覚え、アリスは充実した休暇を過ごしたのだった。
カインが死亡したのは、アリスが帰った後の事である。




